前世馴染と来世でも絶対に一緒になるハナシ
赤茄子橄
第1章 最期の別れの後、最初に出会うまで
第1話 初めての別れは最期のとき
夕焼けもほとんど沈み、夜の帳が下りてくる。
今日もなんでもない1日が過ぎ去ろうとしている。
誰もが当たり前の日常を過ごしている。
日々生まれる出る命もあれば、明かりとともに沈んでいく命もある。
この黄昏時は、特に沈みゆく命、その儚さを想起させる景色を呈している。
僕、
そんな「生」のイメージのイベントを間近に控えつつも、なんとなく感覚でわかる。自分はまもなく寿命を迎えるのだ。
この帳が完全に下りきって、この布団の中で眠りに落ちたが最期、二度と目を覚ますことは無いのだろう。
悔いはなにもない。とにかく幸せな人生だった。
大切な人に恵まれ。愛し合いされて。最後の瞬間まで愛とともに生きられた。
今僕は、僕たちが長年住み続けた家の和室に横になっている。
うまく動かない身体だけど、なんとか力を振り絞り、隣で横になる最愛の妻である
すると、彼女もちょうどこちらを向いたところのようで、いつもと変わらない優しい眼差しを湛えている。
そんな暖かな目線と、僕の目線が直線に繋がる。
それだけですべてが伝わってくるんだ。
口には出さないけど、同じことを思ってる。
これまで過ごしてきた幸せな日々。
共有してきた苦労。
互いの手の温もり。
<<これまでずっと、幸せだったね>>
*****
私、
だけど、もうすぐお迎えがくるんだろう。なんとなくそれがわかる。
外の景色が夕闇に染まっていく。まるで私の残り時間を暗示しているかのようだ。
私の隣で横になっている知夜は、生まれたときから、もうすぐ訪れる最期の瞬間まで、80年間を共に生きた最愛の夫。
今私は、私達が長い時間を過ごした家の和室で眠りの時を待っている。
あまり身体は動かせないけど、目線だけを知夜に向ける。
彼もちょうどこちらに視線を向けたところのようで、いつもと同様、2人の目線が1つに繋がる。
この瞬間だけですべてがわかる、すべてが伝わるの。
彼も私と同じことを感じている。
一緒に過ごした幸福な日々。
大変だったこと。
忘れることなんてない温かさ。
<<これまでずっと、幸せだったね>>
*****
光が落ちきって外は真っ暗。
山の中、満天の星がきらめいて、2人を祝福しているかのようだ。
2人とも何も言葉には出さない。
でも、全部わかってる。
互いが言いたいことも、今を逃すと永遠に言えなくなることも。
心のなかでその言葉をつぶやく。
<<これまで長い間ありがとう。ずっとずっと、永遠に愛しています>>
2人は、この世に生まれ落ちてから80年間、ずっと一緒に生きてきた。
2人の両親は4人とも幼馴染で親友同士。
子どもを出産するためにお母さんたちが入院していた病院も同じ。
生まれたのもほぼ同時。
家は隣同士で、ほとんど毎日交流があった。
言葉を話すようになったことには付き合い始めていた。
多分、「付き合う」という概念を理解するより先に本能で一緒になっていた。
同じ幼稚園に進み、毎日一緒に遊び、一緒にいた。
同じ小学校に進み、一緒に登校、一緒に勉強した。
同じ中学校に進んで、同じ高校に進んで、同じ大学に進んだ。
大人になってからも長い時間を一緒に過ごすために、夕愛は専業主婦として家事をこなし、知夜は在宅で取り組める仕事を選んだ。
数回短い喧嘩をしたことはあっても、1時間以上の仲違いはなく、まして別れようとしたことなんて1度もない。
そして今、今際の際まで一緒にいることができている。
いつも隣にキミ (アナタ)がいた。
長い長い時間、キミ (アナタ)といた。
キミ (アナタ)と過ごすだけがこの人生のほとんど全てだった。
一緒でなかった時間は一緒にいた時間より短いだろう。
だから、これまで言葉なんて交わさなくても、目を見れば、顔を見れば、互いに考えてることがすべてわかった。
それに、今もわかる。
でも、せめて最期くらいは、言葉で伝えたい。
互いに布団からゆっくりと腕を出して手を伸ばし、ギュッと繋ぐ。
2人互いに弱い脈を確認して、同じ言葉を、同時に、口に出して紡ぐ。
「これまでホントにありがとう。来世でも、必ず、キミのすべてを、僕のものにしてみせるよ」
「これまでホントにありがとう。来世でも、必ず、アナタのすべてを、私のものにしてみせるわ」
わかりきったことだけど、伝わりきっていることだけど、それでも2人が口にした。
くすぐったい多幸感が全身を巡る。
数少ない昔懐かしい友達も、ほとんどが先に逝ってしまった。
小学生の頃からの親友である幼馴染カップルも、もういない。
子どもたちはすでに独り立ちしているが、2人が長くないことを知り、戻ってきてくれている。
今、この家に集まってくれているのは8人。
知夜と夕愛の2人の子どもである長女と2つ下の長男。
そんな2人の子どもたちそれぞれの伴侶。
そして彼らの子ども、つまり知夜と夕愛の孫が各家庭2人ずつの4人。
隣の部屋では、彼らがテレビを見ながら談笑している。とても賑やかだ。
うるさいなんて思うことはない。
普段から、僕(私)達が眠るときにも賑やかにしてくれて構わないと伝えてある。
知夜と夕愛の幸せの結晶がそこにいてくれることがわかるから。
この景色が見て、感じられているだけで2人の心は満ち足りていく。
その幸せそうな笑い声も段々遠ざかるように聞こえなくなっていく。
そうして、2人は幸せそうに微笑みを湛えながら、眠りに落ちた。
*****
眩しい......っ。
気づけば2人は朝日のような目も開けられないほど眩しい、生命力に溢れた眩い光に包まれていた。
混乱の最中、素直な疑問と不安感が心のなかに去来する。
<<なんだ?これがお迎えってやつなのか?>>
<<なに?これが死ぬということなの?>>
突然よくわからない場面に投入されて何も見えず拠り所のない状況ではあるが、繋いだ手の温もりだけは確かに感じる。
その温かさが不安な気持ちを和らげてくれる。
見えなくても、その手がキミ (アナタ)のものであることはわかる。
そうこうしている内に少しずつ目が順応してきた。
明順応が完了したころに互いの姿を見ると、そこには20歳ごろの若い容姿のキミ (アナタ)がいるではないか。
驚きが先行するが、改めて自分たちが死んだのだと確信して落ち着くと同時に、事ここに至っても2人一緒に居られることに幸福感を抱く。
そうしてしばらくすると、何者かの気配を感じる。
<<誰か......いる......?>>
目を凝らすと朧げながら年老いた男性のような輪郭が見えてくる。
段々とはっきりと見えてきたのは、立派な白髭を蓄えて片手には杖を持ち、白い布のような衣装を身に纏って光り輝く立ち姿だ。
あぁ、この方こそが神様だろう。
直感的にそう判断してしまうだけの存在感がある。
短い沈黙の後、目の前の何者かが荘厳な声で語りかける。
「まずは2人とも、長い旅路、ご苦労。
君たちの萌える日々を陰ながら見守らせてもらっておった。
本当に、客観的に見ても、素晴らしい人生だったように見えた。
君たちが互いに想い合い、助け合う姿に、いつもココロを打たれておった。
まずは礼を言わせてくれ。君たちの美しい人生を鑑賞させてくれてありがとう」
見に覚えのない感謝を受けて疑問も浮かぶ2人だったが、そのセリフから凡その状況は推測できた。
これまで神様が自分たちを見守ってくれていたこと。その様子が神様のお気に召したのであろうこと。そして、そんな人生を鑑賞する権利?を娯楽として神様に提供したことに、お礼をいただいたのだということ。
2人は一瞬だけキョトンとした顔を見合わせたかと思うと、ふっと破顔して2人同時に頭を下げ、シンクロしたお礼を奏上する。
「「神様。僕 (私)たちの方こそ、これまで幸せな人生を歩ませていただき、見守っていただき、ありがとうございました」」
頭を上げて再び神と思しき人物は柔和な表情を浮かべている。
そして優しさに溢れた声で答える。
「うむ、理解が早くて助かる。ワシこそが神である。
ただ、君たちが幸せに暮らせたのはワシの力というわけではない。
確かにワシも祝福をかけたが、それはほんの少しの補助にしかならない。
本質は君たちの異常なほど強い運命の結びつきと、普通ではありえない常軌を逸した互いへの愛、そして献身のココロが掴み取ったものである。
これほどの2人、滅多に現れるものではない」
知夜も夕愛も、お互いの愛は十分に確認してきたし、周りにもたくさんからかわれてきたことで、それを指摘されることには慣れきっていたつもりだったが、さすがに神様にも太鼓判を押されると気恥ずかしさを感じてしまう。
80歳まで生きると羞恥心もだいぶ薄くなったものだが、久々に少し顔を赤くした2人は、繋いだ手を離さないまま見つめ合い、<<照れるね>>とテレパシーよろしく心で通じ合う。
その様子を見て神様は呆れたような、困ったような微妙な表情でふぅとため息をつく。
「気づいていると思うが、君たちは生涯を終えたのだぞ?」
そんなことは、この事態を見れば十分に理解できている。
「「もちろん、承知しています」」
「ふむ、それを理解していてその落ち着きとラブラブっぷりか」
「「えぇ、彼女 (彼)さえ隣りにいてくれさえすれば、それだけで十分ですから」」
シンクロした言葉を返す知夜と夕愛に、今度はしっかりと困った顔になるだけでなく、腕を組んで考え込む神様。
しばらく悩んだかと思うと、意を決したように2人に告げる。
「実はな、この世界では死んだら生まれ変わるシステムがあるのだ。輪廻転生に近いものだ。仏教の六道輪廻とは違い、次も人になることは決まっておるのだが......」
意を決した割には歯切れが悪い。
しかし、そういうことであれば、2人にとって確認しなければならないことは唯一つ。
浮かんだ質問を素直に問う。
「「では、僕 (私)たちは次の生でも、一緒になることができるのでしょうか」」
この質問に、神様は苦虫を噛み潰したように表情を歪め、いまにも泣き出しそうになりながら、ゆっくりと答える。
「すまぬ......それは......基本的にできないのだ......。
このままでは君たちは来世で一緒に過ごすことはできないのだ」
2人にはショッキングな事実を告げ、さらにその理由を続ける。
「同じ者たちが輪廻を繰り返す中でも
それゆえに、転生させるときには番の者らを離別させるよう、次の運命を紡がねばならないことになっておるのだ」
その回答に、2人の心が絶望に染まる。
だがすぐに神様の言葉の『含み』に気がつき、慌てて問い直す。
「「このままでは、ということは、何か一緒になる方法がある、ということなのですね!?」」
絶望に沈む様子も、気がついたときの表情の変化も、そしてそれを乗り越えようとする質問も、全く同じ動きをする2人を見て、それまで硬い表情をしていた神様の表情が始めに拝見した時と同じような優しいものへと変化する。
そしてまさに『救い』というべき言葉を続ける。
「そうだ。君たちの運命はあまりにも強固に結びついておる。
そして普通はどれだけ愛し合っていても表れる互いへの『憎悪』の心が全くといっていいほど生まれていない。
このような者には、試練を与え、神の会議で承認を受けることができれば、来世でも出会う運命を送る機会が与えられることになっておるわけだ。
ただし、失敗した場合には、永遠に出会うことのない運命が義務付けられる。この試練はそういう仕組みになっておる」
きちんと理解は追いつかない2人だったが、来世でも一緒にいられる可能性が少しでもあるなら、それにすがる以外の選択肢はありえない。
自分たちに乗り越えられる試練であろうか、と不安な面持ちを浮かべる2人に、神様は笑いかける。
「ふっ、そう不安にならずともよい。
実は君たちはこれまでの前世でも、同じように試練を乗り越え、悠久のときを、共に過ごしてきているのだ。
かつて試練を受けず、離れてしまうこともあったが、それでも後に驚異的な意地というか、執念で運命を手繰り寄せ、今こうして再び番となっているのだ。
試練は試練であり、失敗すれば離れ離れになってしまうわけだが、お前たちなら超えられないものではない」
その励ましに少し気持ちが軽くなる。
そして、聞かねばならないことを尋ねる。
「「それで、試練とはどのようなものなのでしょうか」」
「君たちには、今回の人生の時間を巻き戻し、いくつかの制約を設けて過ごしてもらう。
我々神も、全ての運命を書き換えられるわけではない。強く結びついた運命を変えることは難しい。
だが、その運命を導くいくつかの重要なイベントや状況を変える程度の力はある。
この力を使い、出会いに繋がるいくつかの重要な前提を書き換える。
その状態でも、なお憎悪の感情を一切抱かず、見事互いへの純粋な愛を貫くことができたのならば、そのときは晴れて来世での離別を避ける権利が与えられるのじゃ。
もちろん、今、こうして話していることも、君たちが過ごしてきたこれまでのことも、一切記憶には残らない。その記憶はあくまで肉体に宿るものだからの」
来世でもキミ (アナタ)と一緒にいるために、もう一度人生をやり直す。
どれだけ難しいことなのか、十分にイメージすることはできない。
失敗すれば先の輪廻のなかでキミ (アナタ)と出会うことすらできないという。
それでも、悪い賭けではない。むしろ来世を共にできる可能性に賭けないわけがない。
2人は目を合わせて、<<やるよね!>>とテレパシって頷く。
その様子を見て満足そうにした神様は、改めて2人に問いかける。
「して、君たちはこの試練に挑戦するかね?」
「「もちろんです!」」
試練を受けることを決めたあと、2人は神様とともに転生の魔法陣なる場所まで移動する。
「準備はよいか?」
「「はい」」
覚悟を決め、繋いだ手をさらにギュッと強く握り締める。
ややあって、2人の足元の魔法陣が輝きだし、この空間に来たときのような白い光が2人を包む。
怖い気持ちはある。
失敗したらどうしようという不安がある。
だけど、絶対に2人で成功させようという気概がある。
2人は光の中で向かい合って両手をつなぎ合わせ、短く唇を合わせる。
そして、80歳目前の夜、今生で最期の眠りに落ちる直前にも交わした約束の言葉を、もう一度共有する。
「来世でも、必ず、キミのすべてを、僕のものにしてみせるよ」
「来世でも、必ず、アナタのすべてを、私のものにしてみせるわ」
言い終わった瞬間、2人の魂は過去へと飛ばされて、魔法陣の中には何者も残ってはいなかった。
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