第5話 協力
ジェシーと別れた頃にはすでに日も落ち始めていた。
重たい気分のまま宿まで帰ってくると、ちょうど宿の前でふよふよと浮いているくまじろうの姿を発見した。
くまじろうは目立つからわかりやすいなあ……なんてぼんやりと考えていると、どうやら向こうもこちらを発見したようで、くまじろうと共にいたミーアがとてとてと駆け寄ってきた。
「ロザリーさん……!ど、どこまで行ってたの……?」
「ちょっと、探索者登録にね」
「もうカ!?手がはえーナ!」
迷宮都市に着いて昨日の今日──どころか着いた当日なので、たしかに急だったかもしれない。実際はただの成り行きなのだが。
「どうだったんダ?簡単に登録できたのカ?」
「うん。拍子抜けするくらいにね」
そう言って二人に探索者カードを見せると、ミーアは少し残念そうな顔をした。
「わたしも、一緒に行きたかった……な」
「そっか……ごめんね」
「う、ううん……!わたしも、明日行こうかな……」
いいんじゃない?なんて相槌を打ちながら、私は内心で焦りを感じていた。
直接聞いたことはなかったので懐疑的でいたが、やはりミーアも探索者になるつもりのようだ。そして、ジェシーは素顔を隠して行動するほどデイビットのことを警戒していた。対する私は喧嘩を売られたきり無警戒に行動している。もし私とミーアの関係がバレて、ミーアに危険が迫るようなことがあったら……
私はそこまで考えてから、小さく首を振った。いくらなんでも考えすぎだろう。デイビットが初心者狩りをしているのも、自分の生活のためのはずだ。私一人のためにそこまでするのは採算が取れない。
「じゃあ、迷宮に行く時は一緒に行く?」
「う、うん……!」
もちろん、一緒にというのはデイビットの件が片付いてからだ。しかしそう言うとまたミーアが悲しんでしまうかもしれないので、私は黙っておくことにした。
そしてそんな私たちのやり取りを聞いて、くまじろうがやれやれと首を振った。
「お嬢……もうちょっと人を疑うってことを覚えたらどうダ?」
「で、でも……ロザリーさんはいい人だよ……?」
「そうかア?まア、お嬢がいいならいいけどヨ」
本人の前でそういうことを言うのはいかがなものかと私が困り顔を浮かべると、くまじろうはため息をついた。
「あのなア……ロザリーもだゾ?」
「えっ」
「お嬢だからいいものの、他人を信用しすぎだロ」
「そうかな……」
やはりそうなのだろうか。
これでさらにジェシーのことまで話したら、さらに呆れられてしまいそうだ。
でも、ジェシーは信用できそうな人だったし……なんて、言い訳にもなっていないが。
「そ、それより……ご飯、いこう……?」
「おウ、そうだったナ」
「その、ロザリーさんも一緒に……」
「あ、私食べてきちゃったん……だ……よね」
なんて口走っていることに気づいたのは、ジェシーのことは隠しておこうと内心で決めた後のことだった。
ミーアの驚いた表情と、くまじろうの呆れるような視線が私に刺さる。
「食べてきたっテ、一人でカ?」
「いや、それは……」
「そうだよナ?俺たちを差し置いて一人で済ませるわけねーよナ?」
くまじろうの追及に降参だとばかりに手を上げた私は、これまでの経緯を二人に洗いざらい話すことになった。
探索者会館でのことと、ジェシーのこと。それらを話し終えると、くまじろうはわざとらしくため息をついた。
「何やってんだヨ……」
「でも、しょうがなかったっていうか……」
「しょうがないのはロザリーの頭の方だロ」
「うぐ……」
酷い。酷いけど、何も言い返せない。
「しかシ、初心者狩りカ……」
「酷い話だよね」
「うーン……気持ちはわからんでもないけどナ」
「どうして?」
「要ハ、迷宮ってのは限られたリソースの奪い合いだロ?元からいるやつらからすれバ、新規参入者を減らしたいってのは普通じゃないカ?」
「……そんな話なの?ただ初心者から成果を巻き上げてるだけじゃ……」
「初心者から巻き上げられる成果なんてたかが知れてるだロ。もっと上のやつらかラ、依頼としてやってるんだと俺は思うけどナ」
そう言われてみれば、くまじろうの意見は尤もだ。デイビットは元はといえばおこぼれでも特迷物を手に入れられるくらいの実力はあったのだし、さらにそのおこぼれを必死でかき集めている初心者を狩ったところで旨味は少ないはずだ。
「じゃあ、国の軍隊とかが初心者狩りを依頼してるってこと?」
「さあナ。そこまでじゃなくても、中堅層のクランとかがやってるんじゃねーカ?」
そこまで言うと、くまじろうは少しばかり口角を釣り上げてポツリと呟いた。
「……面白そうだナ」
「面白そう?」
「あア。その話、俺とお嬢も混ぜてくれヨ」
「……」
また唐突な。いや、唐突なのはいつものことだったか。
しかし、わざわざこんな厄介事に首を突っ込んで来ようとする理由がわからない。くまじろうは面白そうと呟いてはいたが、ミーアの方はどうなのだろうか。
そうミーアの方を見てみると、ミーアは怯えたようにプルプルと震えていた。
「……ミーア?どうしたの?」
「い、いやです……そんなの!」
「いやって、何が?」
「危険です!危ないですっ!」
「危ないったって……」
そんなことを言ったら迷宮に潜ること自体も危ないのではないだろうか。
なんて意地悪な疑問はさておき、どうやらミーアは関わりたくないようだ。
「じゃア、お嬢は不参加カ。一人で待ってるんだナ?」
くまじろうが煽るようにそう言うと、ミーアはピタリと動きを止めた。
「……いく」
「よシ、お嬢も参加だナ」
「いやいやいや、よしじゃないでしょうが」
くまじろうが話をまとめようとしたのを慌てて阻止した。
先程のやり取りでミーアが納得しているはずがない。どこかに遊びに行くというのならそれでもいいかもしれないが、この話はそんな軽い話ではない。命を懸けて人を殺そうという話だ。それをこんな簡単に決めてしまっていいわけがない。
しかしそんな私の意図とは裏腹に、ミーアが口を開いた。
「大丈夫です……私も、行きますから」
「……もっとちゃんと考えた方が」
「大丈夫ですっ!」
ミーアは私の言葉を遮ってそう叫ぶと、プイっとそっぽを向いてしまった。
それを見たくまじろうが、クツクツと笑い出した。
「こうなったお嬢はもう何言っても無駄だゼ」
「……はぁ」
きっと、くまじろうはこうなることをわかってミーアを煽ったのだろう。
私はこの状況を前に、ため息をつくことしかできなかった。
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