八 SAS〈M1〉 フェルミ艦隊旗艦〈ユウロビア〉出現
「天変地異を起こして国家の政策を非難対象にするのと、政府を攻撃して壊滅するのでは、どちらが犠牲者が多い?」
吉永の質問にPeJは答えた。
「国家の政策を非難対象にするってことは、ダムの決壊や土砂崩れで国民が死んで、国民が政府の政策をずさんだと非難するってことだよね?」
「そうだ」
「それなら、政府を攻撃して壊滅だよ。
大軍を滅ぼすのに、大将を倒せば、大軍は烏合の衆だよ。
まず、一番可能性のある流星群を探して・・・」
PeJはあたかも、クルーのようにコントロールポッドのコンソールを操作した。
SAS〈M1〉もPeJも、PDのサブユニットでPDの分身だ。PeJが思考すればコンソールを操作しなくても、直接4D映像探査は可能だ。
「見つけたよ。小さいけど、獅子座流星群が近づいてる。
緯度と経度を決めて、隕石を落すよ。いいね?」
「どこに落すんだ」と山本班員と倉科班員。
吉永たちサイボーグ特務コマンド・CSCによってシュウザン海軍基地の東海海軍は壊滅し、朝鮮の大陸間弾道ミサイル・ICBMで北京政府は壊滅したが、その他の主要都市と軍事事基地は健在だ。
「ターゲットは次期の政府施設と、宇宙開発拠点だよ・・・」
その時、SAS〈M1〉が意識記憶管理システムを通じて緊急事態を知らせた。
「外部探査波を確認!警戒せよ!警戒せよ!
本艦の多重位相反転シールドとステルス状態は完璧です!
探知されていませんが、警戒してください!」
「いけない!先を越されたよ!
誰がぼくたちを探ってるか、調べるよ!」
PeJは、誰がSAS〈M1〉を探っているか、SAS〈M1〉を探る探査波を追尾して逆探査した。
SAS〈M1〉のコクピットのディスプレイに、宇宙空間を探査する4D探査映像が現れた。今のところ、星々しか見えない。
「PeJが探査しているのを気づかれてないか?」
吉永は、SAS〈M1〉からの探査波を気づかれないかと思った。
「だいじょうぶ!
ぼくたちの探査は4D探査(素粒子信号時空間転移伝播探査)だよ」
PeJがそう言っていると、PeJのコントロールポッドの横に、年齢不詳の執事風の男が現れた。
「私の探査は気づかれません。心配ありません。
この姿は私、SAS〈M1〉です。PDです。皆さんの年齢に合わせたアバターです。
さて、4D探査映像を示します」
コクピットのディスプレイに現れている宇宙空間の4D探査映像が、コクピット内の空間に3D映像化された。星々の輝きのあいだに、輝きが無い漆黒の空間がある。
「見つけたね!PD。この戦艦、頭隠して尻尾隠さずだね!」
PeJが小躍りするように4D探査映像を見ている。
「PeJがこの戦艦の実体を見ているように、皆さんにも見えるように映像処理しましょう。しばらくお待ちを・・・。
この戦艦は位相反転シールドされてステルス状態ですが、ヒューマにたとえれば、私たちの4D探査(素粒子信号時空間転移伝播探査)には、衣類を着ていないのと同じです。
ほら、この通り、素肌が丸見えです・・・」
巨大な蝙蝠が翼を拡げたような巨大な戦艦が現れた。
PDはさらに4D探査映像をアップして、探査映像のフォーカスをコントロールデッキがあるブリッジへ移動した。
「PD!これって、ニオブのへリオス艦隊の旗艦〈ガヴィオン〉だよ!
大宇宙戦艦〈ガヴィオン〉だよ!」
PeJが九歳の子どもらしく驚いて、言葉を無くした。
「この時空間にこの戦艦の他に、戦艦はいないらしい・・・・」
吉永は意識記憶管理システムで、PeJとSAS〈M1〉の記憶を探った。
意識記憶管理システムから知り得た、PeJの記憶、つまりSAS〈M1〉の記憶である、PDの記憶によれば、ニオブのヘリオス艦隊は、
大宇宙戦艦〈ガヴィオン〉を旗艦とし、
攻撃艦ニフト一隻、
突撃攻撃艦フォークナ四隻、
回収攻撃艦スゥープナ一隻の、計六隻の副艦と、
搬送艦一六〇隻、
円盤型小型偵察艦二十隻から成りたっている。
旗艦の大宇宙戦艦〈ガヴィオン〉は、八個の曲面を持つアステロイド型幾何学立体で、大きさは約20キロメートルに及ぶ。
回収攻撃艦スゥープナは、プロミドンを二つ合わせたような形状(ピラミッド形の底面を合わせた形状)の八個の曲面を持つ幾何学立体で、機能上、〈ガヴィオン〉に匹敵する20キロメートルの大きさがある。
攻撃艦ニフトは5キロメートル。四隻の突撃攻撃艦フォークナは3キロメートル。いずれもアステロイド型だ。
一六〇隻の搬送艦は直径10キロメートルの円盤状をなし、小型偵察艦は50メートルの円盤状をなしている。
そして、大宇宙戦艦〈ガヴィオン〉と副艦には、小型アステロイド型攻撃艇が、各艦の大きさに応じた隻数、最大長キロメートル数の百倍が搭載してある。
「〈ガヴィオン〉がこんなとこにいるなんて有り得ないよ!
だって、〈ガヴィオン〉はニオブの全艦隊の大指令戦艦で、へリオス艦隊の旗艦だよ。 今は・・・、ほら。月の裏側のクレーターの中の格納庫に係留されてるよ。
だから、こんなとこにいるはずがないよ!」
PeJは4D探査映像の隣に、ニオブの全艦隊の大指令戦艦でへリオス艦隊の旗艦〈ガヴィオン〉の全貌を映しだした。
「PeJが〈ガヴィオン〉と思っただけです。
この4D探査映像の戦艦は〈ガヴィオン〉ではありません。
十分の一スケールのレプリカ艦ですよ」
PDが、4D探査映像の戦艦の各部を拡大した。
艦体は〈ガヴィオン〉と同様に、八個の曲面を持つアステロイド型幾何学立体で、大きさ(最大長)は2キロメートルだ。
国際宇宙ステーション・戦艦型ISS-BS1(battleship1)は全長が1キロメートル。ジャイロ型ISS-ST2(solid torus2)も最大長1キロメートルだ。二つのISSにくらべたら、4D探査映像の戦艦は巨大だ。しかも艦体は位相反転シールドでステルス状態だ。
ISS-BS1とISS-ST2はまだこの戦艦を発見していないだろう。何とかしてこの戦艦の発見を知らせねばならないが、ハンス・ボーマン艦長に3D映像通信すれば、SAS〈M1〉の位置が知られる・・・。
吉永たちは緊張した。
「外部探査波確認時、私が4D映像通信(素粒子信号時空間転移伝播通信)でISSに、
『未確認の外部探査波を確認した。
未確認の巨大戦艦を探査して接近している。
臨戦警戒態勢をとれ』
と知らせました。ISSは臨戦態勢で警戒しています」
PDは吉永たちに余裕の表情を見せている。
ここまでPeJやPD主導で戦闘するなら、我々サイボーグの特務コマンド・CSCは不用だ・・・。そう思う吉永の思考は、筒抜けだった。
「我々の4D探査情報は、全てISSのAIと、SAS〈M1〉とPeJが共有しています。
このように言うと混乱しますね・・・。
私とPeJはPDのサブユニットで、私は、SAS〈M1〉にいます。PeJは〈M1〉のコクピットにいます。混乱を避けるため、SAS〈M1〉にいる私をPDと呼んでください」
「ISSのAIは何だ?」と前田班長。
「国際宇宙ステーションのAI自体は電脳意識のAIです。
AIを介してPDのサブユニットが存在しています。
私とPeJは全てを共有しています」
PDは意識記憶管理システムを持っている。ハンス・ボーマン艦長は、みずからの意識と思考をPDによって管理されている・・・。そして、我々も管理されている・・・。
吉永たちは皆がそのように考えていた。
「そうではありません。意識記憶管理システムによって意識と精神を共有しています」
意識とは、自分の状況がはっきりわかる心の状態。思念がこれだ。 精神は、思考や感情の働きを司る人間の心だ。
「この4D探査映像の戦艦はフェルミ艦隊の旗艦〈ユウロビア〉です。
独裁国家の宇宙進出を阻止しても、この戦艦の脅威があれば、次の独裁国家が現れます。
中国の宇宙ステーション・CSSとスパイ衛星を壊滅してから十二分です。
流星群による攻撃は保留にして、いったんBS1に帰還しましょう」とPD。
「帰還してハンス・ボーマン艦長と打合わせるのか?無駄だろう」
戦艦型ISS-BS1のクルーたちに、PeJとPDの存在を明らかにしていない今、どうやって対処するか話し合っても、ハンス・ボーマン艦長は理解しない。ハンス・ボーマン艦長の意識と思考をPDによって管理されていれば状況は変るが・・・。
「ご安心してください。吉永が考えるとおりです。ハンス・ボーマン艦長の意識と記憶を管理しました。スキップ(時空間移動転移)で移動しましょう。
説明が遅れました。自他ともにスキップ(時空間移動)可能になりました」
PDが思考と記憶で説明し終えないうちにSAS〈M1〉はスキップした。
二〇三三年、十一月十四日、月曜、一〇一二時過ぎ。
SAS〈M1〉は出撃前のように、戦艦型ISS-BS1の格納庫に帰還した。発進して十二分後だった。
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