七 SASのAI 侵略者フェルミとレプティリア
「生かさず殺さず、じわじわと国民の反感意識を煽るのか?」
前田班長は、地球のマスメディアを利用して世論を動かすのかと思った。そんな事をしても、独裁者たちはこれまでのように反政府勢力指導者を暗殺するか、軍を使って反政府勢力を鎮圧するだろう・・・。
「その方法は通用しないよ。前田班長が考えとおりだからだよ」
Jは前田班長の思考を読んでいる。
「Jはどこにいるんだ?」
吉永はJの居所が気になった。
「平行宇宙にいるから、今現在と言うのは正しくないけど説明するね。
九歳のあたしは、オリオン渦状腕深淵部のグリーズ星系主惑星グリーゼに着陸している、ニオブのアクチノン艦隊の旗艦〈アクチノン〉でPDアクチノンといっしょにいるよ・・・」
ニオブのアクチノン艦隊の旗艦〈アクチノン〉は直径が数キロメートルに及ぶ巨大な惑星移住計画用の球体型宇宙戦艦だ。〈アクチノン〉は内部の二十階層が巨大企業のカンパニーとして使用され、他は公共交通機関チューブの発着駅やスペースバザール、宇宙航行する宇宙船の亜空間転移ターミナルとして使われている。アクチノン艦隊の他の球体型宇宙戦艦六隻も、スペースバザールや、チューブの発着駅、亜空間転移ターミナルとして使われている。
そして、PDアクチノンは旗艦〈アクチノン〉のAIで、アクチノン艦隊を管理する巨大電脳宇宙意識だ。
「十五歳のあたしは、オリオン渦状腕深淵部レッズ星系惑星シンアの静止軌道上の、巨大球体型宇宙船〈オリオン〉にいて、PDガヴィオンやニューロイドのトムソ・カムトたちといっしょだよ。
そして二十歳前のあたしは、オリオン渦状腕外縁部テレス星団のフローラ星系、惑星ユングの静止軌道上の戦艦〈オリオン〉にいるよ。ここでもPDガヴィオンやニューロイドのトムソ・カムトたちといっしょだよ」
戦艦〈オリオン〉は、精神生命体ニオブのクラリック階級を殲滅するために、平行宇宙のオリオン渦状腕ヘリオス星系惑星ガイアの地球防衛軍ティカル駐留軍基地が建造した、惑星移住計画用の球体型宇宙戦艦で、直径四十キロメートルと巨大だ。
PDガヴィオンは、大宇宙戦艦〈ガヴィオン〉を旗艦とするヘリオス艦隊を管理するAIの巨大電脳宇宙意識だ。
「PDガヴィオンは、なぜ、〈オリオン〉にいるんだ?大宇宙戦艦〈ガヴィオン〉にいるのが当然だろう?」
吉永はPDガヴィオンがどこにいるか疑問だった。
「むりだよ。へリオス艦隊も旗艦の大宇宙戦艦〈ガヴィオン〉も、月の裏側のクレーターの内部に格納されたままだよ。
戦艦〈ガヴィオン〉には精神生命体ニオブも、ヒューマ(ヒューマン)もいないよ。格納されているのはへリオス艦隊の戦艦と搬送艦と偵察艦だけだよ」とJ。
「ニオブはどこへいった・・・と聞くのは野暮だな。ニューロイドになって、我々の祖先になったんだな」と吉永。
「そうだよ」
「それなら、独裁国家の独裁者たちを抹殺すれば、意識内進入している精神生命体ニオブのクラリック階級は消滅するだろう」
吉永は意識記憶管理システムからJの記憶を全て理解している。
これまでJたちはそうやって、PDガヴィオンやニューロイドのカムトたちとともに、クラリック階級を壊滅した。独裁国家の独裁者たちを抹殺すれば、意識内進入している者たちも消滅するはずだ・・・。
「独裁者たちに意識内進入しているのはクラリック階級じゃないよ。精神生命体じゃないんだよ・・・」
Jが困った顔になった。ニューロイドとはいっても、表情は九歳の子どもだ。
「誰なんだ?」と前田班長。
「精神生命体じゃない別の種族だよ。lizard、リザードだよ。トカゲだよ」
「意識記憶管理システムを介したJの記憶に、そんな記憶は無かったぞ。どういう事だ?」
倉科班員と山本班員が驚いている。
「平行宇宙で、精神生命体ニオブのクラリック階級は、最初はヒューマ(ヒューマン)に意識内進入して地球と宇宙を支配しようとしたけど、あたしたちが阻止したの。
クラリック階級は他の宇宙へ逃げて、収斂進化した獣脚類のヒューマノイドのディノス(ディノサウロイド)に精神共棲して、宇宙を支配しようとしたけど、あたしたちがヤツラを壊滅してクラリック階級は壊滅したよ」
「そこまでは、意識記憶管理システムでJとPeJの記憶で知ってる。
その後に、何があったんだ?」
吉永は平行宇宙に何があったか気になった。
「かんたんに言うとね、収斂進化したトカゲが、ニオブの精神と意識を乗っ取って、宇宙も支配しようとしてるんだよ・・・」
九歳のJが徐々に成長して十代半ばから二十歳前くらいの、戦闘気密バトルスーツとバトルアーマーで重武装した金髪碧眼のヒューマ女戦士になった。
「ニオブが支配されたのか?」
吉永は思った。
Jのこの姿は、平行宇宙で成長した姿だ。だが、この顔、どこかで見たことかある・・・。あの特機甲(中国の特殊部隊、中国人民軍特別機甲部隊)の鮫島京香だ・・・
「そうだ。我々ニューロイドの祖先となったニオブの他にも精神生命体はいた。その者たちに精神生命体ニオブも、ニューロイドも、精神生命体の艦隊を管理していた電脳宇宙意識のサブユニットも支配されたが、今のところ艦隊の電脳宇宙意識は支配されずにいる」
吉永たちクルーは、説明するJをふしぎな眼差しで見つめた。
「私がどうかしたか?ああ、この姿と装備か?
これは、私が精神共棲した、テレス連邦共和国軍警察総司令官マリー・ゴールド大佐の姿だ。テレス連邦共和国はオリオン渦状腕外縁部テレス星団にある。マリーはテレス星団フローラ星系惑星ユングのユング共和国にいる。
ユング共和国はテレス連邦共和国に帰属している一国家だ・・・」
Jはマリーの姿で説明を続けた。
ニオブ同様に、精神生命体ニオブの一種族・フェルミは、渦巻銀河メシウスのアマラス星系惑星ロシモントから、戦艦〈ユウロビア〉を旗艦とするフェルミ艦隊でペルセウス渦状腕のプロテウス星系惑星メルデに飛来した。
彼らは惑星メルデのヒューマ・メルデンに精神共棲したが、メルデンは繁殖力が弱かったため、フェルミはバイオロイドを育成して精神共棲した。
フェルミはフェルミ艦隊を管理するAIの巨大宇宙意識・PDフェルミンによって機械にも精神と意識が宿るのを知り、サイボーグの方がバイオロイドよりライフサイクルが長いと判断してサイボーグ化したバイオロイドに精神共棲した。
その結果、フェルミの精神と意識は有機体のヒューマノイドに受け継がれることなく、高度にサイボーグ化されたバイオロイドに受け継がれ、フェルミは機械に必要なエネルギーを求めるようになったため、フェルミはエネルギーを求めて、爬虫類のトカゲが収斂進化したレプティリア(レプティロイド)の種、エネルギーを体内保管できる蓄電家畜マコンダを飼育した。
爬虫類のトカゲが収斂進化したレプティリア(レプティロイド)は、獣脚類が収斂進化したディノス(ディノサウルスが収斂進化したディノサウロイド)やラプト(ヴェロキラプトルが収斂進化したラプトロイド)とは異なる。
レプティリアはディノスやラプトより穏やかだ。と言っても爬虫類だ。基本的な捕食の考えは獣脚類同様に哺乳類が対象だ。
フェルミはエネルギーをマコンダに依存した。そして、エネルギーを求めて宇宙へ侵攻すべきだ、とマコンダに言いくるめられて宇宙へ侵攻した。マコンダを支配するレプティリアがフェルミの意識と精神を支配していたが、フェルミはレプティリアに意識と精神を支配されたのに気づかぬまま、
『蓄電家畜マコンダが逃亡したため、捕獲に飛来した』
と銘打って、エネルギーを求めてペルセウス渦状腕からオリオン渦状腕外縁部テレス星団フローラ星系惑星ユングに侵攻したが、侵攻先をヘリオス星系の惑星ガイアに変えた。
もちろん、この侵攻を計画して実行したのはフェルミだが、フェルミはレプティリアに精神と意識を支配されているとは気づいていなかった。
「と言うことは、独裁国家の独裁者の精神と意識にレプティリアが入りこんでるのだな?」
吉永は、レプティリアが独裁国家の独裁者に憑依しているか、完全に洗脳していると思った。
「レプティリアがどうやって独裁者の精神と意識を支配しているか不明だ。
支配方法がわかれば、レプティリアの排除と抹殺は可能と思う・・・」
マリーの姿のアバターJがコントロールポッドから離れてSASのコクピットに立った。コントロールポッドには九歳のJの姿のPeJがいる。これはPeJが変移した実体だ。
「レプティリアがどこにいるかわからないのか?」と前田班長。
「わからない」
Jはそう答えた。事実、マリーたちテレス連邦共和国軍警察はレプティリアの所在をつかんでいない。
マリーはマリー・ゴールド大佐。テレス連邦共和国軍警の総司令官だ。総司令部はオリオン渦状腕外縁部テレス星団フローラ星系惑星ユングのユング共和国ダナル大陸ダナル州フォースバレー、テレス連邦共和国軍警察フォースバレーキャンプにある。
「独裁国家の独裁者が、知らぬ間に洗脳されたのなら、代々にわたって洗脳されたと考えるべきだ。
独裁者の子孫を教育するのは誰だ?」と吉永。
「独裁者一族に仕える、専属の教育係か、独裁者本人だろう」とJ。
「レプティリアは独裁者の近辺にいると思うか?」と吉永。
「そうは思わない。私を教育したのはPDだ。PDはへリオス艦隊の旗艦〈ガヴィオン〉の巨大電脳宇宙意識識AIを介した宇宙意識だ。
同様に考えれば、独裁国家の独裁者を操るレプティリアが身近にいるとは限らない」とマリー。
吉永が不審な顔で言った。
「気になる事がある。
平行宇宙の現象に、現在と言うのは妙な言い方だが、現在、惑星ユングのテレス連邦共和国軍警察フォースバレーキャンプいるマリーは、Jの精神共棲体でニューロイドになっている。マリー自身も、意識記憶管理システムでJの記憶を読んだ我々も、この事を理解している。
Jがマリーに精神共棲したから、マリーはクラリック階級が意識内進入したディノス壊滅の理由を知り、Jがマリーに精神共棲しているのも知った。
しかし、マリーに理由を知らせぬまま、JがPDから与えれた信念に従ってディノスを壊滅していれば、壊滅自体は独裁国家の行いと同じだ」
「何を言いたい?」
Jは懐疑的に吉永を見ている。
「意識記憶管理システムから知ったJの記憶によれば、PDの信念は宇宙の秩序を乱す要因の排除で、破壊ではない。ディノス壊滅は宇宙秩序維持のためだ。
だが、独裁国家の横暴は、どう考えても、自国の存続だけを考えた宇宙秩序の破壊だ。
我々はレプティリアの影響を国家間の問題として考えているが、独裁国家の横暴を阻止すれば、レプティリアは次の手を考えて、新たな国家を宇宙進出へ駆りだすと思う」
吉永はSASの外部映像を映しているディスプレイを示した。大西洋からアフリカ大陸が現われている。独裁国家が経済支援と称して支配している国はアフリカ大陸に多数ある。
「そうだな・・・」
Jが俯いた。考えこんでいる。
「PDは電脳意識のAIを介して現れている巨大宇宙意識だ。
レプティリアはどういう段階の存在だ?」
吉永はレプティリアが爬虫類のトカゲが収斂進化したレプティロイドではなく、精神生命体のような気がした。
「吉永の考えが正しい。レプティリアはマコンダを使ってニオブの一種族・フェルミを支配した存在だ」
Jは吉永の考えを認めた。
「ニューロイドより能力は上か?なぜ、PDはマコンダを壊滅しない?」
吉永は電脳意識のAIを介して現れている巨大宇宙意識・PD信念に疑問を抱いた。
「PDたちは、我々ヒューマを平行宇宙の管理者に選び、管理を任せた。
PDが全てを管理したら、我々の存在意義が無くなる」
そんな、馬鹿な・・・と思いながら吉永はしばらく考えて言った。
「ならば、ヒッグス粒子弾の使用をどのように説明するんだ?PDが開発した兵器だろう?ヒッグス粒子弾を使えば、一瞬でレプティリアもマコンダも消滅するぞ!」
その時、コントロールポッドのシートに座っているPeJがディスプレイに、オリオン渦状腕外縁部テレス星団フローラ星系惑星ユングの、ユング共和国ダナル大陸ダナル州旧都市アシュロン近郊のエネルギー供給施設・テトラゴンを映しだした。
「J!出動だよ!また、マコンダがテトラゴンを襲ったよ」
エネルギー供給施設・テトラゴンは、オリオン渦状腕外縁部テレス星団フローラ星系惑星ユングの静止軌道上にある太陽光集光インフラが得たエネルギーを、惑星ユングの地上に蓄えて各都市へ供給するエネルギー供給施設だ。
「私はこのキャンプから出動する。後の事はPeJと対処してくれ。
そんなに心配するな!PeJはPDであり、ニューロイドの私の分身だ。
PeJ!歳は九歳でいいが、「ぼく」か「あたし」のどっちかにしろ。吉永たちが困惑してるぞ」
Jの周囲にテレス連邦共和国軍警察フォースバレーキャンプのオフィスが現れた。Jのアバターとオフィスは時空間を超越した素粒子信号時空間転移伝播による4D映像だ。
テレス連邦共和国軍警察総司令部は惑星ユングのユング共和国ダナル大陸ダナル州のフォースバレーの地下にある。
「じゃあ、九歳のJで「ぼく」にするよ。いいよね!」
PeJが九歳のJの姿でそう言った。
「ああいいぞ。
さて、質問に答えておく。
ヒッグス粒子弾は最終手段だ。それまでは、PDから与えられた我々ヒューマのあらゆる能力で、宇宙秩序を乱す者たちを排除するのが、我々の任務だ。
私とともに、つまりPeJとともにレプティリアとマコンダを壊滅しよう。
我々の力で壊滅できないときは、ヒッグス粒子弾を使う」
「今、ヒッグス粒子弾を使えば、マコンダは壊滅する。独裁国家の壊滅はその後でもできるぞ。なぜ、そうしない?」
敵を壊滅するなら大将を討つのが常套手段だ。吉永はJの思考を理解できなかった。
「私がPeJを誕生させて、PDがPeJの身体に生命を吹き込んだ。
PeJはPDのサブユニットでPDの分身だ。
このSASは、我々の円盤型小型宇宙艦〈SD〉を模した球体型攻撃艦で、SASは、PeJ同様に、PDのサブユニットでPDの分身だ。名は〈M1〉だ。
最終兵器を使うのは最終手段だ。それまでは、与えられた能力をフルに使って対処する。それが今後の発展のためだ。」
「その事を、国際宇宙ステーションのクルーとエンジニアは知ってるのか?」
「PDの任務は吉永たちに与えられた。他の者に知らせる必要があるか?」
「なぜ我々が選ばれた?何のために選ばれた?」
「吉永たちはサイボーグだ。有機組織と機械組織が一体化している。その状態は身体にPeJがいるのと同じだ。まもなくヘルメットを介した意識記憶管理システムは不用になる。 吉永たちが任務を与えられて実行するのは、PDが実行するのと同じだ」
「なんて事だ・・・」
吉永たちは言葉が無かった。
「ずいぶん時間をかけて話したように思っているらしいが、意識記憶管理システム介した会話だ。スパイ衛星を撃墜して二分も過ぎていない。
ではPeJ。後を頼むぞ」
「はあい。ぼくにまかせてよ!」
「またな・・・」
Jのアバターが消えた。
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