九 なぞの女
「こいつが何者か、調べろ」
吉永が女を東屋のベンチに寝かせると、班長の前田が班員の山本と倉科にそう指示した。
山本は通信装置の生体センサーで女の指紋と顔、遺伝子情報をCDBに照合し、倉科は女の装備を調べている。
女の装備を確認して倉科が言う。
「こいつ、暗視カメラと素粒子信号通信機を持ってる。国産じゃないぞ。
我々を盗撮して映像を送るつもりだったんだ。銃もナイフも中国の物だ」
「映像の送り先は中国だ。これを見てくれ」
山本がCDBに照合した女の生体情報結果を通信機で示した。
女の生体情報は環太平洋環インド洋連合国の兵士や特務コマンドの登録には無かったが、過去に、国内イージスアショア破壊工作未遂事件の際に得られた情報の中に、女の生体情報があった。
「イージスアショア破壊工作に、この女の生体情報が現場に残っていたのも妙な話だ。
我々は破壊工作の現場に、我々に関する情報は残さない。この女も、同じようにするはずだ。この女がイージスアショアの破壊工作に関与したと考えるのは短絡的だ・・・」
吉永は何かが妙だと思った。
「しかし、装備は中国の物です」と倉科。
「中国が素粒子信号通信機を開発した噂があるだけで、実物は誰も見ていない。風がわりな通信機だというだけでは確証にはないだろう。
まあ、自白剤を圧入すれば、事実がわかる。
そろそろ麻酔が切れる」
吉永はそう言って、女の首に左手の小指を触れた。
僅かな振動音がして、吉永の小指の先から女の頸動脈に自白剤が圧入された。
女の意識が戻った。自白剤が効いて身体の自由が利かないが。くたっとして骨抜き状態だ。
BBQの炉で燃える薪がはぜ、肉の焼ける匂いが漂っている。女の腹部から空腹を訴える音が響いた。前田は焼けた肉と野菜を皿に載せて、テーブルに置いた。
テーブルの前の椅子に、自白剤で骨抜き状態なった女が座っている。
「腹が減ったか。質問に答えたら、食わしてやる。
名前と所属を言え」
吉永の質問に、女がゆっくり答える。答えないように抵抗はしていない。それがこの自白剤の優れた点だ。
「鮫島京香。中国名はチャンリンレイだ。所属はない」
「あの灌木の中で、何をしていた?」
「小便だ」
「なんだって?そのために、あそこに居たのか?」
「お前たちを観察してたら、小便をしたくなって、した。
バトルスーツの排泄機能は消臭機能が不完全だから小便の臭いが残る。臭いで何処に居ても気づかれる。
お前たちサイボーグの特務コマンド(Cyborg special command・CSC)に匂いを気づかれるのを避けるためだ」
鮫島は吉永たちを、サイボーグの特務コマンド・CSCと言った。
「我々を観察した目的は何だ」
「信頼できるか否か、確認してた」
「なぜ、中国の工作員が我々を信頼する?」
「私は中国の工作員ではない」
「その装備は中国の物だ。どうして中国の装備を着けている」
「私は中国の特機甲から逃げてきた。
私は十五の時、北朝に拉致されて、中国の特機甲に入れられ、環太平洋環インド洋連合国(Pacific Rim Indian Ocean Rim United Nations・PRIORUN)の破壊工作訓練を受けた。
だが、同じように拉致されて特機甲に入れられた仲間たちとともに特機甲から逃れ、助けを求めてここに来た・・・」
鮫島は拉致された後、洗脳訓練を受けた中国の特殊部隊、中国人民軍特別機甲部隊、通称、特機甲(人民軍特別機甲部隊(People's Army Special Mecha Unit・PASMU))での経緯を語った。
吉永が尋問している間、前田は、鮫島の説明が事実か、小関久夫CDB局長へ連絡した。
すぐさま小関久夫CDB局長から連絡が返った。
「吉永指揮官。これを・・・」
前田は通信機にある小関久夫CDB局長からの調査結果を示した。通信機は素粒子信号通信機だ。他からのハッキングは不可能だ。
吉永は通信機のディスプレイを見た。そこには思わぬ事実あった。
十数年間にわたれ、鮫島の他に十五歳前後の女子が国内で行方不明になって、捜索願いが出ていた。
この時期は、中国が環太平洋環インド洋連合国(Pacific Rim Indian Ocean Rim United Nations・PRIORUN)にスパイを潜入してハイテク技術を盗み、自国で空母やイージス艦、最新鋭戦闘機を作るなど、軍備を拡大しはじめた時期と一致する。
吉永はAIが合成した鮫島京香の十年後の3D映像と、ここに居る鮫島を確認した。
顔は整形できる。ここに居る鮫島が、捜索願の対象者・鮫島京香である確証はない。自白剤で虚偽は言えぬと言っても、自白剤に対する耐性訓練をされていれば、この鮫島の言葉をそのまま信用はできない。どうしたものか・・・。
そう思いながら、吉永は鮫島に訊く。
「特機甲を抜けた他の工作員はどうした?」
「みな、殺された・・・・」
「どういうことだ」
「イージスアショアの破壊工作に、我々拉致被害者が起用されたが、対抗して殺害された。
我々を起用した理由は、工作終了後、国内に逃れるためだ。中国人は日本人と習慣が違う。いずれ中国人だとバレる・・・」
「今も、隊員が日本に潜入してるのか?」
「在日中国人の子孫がスパイしてる。料理人、大学教授、遊興施設経営者、古物商などだ」
「名前がわかるか?」
「わかる。知りたいか?」
「教えてくれ」
「料理人は・・・」
鮫島は次々に聞き覚えある人物の名をあげた。いずれも、名の知れた料理人や評論家、経営者たちだ。
「ほんとうか?皆TVで見る顔だぞ」
前田はそう言いながら、小関久夫CDB局長に鮫島の供述内容を確認した。
鮫島が答える。
「ほんとうだ。名の売れた料理人の息子がスパイをしているとは誰も考えない。そこが盲点だ。他のスパイも同様だ」
小関久夫CDB局長から返信が入った。潜入スパイ捜査はCDBや警察庁警察機構局特捜部の管轄ではない。防衛省防衛局対潜入工作員捜査部の管轄だ。
「鮫島があげた名は全て工作員捜査部(防衛省防衛局対潜入工作員捜査部)の監視対象です」と小関久夫CDB局長
「では、事実を話しているのか?」と吉永。
「そうですが、中国の工作員は自分の安全を得るために仲間を売ります。信用できません」
小関久夫CDB局長はそう断言した。
「では、どうする?」
吉永はテーブルの椅子にいる鮫島を示した。
その瞬間、自白剤が効いてグッタリしていた鮫島が、身体を緊張させて動いた。
「あっ!」
全員がそう叫んだ。
鮫島は身体に力を入れて立ちあがり、身体を硬直させて口から泡を吹いて、そのまま倒れた。
「こいつ、全く自白剤の耐性がないぞ!」と山本。
「そうらしいな・・・」
中国の工作員が薬物耐性が有るはずだ。どういうことだ・・・。
吉永は鮫島を椅子に座らせて首筋に左手小指を触れ、自白剤の中和剤を圧入した。
一分ほどで鮫島の硬直が解けた、回復している。
小関久夫CDB局長が通信機のディスプレイで言う。局長との通信は繋がったままだ。
「吉永君。あと、三十分ほどで工作員捜査部が鮫島を収容に行きます。
鮫島を引き渡してください」
工作員捜査部は防衛省防衛局対潜入工作員捜査部のことだ。
吉永が答える。
「小関局長が工作員捜査部へ連絡したのか?」
「そうです。尋問は彼らに任せましょう」
「中国の戦略を知りたい。増強していた東海海軍は壊滅した。海洋進出だけではないように思う。他に何か考えているはずだ」
「国内の工作員が判明しました。それだけでも価値はありますよ」
小関久夫CDB局長はよけいな事に手を出したくないらしい。
その時、意識がはっきりしてきた鮫島が呟いた。
「中国が考えてるのは、神の杖だ。ヤツラは海洋進出するために、宇宙進出を考えてる」
「なんだって!」
吉永をはじめ班員たちが驚きの声を発した。
「吉永君。中国が君たちのことを「サイボーグ特務コマンド・CSC」と呼んでいる理由と「神の杖」に的をしぼって尋問してください」
小関久夫CDB局長は、鮫島の供述を防衛省防衛局対潜入工作員捜査部へ転送している。防衛省極秘武器開発局、通称サイボーグ開発局・CDBの業務が中国に漏れていたのは意外だった。
吉永は鮫島に訊く。
「サイボーグ特務コマンド・CSCの情報をどうやって手に入れた?」
「口の軽い者たちから聞いた」
「スパイが潜入してるのか?」
「盗聴だ。内部通信は傍受できないが、個人の通信は傍受できる。
盗聴されているとも知らずに、外部で同僚と機密内容を話す者がいる。彼らは中国のスパイに目をつけられている。貴重な情報源だ」
「内部に潜入したスパイは居ないのか?」
「潜入は無理だ。家系から遺伝子情報、そして日々、遺伝子情報と意識記憶情報が確認されている。潜入は不可能だ」
「神の杖の計画を話せ」と吉永。
「静止軌道上にコントロール宇宙ステーションと、発射衛星を打ちあげ、地上からコントロールして、環太平洋環インド洋連合国・PRIORUNの拠点を「杖」で攻撃する。
「杖」は細い電柱ほどのチタン合金百トンだ。マッハ十の超音速で落下する「杖」を迎撃できる兵器は存在しない。
半径十キロメートル以上と地下数百メートルほどが壊滅する。核攻撃のような放射線は残らない」
鮫島の説明に吉永たちは驚きを隠せない。
「計画はどこまで進んでる?」
「計画は実行段階へ移りつつあったが停止した。
東海海軍が太平洋に侵出すると見せかけて、環太平洋環インド洋連合国・PRIORUNの注意を東海艦隊に引きつけ、そのあいだに神の杖で連合国の主要都市を破壊して、東海海軍が太平洋を支配する予定だった。
しかし、東海海軍が壊滅した今、中国は全面的にミサイルの欠点を認め、ミサイルの再開発と再配備に全力を注いでいる。
人民軍を叩くなら今だ。ミサイルはまだ回収されていない。情報収集衛星からピンポイントで中国のミサイルをレーザーパルス攻撃すれば、東海海軍が壊滅したように、ミサイルは他のミサイルを誘爆する・・・」
「中国はスパイ衛星を何機持っている?」
「数え切れない。国籍信号を出していない情報収集衛星は全て中国のスパイ衛星だ。
電磁パルス砲を装備してステルス機能がある。迅速にスパイ衛星を破壊せねばならない」
話ができすぎてる・・・。鮫島は中国から逃れたと騙る工作員ではないのか・・・。
「お前は、なぜ、そんなに詳しい?」
「私のように北朝に拉致されて特機甲に売られた日本人は二十人くらいいた。
全員が特機甲から逃れようとしたが大半が殺された。生きているのは私も含めて三人だ。
私たちは中国を壊滅するために、可能な限り中国の情報を記憶した。
私の得た情報で、中国を壊滅してくれ。
神の杖が先延ばしになった今、中国は新たな戦略、ウィルス兵器で連合国を壊滅するはずだ」
「どんなウィルスだ?」
「単なる風邪のウィルスだが、感染するたびに変異して感染力が高まり、人体細胞を破壊する。人が感染したら確実に死ぬ。変異が早いため、ワクチンなど対応できない」
「自国民も感染するだろう?」
「漢人の遺伝子を持つ細胞には感染しないように設計されたウィルスだ。
私たちのような拉致された者は、いずれこのようなウィルスで殺戮されるはずだった。
私を防衛省防衛局対潜入工作員捜査部に連行するなりして、これまでの説明に早期対応して欲しい・・・。そして、私の両親に会わせて欲しい」
鮫島はそう言った。
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