八 休暇
警察庁警察機構局特捜部を通じて、小関久夫CDB局長から吉永たちに一週間の休暇が与えられた。
二〇三二年、十月十一日、月曜、一九〇〇時過ぎ。
「休暇になるといつもここに来る・・・。ここなら、よけいな干渉を受けずにすむ」
吉永は、奥多摩の山荘の別棟にあるBBQ用の炉を囲む木製ソファーで、今回の任務を敢行した部下たちとビールを酌み交した。
「今後、中国はどう動くと思う?」
特捜班班長・前田銀次特捜部捜査官(警部)が吉永と二人の捜査官に聞いた。
二人の捜査官は特捜班員・倉科肇特捜部捜査官(警部補)と、特捜班員・山本浩一特捜部捜査官(警部補)だ。二人は、麻薬密輸人、松木実の爆弾攻撃で吉永が四肢と顔を失った時、巻き添えで顔の一部を損傷した。
「今回の件で中国の海軍増強が遅れるが、増強の歯止めにはならない。十四億も人がいるんだ。資源も豊富だ。海軍基地の一つくらい吹っ飛んでも、屁でもないだろうさ」
倉科肇特捜部捜査官はそう言って炭火の網の上の肉をひっくり返した。
「今後も軍の増強が続くとのか?」
そう言って山本浩一特捜部捜査官が焼けた肉を四つの皿に取っている。
「増強するのは海軍だけではない。海軍を増強すれば、海軍航空部も増強する。
現況下では、中国は洋上侵出を強行したくてもできなくなった。
今後の増強先は海軍航空部と空軍だろう・・・」
そう言って吉永は、山本が渡した肉の皿を受けとった。
「静かに・・・」
その時、班長の前田が話を中断させた。
「誰か居る・・・・」
BBQの炉で蒔がはぜる音が響いた。
山荘の南側に駐車場があり、そこから私道が幹線道路へ続いている。
吉永たちがBBQしている別棟は山荘の西側にあり、大きな東屋のような作りだ。窓があり、非常の際は寝泊まりできるように一通り設備が整っているが、吉永は使ったことがない。前田が注意をむけているのは、幹線道路へ出る私道の西橫の雑木林だ。
班員たちが腰の銃に手をかけた。
吉永は林を見た。サイボーグ化された左目は暗視モードに変化して林を拡大した。左の耳は人の可聴域を越えて、低周波から超音波までを聞きとりはじめた。
吉永は手話で、
「林の灌木の間に誰か居る。身を伏せて、こっちの動きを見ている。
皆はここに居ろ」
と指示し、東屋のトイレへ行くふりをして東屋の西へ出た。そこから跳躍して東屋の南の林にあるブナの大木の太い枝の上に立った。
誰かが潜んでいる灌木はこの大木の十メートルほど先だ。吉永はサイボーグ化された目と耳で数十メートル四方まで確認するが、他に誰か居る気配はない。
吉永はブナの大木の枝から、誰かが潜んでいる灌木の中に飛び降りた。吉永は足が地面に触れると同時に、灌木に潜んでいる者を一瞬に殴り倒し、首に左手の小指を触れて、麻酔薬を圧入した。
吉永が殴り倒したのは迷彩武装した女だった。女を肩に担ぐと、吉永は私道へ出て、東屋へ歩いた。
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