夏祭り、僕は君が好きだから―

 夏祭りがやってくる。正確には秋と夏の間の祭りと捉えていいだろう。

 夏の暑さも段々と落ち着いてきた9月の半ばに、ここの地区のお祭りはやってくる。

 そして僕は、好きな人とのデート地に夏祭りを選んだのだ。

「お待たせ、遅れてごめん」

 僕が神社の階段に座っていると、頭上から聞き慣れた声が降ってきた。

「別に構わないけど…うん、浴衣、似合ってるよ」

 海琴が着てきたのは、水色を基調とする綺麗な浴衣だ。

「さて、屋台を見に行こうよ。私、お腹空いてるからさ」

 海琴は僕の手を握って、神社の階段を駆け上がって行った。

   

 神社の前にはたくさんの屋台と人で賑わっていた。

「おぉ…案外人いるなぁ」

 ここも案外田舎だから人も少ないだろうと思っていたが、大勢の人が集まっていて驚きだ。

「そうだね。去年より人が多い気がする」

 そうか。僕もこの地区の出身だし、一度はこの祭りに参加したことぐらいあるだろう。記憶喪失め、恨んでやる、

「そう言えば、去年は友達と来てたんですか?」

 ふいにそんな言葉が口から飛び出した。

「あ!別に言いたくないとかなら別に、全然、言わなくても大丈夫で!」

「そんなに慌てなくてもいいよ…ただね、私は去年、ある男子と来てたんだ」

 一番いやな答えだった気がする。なんだい、今のところこの話に僕にとっての男子の敵はいないんだから。

「その…海琴はその人のことが好きで?」

「そんなことは無かったその時はね」

 海琴はりんご飴を買ってきて、舐め始めた。

「その時は?じゃぁ今は―」

「もぅ!」

 海琴は頬を膨らませて、僕の口にりんご飴を強引に突っ込んだ。

「質問ばっかでよくないよ。祭りを楽しまなくちゃ」

 海琴に言われて我を思い出した。今日は思いっきりお祭りを楽しむのが趣旨だった。

「ごめんごめん。つい気になったものだから」

 好奇心って時に怖くなるよね。

 僕は海琴と屋台を歩いて回り、最奥の神社にたどり着いた。

「ここに着くまでにどれだけ食べてるんですか⁉」

 お好み焼き、りんご飴、焼きそば、煎餅的なのに絵を描くやつ、エトセトラエトセトラ。

「別にいいじゃん。お腹空いてたんだもの」

「はぁ。別に美味しければいいんですけどね」

 祭りに来ている間はずっと海琴が笑顔だった。いつもはあんなに凛々しい顔をしているのに。

「そうだ、残る二つの脅威の一つって、今日なんですよね?」

 海琴が告白の返事を出せない理由となる『脅威』の存在。

 一つは、監禁魔であり横領魔の汐浦白凪。彼女は退学になり、今はどこで何をしているのやら。

 残る『脅威』は二つで、その一つはこの祭りの中で出現すると言っていたが―。 

「そう。私にとっても脅威、君にとっても脅威」

 え?海琴の脅威になりうる存在ってあるの?天災か災厄かのどちらかですか?

「そんな…海琴の脅威になりうるなんて…隙のないあなたにそんな相手が―」

 お賽銭箱の前を後にしようとしたとき、ふと海琴の方を見た。

 海琴の目には、何故か悲しみが映っていた。

「どうか…したんですか?気分が悪ければ帰ります?人も多かったですし、疲れて―」

 僕がそう言っていた時だった。

 海琴が僕を突き飛ばした。

「え⁉なに!」

 僕は盛大に雑木林に突き飛ばされて、パンという謎の発砲音が聞こえた気がした。

 その音は祭りの人の声にかき消されて誰の耳にも届かない。

 僕は突き飛ばした海琴の下へ向かったが―。

「海琴‥‥大丈夫⁉…じゃないのは鈍感な僕でも分かる」

 海琴は肩を押さえて木に持たれかかっていた。

「撃たれたみたい…狙撃だね」

 海琴のアクアマリンの浴衣の右肩の部分が真っ赤に染められている。

「でも…どこから!」

 この辺りに高い場所はないはずだ。狙撃は高い場所から撃たなければ成功しない。

「私をおんぶしてくれない?歩けない」

「はい…あぁ、うん」

 歩けるでしょうが、撃たれたの肩なんだから。

 と、思いつつも僕は海琴を背負った。

「海琴は体重バレとか気にしたりしないんですか?」

 普通の女子ならおんぶは体重がどうたらこうたらで拒否したりするのを見たことがあるが。

「体重?別に気にしたことないかな」

 まぁ、それだけ体系が良ければ体重なんて気にしないでしょうね。知ってたわ。

「それはいいとして、海琴は撃った人に心当たりは…って、『脅威』しかいないんですけどね」

 狙撃魔は恐らく『脅威』の中に一人の人物だ。まさか狙撃で対抗してくるとは。

「私が当たったのは弾丸とかじゃないの…ビー玉」

 ビー玉がはまる銃があってたまるか。ビー玉銃なんぞ聞いた事がない。

「というか、あなたほどの超能力者なら、その狙撃を回避できたのでは?」

 これまでの海琴の予言からして、今回のこれも想定内だったはずだ。

「無理だよ…知ってた、狙撃があることはね、でも―」

 海琴は何故か、僕の耳元で密かに伝えた。

「私はさ、『脅威』をおびき寄せるために、わざと当たったの」

 恐らく撃たれたのではなく、おもちゃの銃による発砲音とパチンコだろう。

 パチンコは『脅威』によって改造されたものだ。

「じゃぁ、僕はこのままおんぶしてればいいんですか?」

「ん。疲れたら降ろしてくれてもいいけど」

「あ、海琴は軽いから疲れることは無いと思う」

 この程度の重さなら例え廊下を走っても疲れないだろう。

 持久力に自信はないし、いつどんなことがあるかは未知数だが。

「このまま浜辺に向かってくれる?紅橋の奥にある」

 海琴に言われた通り、神社の階段を降りて大通りから浜辺に向かう。

 確か、浜辺は9時ごろから花火が上がる予定だ。

「今更だけど、君は鈍感だから気がついてないかな」

「はい?」

「いや、私がおんぶされたかっただけでもあるってこと」

 運よくそこに小石があって躓きそうになる。

 いきなりは良くないよ、心臓がドキュンと跳ねちゃう。

「それと―。私の胸の感触はいかがかな?」

「考えないようにしてたんですよ⁉引っ張り出さないでくださいよ!最高ですよ!」

 成り行きで口が滑ってしまったが、煩悩を押し殺すことには慣れてきた。

「そろそろ着きますよ。まだ8時何で花火には時間がありますけど」

 僕は浜辺について、海琴を降ろした。

 浜辺には既に、花火大会の場所取りをしようとしている人が数名いた。

「さてと、人も少ないし、話をしようか」

 海琴がいきなりそう言うので、僕かと思ったが違った。

 『脅威』はずっと、あとをつけていたのだ。

 僕もその『脅威』の真の姿を見て驚いた。

「夏目紫央…どうして⁉」

 僕の目が贋作でなければ、『脅威』の名前は狙撃魔の名前は夏目紫央ということになる。

「何のことかな?私はたまたまここにいて―。浴衣だって来てるし」

 紫央は紫色の花をモチーフにした浴衣を見せてくる。

「浴衣が全てじゃないよね、私見てたよ、あなたがラムネを飲んでるところ」

「ラムネ?確かに飲んだけどそれと私がここにいるのと何の関わりが…」

 海琴はずっと手で押さえていた右肩を露にさせる。

 物凄い勢いで発射されたビー玉が当たり、血塗れになっている。

「このビー玉、あなたが飲んだ時のよ?」

 紫央の中で、完璧な油断が揺らぎ始める。

「いや、それは関係ないでしょ!私はただ、ここにいて!」

「嘘つき」

 必死の弁明を繰り広げようとした紫央に海琴は可愛い声でそう言ってみせた。

「あなたの執念には感服するよ…11年間、ずっと片思いだったなんてね」

 その言葉に、紫央の瞳孔が見る見るうちに小さくなっていく。これは―。

「小学生のころから高校まで、その執念深さはすごいと思う。でもね、君はヘタレだったみたい」

 海琴の言葉に、紫央はどうやら敗北を決したらしい。

「貴方に何が分かるの?ずっと追ってきた私を嘲笑かのように!」

 紫央はいきなり海琴に掴みかかった。

 僕は2人の間に入り、殴り合いを未然に防いだ。

「おい!僕にも分かるように説明してくれ。話についていけないんだけど」

 紫央はため息をついて、海琴はいつも通りの凛々しい目で僕を見た。

「君は記憶喪失で忘れてるんだろうけど、この子、ずっと君のこと好きだったらしいよ。小学生の頃から」

 衝撃の告白に僕も動揺を隠せないが―。

「違う!私はずっと!幼稚園の頃から!」

 訂正するんじゃないんかい。期間が増えるんかい。

 紫央はいつもとは違う人物のように声を荒げる。

「私は今年こそ告白しようって思ってたのに…貴女が現れたせいで!」

 なんかつい先日の監禁魔及び横領魔と似たようなこと言ってますね。

「それに‥唯希君だってあの喧嘩に巻き込まれてさえいなければ…」

 聖夜との喧嘩になっていたという記憶喪失の根源か。

「悪い。記憶喪失については何も弁明できないけど、僕は…海琴が好きなんだ…」

 それだけは何が何でも揺るがなかった。

「どうせ振られる!…でも、そんな日も来ないと思う」

 紫央が取り出したのはボウガンのような見た目をした武器だ。

 その武器にビー玉を装填する。

「今、私がトリガーを引けば海琴の心臓は貫通する」

 確かに、紫央と海琴は1mほどしか離れていない。そこから撃たれれば紛れもなくお陀仏だ。

「唯希君、私に愛してるって言ってくれればそれでいいの。彼女は助けてあげる」

 紫央はどこかの誰かさんと似たような殺意の滲んだ目で僕を見る。

「分かったよ…」

 僕は深呼吸をする。そして、高らかと言ってやるのだ。

 全ての想いを、期待を、ここに詰め込んで。

「僕は海琴が大好きだ!」

 花火大会の一発目の花火が暗黒の空に、盛大な華を咲かせた。

 僕は紫央が花火にくぎ付けになっている隙に、海琴の手を掴んで紫央の射程範囲から逃れる。

「メンヘラってこれだから嫌いなんだよ…」

 メンヘラの取説が欲しいです。あんな怖い武器持った人と二度と戦いたくはない。

 少し逃げても、紫央が追ってくることは無かった。

 僕と海琴は浜辺に座って、花火を見上げた。

「綺麗だね。花火。去年よりもずっと綺麗に見える」

「花火職人の腕が上がったとか?」

「そうかな?」

 僕たち二人はそんなどうでもいい会話で笑っていた。その一時が幸せだった。

「そうだ、去年、一緒に来た男子って誰なんです?」

 海琴はクスっと笑って僕の方を見た。

「君だよ。去年、私と一緒に花火を見に来たの」

「え?」

 何故だろう。記憶喪失で、その記憶はないはずなのに、何故か鮮やかに残っている。

「頭が…痛い」

 記憶と言う名のパズルのピースが、一つ当てはまった。

 蘇る。


 ―それは、去年の追憶の夏の記憶。


 僕は高校に入って初めての夏を生徒会の副会長と過ごしていたのだ。

 僕と海琴は屋台を歩いて回って、最後に神社のお賽銭箱前までたどり着く。

「まったく、そんなに食べて大丈夫なんですか?」

「いいんだよ。お腹空いてたから」

 彼女の手には、まだたくさんのお菓子が抱きかかえられている。。

 僕は花火を見に行こうと浜辺に一緒に行くことにした。

 その途中の出来事だ、海琴が変なチンピラに絡まれたのは。

「おい、お姉ちゃん。俺らと一緒に飲みにいかねぇか?」

 年齢は僕らと同じくらいか。地元のヤンキー高校の奴らかもしれない。

 僕は咄嗟に彼女の腕を掴んで、その場からトンズラした。

 とにかく必死に走った。運動会よりも、シャトルランの後半戦よりも。

 浜辺に着くころには、もう花火が始まっていた。

「あぁ、遅れちゃったか‥」

 花火を最初から見ることが出来なくて僕は悔しかったが、海琴は何故か笑っていた。

「やっぱり、君は私の英雄だ」

 英雄になった覚えはないが、ヤンキーから救ったのは間違いない事実だ。

「あぁ、僕こそが―」

 最後の大きな花火が暗黒の大空に音を立てて舞い上がる。

「君の英雄だ!」

 赤青緑と色を変える花火の下で、僕は彼女にそう宣言してみせた。


 頭痛が直ってくる、まさかこんな形で過去を思い出すことになるなんて。

「思い出した?去年の夏のこと」

「うん。しっかり思い出したよ」

 記憶とは儚くてとても大事なものだった。たった一秒でも大切な宝物になる。

「私の中では、ずっと君が英雄だよ…」

「そうなんですか。なんで英雄なのかが知りたいんですけどね」

 その言葉に、海琴は笑って誤魔化した。

「お前達は…」

 背後から聞き覚えのある声がして振り返ると―。

「風紀委員長⁉」

 なんでこんなところで傲岸不遜の貴女と会うことに⁉

「そろそろ、尋葉ひろはと名前で呼んでくれないか?」

 風紀委員長はそう言って、僕の前に手を差し出した。

「改めて、私は楠宮尋葉くすみやひろは。神月高等学園の風紀委員会委員長だ」

 威厳たっぷりの挨拶をして、僕は「よろしく尋葉先輩」と返した。

「ちょっとぉ、私も忘れないでください!」

 白い浴衣の尋葉の後ろから、小柄な少女がひょっこりと現れる。

「風紀委員会副委員長の、東雲春乃しののめはるのだよぉ。尋葉先輩の崇高なる彼女ですよぅ」

「勝手に肩書きを騙るな!」

 春乃と尋葉。新しい顔ぶれという訳ではないが、新鮮味があった。

「これまでは悪かったな。ついお前がふざけていると勘違いしてて」

 尋葉の誤解もどうやら解けたようだ。

「それとだ、お前たちに一足早く林間学校の班員を教えておこう」

 尋葉はそう言って小さな紙を僕達に見せた。

 僕の名前は4班に書きこまれている。


 4班班長:西紀海琴

4班副班長:東雲春乃

  班員:如月裕翔

  班員:五島唯希


 4班のメンバーはどうやらこの4人らしい。

 如月と言う名を初めて聞いたが、その謎もすぐに解決となった。

「お、美女が三人も揃っとる。それと、生徒会長を口説いたワルモノだ」

「おい聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ⁉」

 その場にいる4人の中に割って入った男。この男には見覚えがあった。

 先日の生徒会横領事件の際に、僕に海琴が白状したことを知らせに来た男だ。

「おいおい、おいらの名前も知らなかったのかあんさんは」

 如月裕翔きさらぎゆうとはそう言ってニカっと笑った。

「美女さん方と五島、今は花火を楽しもうと行こうじゃないか」

「言われなくても分かってるよぅ」

 五人は花火大会が終わるまで、ずっと空を眺めていた。






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