犯人は生徒会の中に?

 夏休みは学校が休みになることを指すのだが、学校は自由解放だ。

 先生に聞きたい問題があれば学校に来るのだが―。 

 ほとんどの思春期の生徒は、親といる夏休みが嫌だという理由で学校に来る。

 つまり、ほとんど平日の学校と変わりないのだ。

 そんな中、学校中を震撼させるような学園新聞が張り出された。

 一面の大見出しに書かれているのは生徒会の話題だ。

『疑惑の生徒会!横領疑惑とその真相!犯人は生徒会の中に⁉』

 デマでないことは知っている。

 会長である海琴自身が認めたのだから。

 取材班が来るように、生徒会室の前には多くの生徒が押し寄せていた。

「コミケかよ…」

 僕は人混みの間を通り抜け、もう一つのドアから生徒会室に侵入した。鍵ぐらいかけとけよ。

 海琴自身に話を聞くと、人が押し寄せている理由が段々と分かってきた。


 生徒会の予算横領が話題になり、生徒たちの噂で生徒会内部に犯人がいることになり、そのうち話が伝わるうちに、犯人は生徒会長だということになったらしい。

 冤罪だろおい。

 僕は教室に戻って、ノートに生徒会メンバーの名前を書きだしてみた。


  生徒会長:西紀海琴

   副会長:赤澤礼一

    書記:岡崎美香

  会計監査:風岡美紀

    庶務:月星漣

     〃:是枝麻奈美

   執行部:朝川大樹

 委員会本部:叶亜里

 臨時会議部:北岡康


 全9名によって構成される神月高等学園生徒会執行部。

「この中に犯人が…生徒会って真面目ぞろいだからなぁ…」

 思い当たる節ってのがない。

「真面目さで犯人を疑うのも悪いけど」

 誰もいない教室に僕の声だけが響いていた。

「五島君、勉強?」

 背後から声がしてとても驚いた。しかもそれは、例の夏目紫央だ。

「いや、違うよ。生徒会横領事件の捜査?みたいな」

「ふぅん…私も気になってたよそれ」

 取り合えず、風紀委員長が持っていた書面のコピーを見てみる。

 そして、事件の整理をしていこう。

 まず、事件発覚は風紀委員会によって行われた今月度の会計調査時だ。

 最初の被疑者になるのは会計監査、つまり会計を提出した岡崎になる。

 岡崎は会計予算をまとめて風紀委員会に提出するのが役職だ。改ざんしたなら提出時にバレているだろう。

 全てパソコンのコンピュータによって計算されるので、岡崎が提出した時点では改ざんは無かったということ。

 これで岡崎は犯人リストから除外される。

 しかし、次に誰を手に付けていいのか分からなくなった。

 ほとんどの生徒会役員は、この会計調査に関わっていないのだ。

「おいおい手詰まりかよ…」

 このままじゃ海琴が犯人に仕立て上げられてしまう。

「五島君、手が止まってるけど?」

「いや…手詰まりだ」

 生徒会メンバー1人ずつに事情聴取している時間などない。

「そういえば、五島君は夏休みにどっか行くとか、予定入ってるの?」

「あぁ…」

 カレンダーを見て、答えようとするが―。

(そういえば、白凪の出停期間が一昨日で終わってたな)

 僕を監禁したことによって出席停止になっていた汐浦白凪の出停期間が一昨日付で切れている。

 白凪は停学になったが、人数上の問題で風紀委員会に残留しているらしい。まぁ、今は関係ないけど。

「おい!詳細調査だってよ!」

 クラスメートの男子が騒ぎ立て、教室にいた数人の生徒にざわめきが走る。

「五島君、時間ないみたいだよ」

 とりあえず、僕は詳細を彼に聞いた。

「どうしたんだ」

「生徒会の事件、風紀委員会が今から詳細調査で生徒会の面子を招集したらしい」

 まずい。このまま行けば海琴は素直に『やりました』と答えるだろう。

 僕はカレンダーを見て、時系列を組み立て直した。

 まず、岡崎が提出したのが金曜日の午後。調査は土曜日の午前中に行われる。

 そして日曜日に風紀委員長が海琴の家に来た。

「ってことは、改ざんが出来るのは土曜の午後だけか」

 日曜日の最終審査で改ざんが発覚したのだろう。

「認めたってよ」

 廊下を走ってきた男子生徒の声が、静寂の教室に響いた。

「それは…つまり、海琴が認めたってことか?」

「あぁ、『改ざんしたのは私です』ってな」

 僕は教室を飛び出し、廊下を駆けた。

 向かうは生徒会室…ではなく、風紀委員会室。

 会議の最中にバンッと音を立ててドアを開け放った。

 中には風紀委員長、他の風紀委員、生徒会メンバーそして―。

「五島!」

 その怒声の主は賀川だ。教師代表としてきてたらしい。なんでだよ。

「いいんだ、賀川教員。五島唯希、席につけ」

 意味深に一つだけ空いていた席に僕は座った。

「お前に発言権を許すが、決定権は私にある。騒げば即退学だと思え」

 風紀委員長はいつもよりもきつくそう言った。

 まぁこういうのには慣れた。なにせ、記憶喪失状態で会った人の2番目がこの人だもん。

「いつ、改ざんした?」

 風紀委員長は海琴に問いかけ、海琴は全てを見透かしたいつもの目で答えた。

「先週の土曜の午後。風紀委員会の会計調査が終わったころ」

 なぜ海琴がそこまではっきり言えるんだ。やはり犯人なのか。

「予算の4万5000円の行方は?」

 風紀委員長は間を開けることなく質問していく。

「多分…いえ、お財布です」

 ―何だこの違和感。

 なにか、この学校にいる誰かの心を読んでいるような感覚。

 それもこの人と暮らして経た感覚だ。

 それもこの部屋にいる。

 海琴か、賀川か、風紀委員会メンバーか。

「今は持っていないか…次、なぜこのようなことをした」

 犯行動機。それもこの部屋の中にいる誰かの心を―。

「―私には言い難きことですね…」

「私には?どういうことだ!」

 隣に座っていた海琴から小さな紙切れが渡された。

 今気が付いた。賀川が寝てる。海琴は時間稼ぎをしていたのだ。賀川の注意が消えるタイミングを。

 その小さな紙切れには上手な字で事件の全貌が書かれていた。

 それも、この紙はここ数分で書いたものじゃない。あらかじめ持っていたのだ。

 嘘をついて捕まった理由も、全てが計画通りだった。

 日曜日、風紀委員長が来た時の笑みの正体は全てが分かったことの証だったのか。

 僕はゆっくりと挙手した。

「どうした、五島」

「分かったんです。この事件の犯人が」

 あえて力強く。演説のように言ってみた。

「今来たばかりのお前に?そして、記憶喪失のお前に?」

 風紀委員長の堪忍袋が切れる前に付け足しておこう。

「僕は独自に調査していました。それはこのノートにまとめてあります」

 さっきまで書いていたノートを出して、風紀委員長に渡した。

「信じるかはさておき、発言を認めよう」

 風紀委員長の許しを得て、話始める。

「ます、犯行が行われたのは土曜日の午後。風紀委員会の一次調査終了後です」

 それは僕の独自調査でも出た答えだった。ここからは海琴のカンニングペーパーに頼る。

「紙は鍵のかかった風紀委員会室に保管されるため、改ざんできるのは風紀委員会内だということが分かる」

 風紀委員会から小さなざわめきが起こった。

 そして、岡崎の瞳孔が縮んだ。彼女に発言権はないが、事件の真相にいち早く気が付いたのだろう。

「そろそろ崩れてきたんじゃないか?お前の地盤」

 風紀委員会の9人が座る席を見てそう言った。

「犯行動機は、海琴を貶めるため。冤罪を引き起こすことだ!」

 海琴はただ頷いてるだけだった。

 賀川はいびきを立てて寝ているだけだった。

 風紀委員長は静かに僕の方を見ているだけだった。

「冤罪になれば退学処分が下る。それが犯人の真の目的。生徒会長をこの学校から追い出す」

 さぁ、犯行動機までバレバレなら答えを出すだけだ。

「この会議までは作戦通りだったが、海琴のスキルと僕の存在によってその作戦は砕け散った」

「つまり犯人は誰だ!」

 風紀委員長の堪忍が限界に近いようなので、さっそく発表といこう。

「汐浦白凪。犯人はお前だ!」

 僕の人差し指が白凪を捉えた。

「私が犯人?いくらなんでもありえない。証拠、あるんですか?」

 そう。残念ながらその返事も海琴にはお見通しだった。

「あるよ。な?岡崎さん」

 一同の目が一斉に、僕から岡崎さんの元へ移る。

「岡崎美香の発言権を認める」

 風紀委員長により、岡崎は立ち上がって話始めた。

「あの資料は一度、白凪さんの元へ渡っています‥というか、言われたんです」

 事件の全貌が全て明るみに出た。


 金曜日の午後、岡崎美香は会計監査の書類をまとめて、提出しようと風紀委員会室に向かっていた。

 岡崎が風紀委員会室に向かうと、そこには汐浦白凪が待ち構えていた。

「それ、会計監査用の書類ですよね?私が渡しておきます」

 こうして、書類は白凪の元へ渡った。

 そして、白凪は停学のペナルティとして全委員会の予算をまとめる集計係を任された。

 そしてこの計画を思いついた。


「それが真実だ」

 白凪の目があの日と同じ、殺意に変わった。

「本当なのか、汐浦白凪」

 風紀委員長が立ち上がり、一同の視線が白凪に移る。

「チッ…私はあなたが理解できない!」

 彼女の怒声は爆睡していた賀川すらも起こした。

「あんな未来ばかり見る女のどこがいいの?告白も後回しにして、あなたに面倒ごとを押し付けて、ショッピングモールの時もそうだったでしょ!」

 こいつ、ストーカーだったのかよ。今日からストーカーの容疑も追加されたな。

 海琴なら当然気が付いていただろう。

「私は今、現在、あなたを愛していると言っている!何故それを優先させない⁉私の方がもっと優秀で可愛いだろ!」

 おいこいつ、先日の眞田と同じようなこと言ってっぞ。

「なら、あなたは私を見るべきだ。あなたを振り向かせるためには邪魔なものを排除する必要がある!だから私はあの女を貶めた!それで私とあなたは幸せになれるでしょ!」

 みんなが呆れ始めた。風紀委員長の視線が白凪に向いて、恐ろしい形相で睨んでいる。

 当の本人は気が付く様子もないが。

「あの女さえいなければ、私はあなたを手に入れられた!それでも、それでもあなたは私の愛を受け取らないというの?」

 こいつ。厄介だ。知ってたけど。既知の事実だけど。

「残念だったな。僕は監禁魔及び横領魔より、未来を喋って騒がしい毎日を送らせてくれる人の方が好きなんだよ」

 その言葉に、白凪の殺意は増大した。

「それとだ、お前は今、横領を白状したぞ。動機もな」

「―ッ!」

 彼女は自分で自分の首をしめたのだ。愛を騙るばかりに。

「全員が聞いてたぞ。お前の目論見は砕かれた。二回目の『詰み』だ。それとも、今回は『罪』かな?」

 風紀委員長に殴られた。上手いこと言ったつもりなのに。

 白凪はその場で四つん這いになって崩れた。

「あなたは…毎回毎回…」

 四つん這いの横領魔の前に、仁王立ちの風紀委員長が立ち憚る。

「お前を取り調べの後、退学処分とする。故に、西紀海琴を冤罪とし、風紀委員長の名において謝罪する」

 こうして海琴の無実が証明されたのだ。

 白凪は相手を貶めようとして、自分の首をしめた。

 白凪の目から零れ落ちる涙は、虚無そのものだった。

「お前のことは、一生かかっても好きにはなれない」

 風紀委員に追放される白凪の背を見て言った。

「私は、あなたが理解できない…あなたのせいで私は退学に―」

「それは違うぞ、汐浦白凪。お前は自らの手で自らを貶した。それを人に擦り付けようとするな」

 風紀委員長はそう言って「さっさと歩け」と言って、白凪とともに消えて行った。

 もう、白凪が復活することは無いだろう。

 

 生徒会室には、いつもの平穏な時が流れていた。

「ありがと…おいで」

 言われた通り、海琴に近づくと―。

 ハグされた。人生初のハグだろう。記憶喪失なので詳しいことは知らんが。

「海琴?一体‥どういう?」

 混乱、混乱、混乱、エトセトラ、エトセトラ…

「お礼の気持ち。あなたが来なかったら元も子もなかったからね」

「来ることだってあなたには予想出来たはずだ」

 海琴は僕の耳元で小さく言った。

「君が夏目さんのことを好きになってしまっていたら、こうはならなかったでしょう。だから、気を付けてって言ったんだ」

 鳥肌が立った。この人は何日も前からこうなることを知っていた。さすが予言者。 もう超能力の域に達しているかもしれない。

「海琴‥離してくれないと…恥ずかしいんだけど」

「誰も見てないんだし。あと1分だけ」

 海琴からはいい匂いがした。それは僕の全てを包み込むものでもあった。

「よし」

 と言って、海琴は僕を放した。

「そういえば」

 僕はついさっき配られていた、号外の学園新聞を海琴に見せた。

「見出し、変わってましたよ」

 号外の大見出しには―。

『横領事件の犯人は風紀委員会!学園創設以来初の退学処分!』

 犯人の名前は出さないのに、連行される白凪はしっかりと映されていた。

「嘘だね」

「はい?」

 新聞に嘘とは些かなものだ。

「創設以来初じゃないよ。3年前に1回。9年前に1回。計2回起こってる」

「なんでそんなこと知ってるんですか?」

「校舎がそう言ってたから」

 もうだめだこの人。物と会話してるよ。人間卒業してた。

「ま、帰ろっか。今日の夕飯はなんにしようか」

 海琴は何事もなかったかのように、生徒会室から出て行く。

「早く来ないと置いてっちゃうぞ」

「今行きますよ」

 僕は謎の違和感を生徒会室に置いて、生徒会室を出た。


 夕日が2人の背を赤く染める。

「よかったよ。君のお陰で告白の了承に少し近づいた」

「はい?それはどういうことですか?」

 彼女はまた怪しげに笑う。

「君は一つ。私の告白了承に置いて邪魔なものを追い出した」

 汐浦白凪と海琴の返事に何の関わりがあるのだろうか。

「脅威はあと2つ。それも、一つ目はすぐにやってくる。夏祭りにね」

 そうか、夏祭りまであと少し。夏休みにも僕に災難が襲ってくるのか。忙しいな僕。

「もう一つは夏休み後の林間学校」

 そんな先の行事まで分かるかって。

「それが終われば私は君に返事をすることが出来る。頼んだよ」

「よく分かりませんが、頼まれました」

 2人は笑いながら帰路についた。


 そんな2人の影を追うもう一つの影があった。

「ふぅん…そういうことかぁ」

 それは唯希に迫りくる、2つ目の脅威の根源だ。

「バッカみたい」

 その女子生徒はそう言って消え去った。

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