発端

 ―忠告から一日。今日は慎重に生活しようと決めていた。


 学校につくまで、脅威はどこにもなかった。

 そういえば今日は席替えだ。月に一度の席替え。

 普通にくじを引いて、それぞれの席に移動するだけだ。やる意味があるのか、僕は知りたかった。

 皆が席を移動させ、それぞれの位置につく。僕の隣の席はどうやら女子だ。

 男子の方が多いのに。

「よろしくね、五島君」

 今まで隣が男子続きだったもんで慣れてない。

 そして、白凪の件があってから女子恐怖症予備軍でもあった。

「あ…どうも」

 僕の才能ってコミュ障ってこと?

 制服についた名札。そこには、夏目紫央なつめしおと書かれていた。

 先日欠席していた生徒だ。

 沈黙。それはこの場が地獄へ変貌したことを意味する。

 黒い髪の毛。光が当たって透き通るように茶色い目。

「どうかした?」

 見とれていたなんて口が裂けても言えんがな。

「そうか、ならいいんだけど」

 ん?待てよ。この子は可愛い。つまりだ、海琴が言っていた『気を付けて』って…彼女に惚れるなってこと?

 平常心を保て僕。海琴からの返事が来るまで、僕は彼女以外を好きにはならない。

「まぁ、よほどの事が無い限り大丈夫だと思うけど」

 うん。好きになんて…ねぇ。


 一時限目は理科だった。

 席について周りを見渡して、気が付いた。理科でも夏目が隣の席だったのだ。

(やっべぇ…気づかなかったなんて口が裂けても、もげても言えねぇよ…)

 姿勢を正し、彼女の方に目がいかないように心掛けたが―。

「って、寝てんじゃん…」

 彼女は隣で夢の世界へと旅立っていた。

 寝顔も可愛くて‥‥だめだ、何をしている。己に勝てとはそういうことか!

 理性との戦いがここに幕を開けようとしている。

 いや、普通に寝顔は天使だ。しかし、僕の脳はなんて馬鹿なんだ。

 せめてスマホがあれば…写真が撮れたのに…肖像権侵害の疑いになっちゃうか。

 その柔らかそうな頬を突っつきたかった。

 その大人っぽい唇を少しでも見ていたかった。

 授業の終わりを知らせる鐘が鳴る。僕のノートは真っ白だった。夏目のノートも真っ白だった。


 下校時間。海琴がいつものように待ち合わせしていた。

「君が勝てるなんてね」

 それが素直な本音なのか、皮肉なのかは分からなかった。

「そりゃぁ、僕は海琴一筋ですから」 

 今日ちょっと危なかったけどね。

「まだね…返事は言えないんだ…」

 何が原因なのか。この時彼女に相談していれば、事はもっと早く治まったかもしれない。

「そうだ、来週から夏休みだね」

 いきなり海琴が話題を変えた。

「そうですね。何かご予定が?」

「そうじゃないんだけど…あなたの傷口が大きくなりうる出来事があるの」

 なんで来週の予言が出来るんだよこのチーター。


 それは、夏休み初日からやってきた。

 件の大豪邸のインターフォンが鳴る。

 ちなみに、その時僕と海琴は宿題をしていた。どうでもいいっすね。

 海琴が「代わりに行って」というので、僕が代わりに玄関を開けた。

「―⁉風紀委員長⁉なんでここに⁉」

 それは紛れもない風紀委員長だった。

「用があったから来た。それだけだ」

 何だろう。夏休み初日に制服着て威厳ばっちりの風紀委員長とご対面とか。

「私に何か用?」

 奥から海琴が顔を出した。

 風紀委員長は学生カバンから紙を一枚取り出して、僕と海琴に見せた。

「今月度の学園予算、生徒会だけが計算が合わないんだが?」

 つまり、生徒会の資金が不正に動いた可能性があるのだ。

「―そうですか」

 微かにだが、海琴の口元が歪み、笑みが漏れた。

「そうですか」

 もう一度そう言い直して、彼女はドアを閉めた。

 そして僕に向かって言った。

「本当に、ゾクゾクしちゃうよ」


 それは生徒会を巻き込んだとある陰謀劇の始まりだった。

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