傘は投げられた

 月曜日は毎朝怠い。なのに毎週やってくる。ほんと、理不尽だよね。

 土曜日の海琴の家への訪問から2日が経過した。

 今日も一緒に登校ということになるが―。

「コンビニで傘買ってきてくれない?」

 僕に小銭を渡してくる海琴。

「はぁ…」

 言われるがまま、僕はコンビニに入り、晴れているのに傘を買っていると怪しい目を店員から向けられながらコンビニを出た。

「買ってきましたけど…」

「ん。ありがと」

 海琴は何事もなかったかのようにまた歩き出した。


 まだ早い学校には人があまりいない。

「そうだ!配布棚見てきて!さ、早く早く!」

 配布棚。すなわち、今日配布されるものが置いてある棚だ。

 普段は前日の日直が持っていくことになっているが―。

「僕、日直じゃないですけど?」

「いいからいいから」

 とりあえず、プリントを配布棚から取って教室へ向かう。

「あれ?生徒会室に行かないんですか?」

 いつもなら、すぐに生徒会室に向かう海琴だが、今日は教室に向かっていた。

 少しして、生徒が段々と登校し、教室も賑やかになってくる。

 やがて担任が入室する。

「昨日の日直の夏目なつめは休みだが…あぁ、持ってきてくれたか」

 うん、まぁそうなるよね。この人に『無駄』という言葉はないみたい。知ってた。

 日直が休むことも悟れるのね。

「あぁ、今日の日直は…いたか」

 今日の日直は海琴だ。

 全てが計算されていた。

 時間の短縮と効率化。それが海琴の目標だ。

 この世の理を知っていてもおかしくはないぞ。

 朝のホームルームが終わり、海琴は早速生徒会室へと消えて行った。

「さて、一時限目の準備をしますか」

 そうやって、一日は流れていくが―。

 僕は決してミスをしでかす男ではない。

 しっかりと眞田毬江の調査も実行していた。

 僕は二時限目の終わりの休み時間に、ギャルっぽい集団がひしめく眞田の席の前に立った。

「ん?アンタ誰?」

 眞田の中で僕はモブキャラ扱いか。まぁ、それは想定の範囲内。

「眞田、自分が何か校則に引っかかるようなことをした覚えはないか?」

 その質問に、周りにいた女子からクスクスと小さな嘲笑が生まれる。

「はぁ?校則なんていちいち守ってる奴いる?お前だって何かしらの校則を破ってんだろ?正義の味方ぶんじゃねぇよ」

 口悪いなこの女。まぁ、これも想定の範囲内。

「僕は正義の味方を装っているんじゃない。眞田を追い込むためにここにきたんだ。な?グラビアさんよ」

 その単語に、案の定眞田は反応を見せた。

「な!なんでアンタがそれを知ってるのよ⁉」

 この反応も想定内。一時限目の休み時間に僕はクラス中の人に話を聞きまわり、グラビア誌のことは一部の人間しか知らないことだということを知った。

「残念でした。僕はその事実を知ってるんです。そして、これを学校側に言ったらどうなるでしょう。どうせ無申告でしょうし」

 眞田の顔が段々と歪んでいく。ここまでは順調だ。

「さて、どうするんだ?さっさと校長に土下座してきた方がいいんじゃないか?」

 はい。終わった。彼女は武力行使にでた。

「さっきから馬鹿げたこと言ってんじゃねぇ!」

 机を僕の方に向かって倒したつもりだろうが、僕はそれを回避する。

「いいのか?そんなことして、器物損壊で結局追い出されっぞ」

 彼女はバックを武器にして、僕の方へ駆けてくる。

 キーフォルダーがガチャガチャ鳴って騒がしいバックだこと。

「お前に何が分かる!私は可愛いんだ」

 やべぇこいつキチガイな方ですか⁉

「私は他の女より可愛いし、男も魅了出来る!その辺の女子は大体ブス、でも私は可愛い!」

 今この人クラス中の女子を敵に回したよね。うん。

「私はだからこそ認められるべきなの!学校側だって私が可愛いことは―」

「んなことあるか」

 教室の扉がガラガラと開き、社会科の愛宕富有おたぎふゆう先生が入室する。

「悪い、遅れた。それとだ、眞田、お前が思ってる以上に周りはお前を可愛いとは思ってないかもな」

 先生は教師が口にしてはいけないようなことをその場で言ったのだ。

 学校中で起こったところを誰一人見た事が無い愛宕先生。

 基本的に放任主義で、面倒なことを一切しない。だから誰も怒らないのだという。

「お前は少し‥いや、かなり目が悪いかもな。元に眞田、お前は彼氏がいるのか?」

 その言葉に眞田は硬直していた。

「まぁ、一概に彼氏がいるから可愛いとは限らない。しかしだ。彼氏がいる方がそのカップルは信頼できる相手同士だったってことになる。彼氏のいないお前は、どの男子からも興味にされていなかったんじゃないか?」

 初めて見た。他クラスではたまに話題になる愛宕先生のマシンガントーク。

「クラスの男子からすれば、『アイツギャルっぽいよね』とか、『アイツいつも女子といるよね』とか、それぐらいにしか思えていないんだよ。周りが可愛いと思っているのはお前の勘違いだ」

 うん。清々しいや。ここまでくると。

「それにだ、グラビア誌に載ってるって?その話、詳しく聞かせてもらおうか」

 愛宕先生の眼鏡が光る。はい、彼女は詰んだ。

「もちろん、職員室にいる全教員の前でしっかり全てあったことを話すんだ」

 眞田は教室に入ってきた別の先生たちにより職員室に連行されていった。


 後日分かることだが、眞田は退学処分になったらしい。


 騒がしき一日が終わり、下校時刻になる。

 通学路を夕陽が赤く染める。

 海琴の制服を赤く染める。

「いつ、雨が降るんですか?」

 今日の僕は我ながら冴えていると思う。

 登校時に買ったこのビニール傘は恐らく夕立を防ぐためのものだろう。

 これは当たってるに違いない。

「私、いつ夕立が降るなんて言った?」

「言ってませんけど…というか夕立とも言っていないんですけど⁉」

 ちゃんと読心術使ってくるなぁおい。

「喉乾いた。おぉ、丁度いいところに自販機が」

 僕は自販機でコーラを買い、キャップを取る。

 プシュッといういい音とともに、ガザッというもう一つの音が聞こえた。

 それは僕の背後。海琴に起こっていたことだ。

 海琴の腕を掴む黒いドクロの服を着た男。

 ドクロってモブ名をつけてやろーか。

「放して!」

 ドクロは海琴の腕を掴んで、突き飛ばした。

「いいじゃんかよぉ、ちょっとぐらい!」

 男はしつこく付きまとうが―。

「自分で対抗しろよ…」

 僕は道端に転がるビニール傘を拾う。

「海琴、教えてあげるよ。傘は武器じゃねぇんだよ」

 ま、怖いからちゃんと武器として使うけどね☆

 夕立なんか甘っちょろいもんじゃなかった。

 ドクロがこっちに向かって走ってくるので、そのプニプニの腹を傘で突く。

 男が怯んでいる隙に、僕は海琴の手を握ってその場から颯爽と逃げた。

 幸いにも、それ以上ドクロが付いてくることは無かった。

 頭にポツリとした感触があった。

「はい、傘貸して」

 反動的にビニール傘を海琴に渡す。

 次の瞬間、大粒の雨が降り出した。

「私、夕立が降らないとも言ってないよ?」

 そう言って彼女は悪戯っぽく笑ったのだ。

「ウソだよ。はい」

 海琴は傘の中に僕を入れた。

 これは完全に相合い傘イベントじゃないか。

「飲まして、そのジュース」

 僕は言われるがままにコーラを渡した。

「うん。美味しいね」

 何だろう、次は間接キスイベントか。イベントはもっと周期的にやってくれないと心臓に悪い。

 これはドクロを倒した報酬か何かか?ドロップアイテムは愛と勇気ってところか。

 でも、海琴自身が積極的になったと思う。

「いやぁ、君が一番大きいサイズの傘を買ってくることは予想外だった」

 これはつまり、僕が海琴の予想を超えたということか!

「ってことは、サイズが小さければ僕はずぶ濡れになって帰る羽目に⁉」

「そゆこと」

 そう言って、彼女はもう一度ケラケラと笑った。

「全く、日直と言い傘と言い、あなたは本当に人生チーターですよね」

 生まれ持った才能スキルが便利すぎなんだよ。


 僕は家を思い出せないため、海琴の家に居候させてもらっている状態だ。

「はい、ずぶ濡れなんだから先にお風呂入ってきてね」

 一応、告白した相手の家だ。いろいろと気まずい。

「入ってきますよ」

 それだけ言って風呂場に向かったが―。

「いつも思うけど。これはお風呂じゃなくて、温泉だよね」

 ここはどこかの宿の大浴場か。というくらい広いのだ。

 巨大な浴槽に一人で浸かる気分は最高だ。

「温泉を独り占めしてる気分」

 この浴槽の他にも、ジャグが付いていたり、マッサージつきだったりと。

「この家が別荘って…本宅は城なんじゃねぇの」

 どんな家系図なのか見てみたいわ。


 ゆっくり湯船に浸かっていると、扉がノックされた。

「あのさぁ、入ってもいい?」

 一瞬、素晴らしい妄想が思い浮かんだが、すぐに捨てた。

「今出ますからちょっと待ってください!」

 理性が保てるとは思えなかったから。そして、白凪の事件のトラウマがまだ根付いているから。

「出ましたよ。どうぞお入りください」

 リビングにいた海琴にそういい、彼女は「そっ」と言って浴場へ向かった。

 浴場に行く彼女の背を見て、一瞬、白凪の記憶が蘇った。

「あぁ…忘れろ」

 記憶から抹消する。監禁罪の白凪は思い出すだけでトラウマだ。

 数分後、彼女も浴場から出てきた。

「なんであんなに焦ってたの?」

「いや!いきなり、入っていい?とか聞かれたからですよ!」

 そりゃぁ年頃の男児なら誰でも驚くでしょうよ。

「ふぅん…そうだ、明日は気を付けてね」

「え?」

 何それ。海琴に忠告されるとか、明日僕は死ぬの?

「頑張って自分に勝ってね」

 己に勝つ?僕にとんでもなく大きな試練が来るのだろうか。

「うん・・気を付けておくよ」

 明日になればどんなことが起きるのかは分かるのだ。

 僕も人生チーターに生まれたかったな。


 ―この時は、明日の災害など大したものではないだろうと油断していた。

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