ゲームセンターでの翻弄
土曜日、言われた通り駅前のベンチに来た。
「待った?」
待ち合わせ場所に登場した海琴はいつもとは別人のような美しさだった。
「―。今来たばかりです」
「へぇ、10分待ったんだ。待たせてごめんね」
「一瞬で心の中を見抜かないでくださいよ⁉」
この人に嘘は通じない。そんなことはとっくに知っていた。
先日の一件で、彼女はもはや読心術者ではなく予言者の類に入ることにも気が付いた。
それこそが、生徒会長、西紀海琴の力だ。
「さ、ついてきて」
好きな人の家に向かうのは誰でもドキドキするだろう。
白凪と家の件があり、他人の家に入るのに多少のトラウマが植え付けられた。
ちなみに監禁犯の白凪は停学処分中だ。
駅前から歩くこと15分。
「あのぉ…この屋敷だったりするんですよね?」
「そ」
黒い鉄柵で囲まれた白い外壁の豪邸。いったい何坪あるんだろうか。
「なんでこんなに自宅が大きいのさ⁉」
白凪の家でも豪邸に見えたが、これをみたら皆が豪邸の価値観を覆すだろう。
「自宅じゃないよ。学校に一番近い別荘」
「あんた何もんじゃい…」
自宅みるのが怖くなってきたわ。
「お邪魔…しま~す…」
声が出なかった。
玄関が広い。何だろうこの解放感。家に入った途端にすっきりした清々しい気持ちになる。
さすが大豪邸。一応別荘なのか?
「あ、洗面所は一番廊下の最奥の部屋ね」
見てきたところ、四番廊下まであった。
そして、家に入ったら手洗いをしようという前に察されてしまった。
洗面所に辿り着くのに一苦労だ。随分歩いたぞおい。
「全部同じ扉で分かんねぇ…」
扉の横とかに部屋の名前が書いてあるわけでもなく、これは迷子になりそうだ。
無事洗面所を見つけ、手を洗ってから二階へと上がる。
お手伝いさんと思しき人と目が合って、少し気まずくなった。
そのまま、海琴の部屋に入ってふと思う。
「あれ?海琴はどこで手を?」
海琴は一階の洗面所には行っていないはずなのに、ハンカチで手を拭いていた。
「あぁ、重なると面倒だから二階の洗面所を使ったの」
あぁ、この人、人生チートだらけだろ。
「で、海琴。話とは?」
そもそもは海琴が話があると言って僕は呼び出されたのだ。
「これのこと」
海琴が取り出したのはグラビア雑誌。ドキッとしたが、問題は表紙に映る人物のことだろう。
「この女の人…どっかで見覚えが…」
学校の廊下ですれ違ったことがある。
ギャルみたいな集団と一緒にすごいオーラを放って歩ていた気がする。
「二年五組、眞田毬江さなだまりえ」
言われてみれば、クリソツさん。通り越して同一人物。
「あれ?うちの学校ってこういうのアリだっけ?」
神月高校はアルバイト基本OKの高校だが、雑誌や新聞テレビへの出演などは、学校側に許可を取る必要がある。
「その通り、校則違反ってやつだね」
まぁ、生徒会長が言うんでそうなんでしょうね。
「海琴はこれが予知できなかったのか?察してれば事前に忠告できたんじゃ…」
「生徒一人一人のことなんか気にしてられないよ」
さすがに全校生徒390人を予知することは不可能だよな。
「でも…僕はどうすればいいんです?」
生徒会長という権力を使えば、退学でも停学でも処分が下るだろう。
「いくら生徒会長と言っても、こういうのは風紀委員会を通さないといけない。でも、風紀委員会も前回この女にやられてるの」
「は?」
海琴が言うには、前回この女、毬江は雑誌の件で風紀委員会に報告が下ったが、親の文句により処分取り消しになったという。
「君にはこれをどうにかして欲しいと思ってるんだ」
「そんな大雑把な」
風紀委員会で無理なら、低脳凡人の僕には何もできないだろう。
「ま、今すぐにとは言わないし、気長に行こう。はいこれ」
次に海琴が渡してきたのは黄色いホイッスルだ。
これも恐らく、この先々で起こる何かに使われる布石だ。
「ってことはまた僕に災難が⁉」
もう監禁なんてされたくないです。そういうのもういいです。間に合ってます。
「まぁまぁいいから」
とりあえずズボンのポケットにしまう煩悩が浮かんだ。
―海琴は吹いたのだろうか。
「残念だけど、私は吹いてないよ」
「人の心をポンポン読まないでくださいよ⁉」
この人にはもう全てお見通しなんだよ。煩悩なんて考えちゃダメだ。
この人といるとプライベートまで明かされてしまいそうだ。
「そんな、プライベートにまで踏み込む気はないよ」
「そうゆうとこですよ⁉」
この人はチーター。ここ、テストに出るよ。
「じゃぁ、ショッピングモールにでも行こっか」
何故海琴がこんな提案をしたかは謎だが、僕はとりあえず頷いた。
駅からほど近いショッピングモール。駅近なこともあって、ショッピングモールも大きい。
「さ、どんどんいこう!」
海琴に手を軽く握られる。暖かく、柔らかな小さな手に包まれる。
「うん、とっても嬉しいイベントなんだけど、どこに向かってるのこれ」
海琴は何も答えずにショッピングモールを駆ける。
人に迷惑がかかるからよい子は真似しないようにね。
そんなことをしている内に、海琴の足が止まった。
「ここは…ゲーセン?」
そこは、数々のゲームが立ち並ぶゲームコーナーだ。
僕は海琴と一緒に精一杯遊んだ。
太鼓のゲームで一番難しいレベルクリアしたり。
レーシングゲームで海琴が謎の抜け道使ってゴールしてたり。
クレーンゲームで何個も賞品取ってたり。
いつもの威厳とと寵愛に溢れている姿とはまた違った美しさがそこに在った。
「ってかさぁ、もう満足じゃない⁉袋いっぱい何だけど!」
さっきからあれこれクレーンゲームで商品を取るから、僕の両手はお人形で塞がっていた。
「おいあの子やばくね」
「常連だろ」
「私にも分けて欲しいわ」
周囲の目が集まりだしたので僕は海琴の腕を掴んでその場を離れた。
「んもぅ、いいところだったのに」
「まぁいいじゃないですか。こんなに取ったんですし」
そろそろやめとかないと店員に追い出されてたぞ。
「―ッ」
何か聞こえた。
「どうしたの?お金なくなった?」
「あぁ…まぁ…そんなとこ」
所持金はあったが、僕は海琴とは違い、そんなに景品は取れなかった。財布の中はお札だけだ。
「両替して来れば?私、そこのベンチで待ってるから」
カバの人形を抱えて、カバの人形の手のような部分でベンチを指した。
「分かった、ちょっと行ってくるよ」
僕は荷物を海琴に預け、両替機に向かった。
が、本来の目的は全く違う。
「何やってるんです?こんなところで」
両替機の裏。用具倉庫のような扉のある前で、子供の口を抑えるサングラスの男がいた。
グラさんというモブ名にしよう。
「はぁ?ガキが一人増えたか?」
グラさんに掴まれている少女が喚き叫んでいる。
その声は、周囲のゲームの音にかき消されて並みの客の耳には届かない。
―その声がさっき、僕の耳に入ったのだ。
お金が無かったのは確かだが、海琴に嘘ついてここまで来たのだ。
見捨てることもできたが、僕はそんな悪人じゃない。見て見ぬ振りも犯罪です。
「その子を今すぐ離してあげてください」
そんなことを言っている中、微かに迷子のお知らせが聞こえる。
『‥からお越しの‥様』
その声もまた、ゲームの音に搔き消される。
「いいかガキ、これが男の『力』ってもんだ!」
子供を抑えていたグラさんの後ろからもう一人の金髪野郎が出てきて、僕の顔面を殴った。
パツキンというモブ名をやろうじゃないか。
案の定、監視カメラはこの場所を捉えてはいなかった。誘拐には絶好の死角だ。
(ん?)
僕なハンカチで口から垂れた血を拭おうとした際に、何か固いものに触れた。
(—おいおい…バレてんじゃねぇか)
アイテム『導きのイエローホイッスル』だ!
とりあえずホイッスルは最終手段に取っておいて、グラさんを殴る。
屈強な体にダメージは無かったようだ。ありゃぁ、HPバーに変動なし。
パツキンがこっちを睨んできた。
(あ、はい。これ最終手段使うしかないわ)
早速降参して、ホイッスルを思いっきり鳴らした。
ゲームの音をピーという甲高い音で上書きする。
最初は両替機の近くにいた数人の人がこちらに気が付く。
『誰かの泣き声だ』
『なんかあそこにヤンキーみたいのがいるぞ』
『この野郎!取り押さえろ!』
客が一斉にグラさんとパツキンの元へ集まって、二人は拘束される。
そんな中、一人だけ場違いな拍手をしている人物が一人。
僕はこっそり民衆の間を抜けてベンチへ向かう。
「はい、よくできました」
その目はいつもの、全てを見透かした目だ。
「やっぱこうなるんですね…両替機に行ってくればの言葉を待っていたんですが…あなたもこれに気が付いていたんですね」
「模範解答どうもありがとう」
やはり、この人に勝つのは千年先だ。
その頃両替機には、警備員に捕まっていくグラさんとパツキンがおり、少女は母親っぽい女性に抱き着いている。
「なんで来る前から分かるんですか…」
ホイッスルを貰ったのは事件が起こる前。ましてやショッピングモールに来るより前だ。
「まぁいいじゃん。それに、この事件は知ってたけど、本来の目的は違うし」
「え?」
てっきり事件解決のためだけにここに来たのだと思ったが―。
「あれ?忘れちゃった?このゲーセンに来て君と遊んだ思い出。私はデートだと思ってたのになぁ…」
うん、この人やっぱ怖い。
その後、ショッピングモールで買い物を済まして別荘へ戻った。
「夕飯、何がいい?」
必然の質問。
白凪の場合、作ると自ら言いだしたが、海琴は聞いてきた。
「まぁ、僕の食べたい物なんて買い出しの時点で気づいてましたよね?」
「ん。分かってる。カレーね」
うん。あの場所で買ったのは、人参、ジャガイモ、豚肉、カレーのルーだ。
久々のカレーだ。キッチンから微かな香りがするが、これがたまらん。
「あのさぁ」
海琴が福神漬けをお皿に盛りながら言った。
「ん?」
「いや、白凪ちゃんにヤラシイことしてないよねって話」
この人の心を読むには万年かかりそうだ。
「してないよ。ただ、監禁されただけ」
「ふぅん…なら…」
なら、の後が聞きたかった。
「僕も心が読めるようになりたいわ」
そうすれば自分も人生チーターなのに。勝ち組に入りたいわぁ。
「はい。カレーできたよ」
海琴はカレーを二皿分運んでくる。
海琴のカレーと僕のカレーに違いが一つ。
一つは量だ。
もちろん僕は成長期の男子だし、海琴が少なくても当然だろう。
それと違う点でもう一つ。
「ハートか…」
人参がきれいにハートの形に切り抜かれている。海琴のにはないので―。
彼女はテレビに夢中でこちらに目もくれない。
それが照れ隠しだということぐらい、鈍感な僕でも分かる。
その証拠に耳がピンクに染まっている。
(バレバレだっての)
それは心の声。
「って思うのも想定済み」
「んなっ⁉」
やはり、この人の方が二手上なのだ。
「だって、君は私のことを好きでいてくれるんでしょ?」
「あぁ、もちろん。爺さんになってでも海琴の返事を待つよ」
「ん。そんな長くは待たせないから」
彼女のことだし、何かあるのだろうとこの時気が付いていればよかった。
そんなこと、鈍感な僕には出来ないが。
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