究極の決断

 海琴への告白。白凪からの告白。

 今日だけで色々な事が起こりすぎだ。恐らく、記憶が消失していなければ普通に喜んでいただろうが―。

 記憶消失のショックの方が大きかったのだ。

 まぁ、とりあえず、白凪との会話へ戻そう。

「―えっと…白凪?落ち着いて、話をしよう」

 いきなりの告白に僕も動揺しているのか。

「はい。戻りましょうか」

 握りしめていた腕の力も収まる。

「おい…さっきの冗談だよな?」

 その言葉への、白凪の返答はない。

 黙って、風紀委員会室の中に案内される。

「―なんだ、この微妙な空気は」

 風紀委員長に察せられたらしい。

「いや、これには、山より高く、谷より深い訳がありまして…」

 これは、どう弁解しても無駄か?

「それに対して、私は何も言わんが‥」

 風紀委員長は呆れた顔で言う。なんだこいつら、と見下す視線なのか、嘲笑う視線なのか…

「―あの、記憶が戻るまで、どうしたらいいんでしょうかね?」

「そんなの、私が知るか」

 辛辣な答えが返ってきた。

 まぁ、そんな人物だろうと察しはついていた。慈悲なき人物と言えばかっこが悪いけど。

 記憶がない限り、何をしたらいいか。

 一部の人の記憶も抜けている。

 これまでの大事な思い出も、抜けている気がする。

 僕は頭を抱える。

 打開策が浮かばない。

「―頼るか」

 一つだけ思い浮かんだ打開法。いや、これしかない打開策。

「―。失礼しました」

 風紀委員会室を出て、3階の生徒会室に戻る。

 ノックをして、入室。


「―あれ?まだ何かあったの?」

 生徒会長に打開策を聞く。

 どう話を切り出そうか迷っていると、生徒会長が口を開けた。

「『—あの、記憶がないんですけど、僕はこれからどうしたらいいと思います?』って、風紀委員長にも聞いて、雑な答えだったんでしょ?」

 まるで心の中が本当に見透かされたようだった。

 この人は『読心術』というスキルを持ち合わせているのか。

「―自分の家の住所」

「分かりません」

 改めて思うと、重大事態だ。家に帰れないじゃんかおい。

 記憶喪失初日でホームレス生活の幕開けか?

「自分の家も分からないんじゃ、家に帰れないじゃん」

 その通りでございます。

 全くどうしたものか。打開策はやはりないのだろうか。

「そうだ」

 生徒会長がこちらへ寄ってくる。顔が非常に近い。人生でここまで緊張したことは無い。

「なら、親は今、家にいる?」

 そう。親の情報だけは、脳に残っている。何故だろうか、関わりの深い人物との記憶は脳裏に刻まれているらしい。

「いません。多分。父は、海外出張。母は、今日は残業だと…」

 恐らく、付き合いが長ければ、記憶に残っているということだろうか。

「兄弟は?」

「います。弟が」

 家族構成を言ってしまっていいのだろうか。もう遅いか。

「なら―」

 何故かそこで言葉を切る。

「なら?」

 僕がそう言うと、生徒会長がこちらへ近づいて来て、僕の目の前で止まった。

 微妙に緊張するのは何故だろう。

 ―何故か僕の制服のズボンの右ポケットに重みが増した。

 話の続きを促すが、海琴は扉を見つめるだけだ。

 その直後、扉が開け放たれる。

 入ってきたのは、白凪だ。

 まさか、生徒会長、この展開も読めていた?

「そうはさせません」

 飛び入り参加のはずの、白凪が話の内容を知っている。

「扉の前で聞いてたことぐらい分かるよ?」

 白凪を煽るように、海琴が言う。

「―そのまま、あなたの家に招く展開ですよね」

 なんだ、この二人だけで会話が進んでいく。

「よく分かったね。その通り」

 全くついていけない。僕ね、一応主人公らしいの。お話においてかれてるッ!

「そうはさせません」

 海琴は、僕を家に招くつもりだった。

 白凪はそれを食い止めたい。

 修羅場になってしまいそうで恐ろしい。否、もう手遅れかな?

 僕はここが修羅場になったとしてどうすればいいのか。決着を待つか、制止するか。

「あの…」

 戸惑うしかない。口を挟んだら抹殺されそうな雰囲気だ。

「なら、唯希先輩に決めてもらいましょう!」

 は?どういう流れ?選択間違えた瞬間お釈迦になるって?

「どうするの?私の家か、白凪の家か」

 おいおいおいおい。

 これは、究極の決断だ。

 どちらの家も楽しそうだが―。

 どっちも、という答えはない。

「あの、放課後まで、時間をくれませんか?」

 さすがに現時点での決断は不可。

「ダメです。今ここで決めてください」

 白凪に阻止される。

「―」

 僕は、海琴が好きだ。

 それはつい今さっきの告白で白凪も知っているはずだ。

 でも、白凪は僕を好いてくれてる。

 こんなモブ君を好きになるなんて、もっといい人他にいるでしょ。

 これは…人生で高校受験以来の決断力が試される。

「明日はこっちで、今日はこっちってのは駄目ですか?」

 海琴と白凪を交互に指さして言う。

「ダメ。まぁ、構わないけど、私の家に来れるのは今日だけ」

 海琴からの、条件。

「もちろん、私の家もですが」

 なんだ、この空気は。

 修羅場状態じゃないか。

 決断を間違えば、即ゲームオーバー。

 恋愛の選択ゲーをやっておけばよかった。

「悩むぞ…」

 決断。

「さぁ」

「どっちにするんですか?」

 二人からの圧力が強い。

「あの…そのぉ…僕は…」

 意思は固まった。

「今日は、白凪の家に泊まる」

 これが、どれだけの決断だったか。

「海琴は…土曜日、ゆっくり伺います」

 両者を持ち込む。

 これが、現状の打開策。

「ふぅん。分かった、土曜日、楽しみにしてるから」

 その一言で心の中が見透かされたのが分かった。


 学校が終わる。

 校門で待っていたら、白凪が来た。

「本当に私でよかったんですか‥」

「お前なぁ、終わってからそう言うこと言うな!」

 あれが、どれだけの決断だったのか、白凪が知る由もないだろう。

「すみません…じゃぁ、私の家に案内しますね」

 白凪がどういう性格の子か、まだ分からない。

 これは、それを確かめることでもある。

「ーここです」

 豪邸より小さく、一軒家にしては大きい。

 庭までついている。

「随分大きな家だな…」

 だとすると、海琴の家は―。

「どうぞ、入ってください」

 案内を受け、金で縁取られた白い木製のドアを開ける。

「お邪魔します‥」

 どうやら、親がいないようだ。

「お前…まさか‥」

「はい」

 これは、図られた。

「さて、晩御飯、作りますね」

 後輩の手作り晩御飯。

 なんといういうか、不思議な気持ちだ。

 今までこういう体験が少ないせいだろうか。


 記憶が無くなる前は、自分で料理をしていたのだろうか。

「できましたよ」

 たくさんの野菜が入った、野菜炒め。

 麦入りのご飯。

 あさりと、豆腐が入った味噌汁。

 これだけのものを、短時間で作り上げるとは。

「いつも作ってるの?」

「はい。親が不在の間が多くてですね」

 家庭事情まで深入りする気はないがー。

「いただきます」

 丁寧に手を合わせ、食べ始める。

「美味しいな」

 もし、このまま記憶が戻らなくば、自分で料理を作るのも悪くないかもしれない。

「洗い物はやっておくから」

「あぁ、ありがとうございます。」

 洗い物の最中。

「もうすぐお風呂が沸くので、先に入ってきますね」

 白凪はそう言って風呂場の方へ向かって行った。


「やっと落ち着ける…」

 ソファーに横になり、一回深呼吸をする。

 ―考えた。

 謎の音が聞こえてくる。

「―洗い物はやっておくから」

 と言った自分を呪いたい。

 これは、沸いたサイン。

 白凪は先に風呂に入った。

 つまり、僕はその後に入ることになる。

「―残り湯か…」

 それが何か、考えるだけでー。

「寝よう」

 それが、最終結論だった。

 煩悩を忘れる。最適解だよね、睡眠さいこー。

「いや、やっぱ無理」

 寝れなかった。

 煩悩というより、時間的に。

「―ぐぬぬ…」

 堪えなければならない。

 数十分後。

 ついに来てしまったようだ。

「出ましたよ。もう入って大丈夫です」

 この落ち着いた声が怖い。

「―。分かった、入ってくるよ」


 五島唯希の、理性との戦いが幕を開ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る