失われた恋物語

如月瑞悠

男子生徒Aの恋

  ―その時、僕は惚れてしまった。

 恋とは全く無縁で、リア充に対して興味・関心もなかった僕が、好意を抱いた。

 僕は、勉強がずば抜けて出来るわけでも、運動神経がとてもいいわけでもない。

 どこにでもいる生徒A。俗に言うモブキャラ。

 

 その男子生徒A。別段、特別な力も特殊スキルを持っている訳でもない。ただ、クラスで、『あぁ、そんな奴いるねぇ』ぐらいの認識の男だ。

 だからと言って何もできない訳でもない。ある程度の習ったことはできるのだ。

 男子生徒Aこと、五島唯希いつしまゆいき

 どこにでもある家庭、五島家の長男として生まれた凡人。

 父は医者、母はトリマーと、普通に恵まれた生活を送っていた。

 そして、神月高等学園の2年生。

 

 友達も少なくて目立たない…ってこのやり取り何回目だ。


「五島!」

 学校であろうその場所で、怒号が飛んだ。

 その声の主は、恐ろしい形相で僕を見つめている。

 背後にある黒板より黒い肌を持つ男性教師。

賀川かがわ先生?」

 フルネームが出てこない。そんなにキャラが薄い先生のはずがないのに。

 何も分からないので、現状を把握することにした。

 こちらを睨む賀川先生。周りから見つめてくる生徒。何も分からぬまま突っ立っている僕。

 ―人生でこれまで目立ったのは久々だ。

「えっと‥‥どういうことです?」

 現状を把握を諦め、賀川から全てを聞こうとしたが―。

「いい加減にしやがれ!」

 どうやら賀川の火に油を注いでしまったらしい。

 まぁ、なんで怒られてるのか分からないんですけどね(笑)。

「えっとー…歴史の授業中ですかねぇ…」

 黒板には歴史で出てきた単語が書き連ねてあるが―。

「お前なぁ!頭おかしいんじゃねぇの!」

 賀川がいきなりそう怒鳴るので型がすくんだ。

 いや、頭がおかしいわ言いすぎだわ(笑)。

「では、理解が出来ないので、馬鹿な僕にもう一度説明を」

 僕はそう言って賀川にもう一度説明するように言った。

「お前、本当に自分が何をしたか覚えてないの―」

 賀川が言おうとしたその時、第三者が割り込んできた。

『風紀委員会です』

 学園の中で生徒会以上の地位を持つ上級組織。風紀委員会。

 この学校でも頭のいい生徒が大方を占める特殊組織だ。

「風紀委員?今は説教中だ。後にしろ」

 賀川の言葉を受け、風紀委員会の女子生徒は紙を見せつけた。

『これは、風紀委員長命令であり、校長先生の許可印もありますが?』

 さすがに賀川も校長の指示には逆らえない。所詮は一人の教職員。

「ッチ。しょうがねぇか。連れてけ」

 賀川が言うの後、女子生徒に腕を掴まれ、連行される。

 廊下を通る際、他のクラスの生徒からの視線も受ける。

「なんで、僕、こんなことになってんの?」

 本当に、身に覚えがない。

『あなた、記憶が飛んだんですか?』

 風紀委員の生徒が突飛なことを言いだした。

「いやいやいや、記憶が飛んだって…」

 そんなことあるわけない。

 と、言い切れないのが現状だ。

 記憶が覚醒したのは、午後の授業の最初。

 午前の記憶が完全にない。

『はぁ…まさか、後頭部の打撃が影響したかもですね…』

 イッタイナニガアッタンダロウ。

「え…?後頭部?打撃?なんのこと?」

 記憶が飛んだ理由が、その後頭部の打撃だというのだろうか。

「―つまり…」

『詳しい話は、風紀委員会の部屋で行いますので』

 そういって、僕は風紀委員会室に案内され、部屋の中へ―。

 

「来たか」

 風紀委員会室。緊迫の空気が流れている。

 偉そうな女が僕の前に進み出てきて、紙を見せつけた。

「ーお前は、今日の午前9時38分29秒、2年の小林聖夜こばやしせいやを殴った」

 全く身に覚えのない暴行事件の概要を知らされた。

 これは新手のいじめか何かだろうか。それとも罰ゲーム?ドッキリ大成功?

「それで?」

 ここはあくまで、争いにならない微妙な雰囲気を醸し出しておくのが最適解だ。

「これが、ただの暴行事件なら、今すぐ退学処分だ。しかし―」

 風紀委員長は腕を組んで、僕に一歩近づいた。

 風紀委員長は新しい写真を僕に見せる。

 誰かを庇うようにして、誰かを叩いている僕が映っていた。

 写真に撮られたからには本当に起きた出来事なのだろう。

「お前は生徒会長を小林から守ったんだ」

 風紀委員長は大層機嫌が悪そうにそう述べた。


 なんで僕は関係もない生徒会長を庇ったりしたのだろうか。

 僕は普段、争いに巻き込まれたくはない。だから、余計な事には首を突っ込まないように生きてきた。

 知りもしない生徒会長を何故、僕は庇ったりしたのだろうか。

 いじめを見ても、見て見ぬふりをしてしまうこともあった。自分がいじめられるのが怖くて。

「お前は小林と殴り合いになり、後頭部を小林に殴られた」

 風紀委員長の今の言葉が正しければ、記憶の消失の原因はそれだ。

「何はともあれ、白凪はくな。そいつを生徒会室に連れていけ」

 風紀委員長の指示により、さっきの女子生徒が出てきた。

 先程、案内してくれた女子生徒が、また腕をつかみ、3階へ案内する。


 この学園の最も見晴らしのいい部屋。

「―…」

 目の前にいる、生徒会長。

「さっきは、助かった。ありがとね」

 整った顔。

 スタイルはいいし、声も完璧。ストレートの黒髪が生徒会室の窓からの風で綺麗に靡いている

 そして、その大きな―。

 いや、煩悩はよそう。

「あの…その…記憶が無くてですね…」

 この学園のトップとどう接すればいいのだろうか。

「緊張しなくてもいいんだよ?」

 この人、心が読めるのだろうか。

「なら、良かった」

「あのさぁ」

 唐突に、生徒会長が話を切り出す。

「なんでしょう‥」

 戸惑いがある。

「―。なんで守ってくれたの?」

 それは、僕自身が聞きたいです。

「生憎、記憶が無くて…」

 答えられないのが、悔しい。

「いいの。思い出したら教えてくれれば」

 生徒会長は優しく笑う。

「あ、私、生徒会長の、西紀海琴にしきみことよろしく」

 

 ―その笑顔に、僕は惚れてしまった。


 誰の告白も受け付けない孤高の生徒会長。(多分白凪はそう言ってた)

「僕が言っても無駄だと思うけど…好きですよ、会長のこと」

 何故そんな台詞が出たのか、自分でも分からない。

 後ろの白凪と呼ばれた生徒も、目を丸くしている。

「―。うん、記憶が戻ったら、もう一回言って。『承諾しない。』これが私の今の答え」

 今は―。

「いつか、記憶を戻して、告白するから。その時まで―」

「うん。待ってる」

 最後まで言っていない。

 それなのに、この人は言いたいことが分かる。

 それだけをただ不思議に感じて生徒会室を出た。


「なんで告白なんて…」

 初めての経験で顔が真っ赤なのだろう。耳が熱い。

「全くですよ」

 部屋の前で待っていた白凪たる人物。

「なんで君がつっこみを入れるんだい?」

 この学校には不思議な人が多い。これまでそれにも興味を示さなかったが。

「私、汐浦白凪しおうらはくなです…1年2組の」

 1年なら知らなくても無理はない。まぁ、クラスの人の名前と顔も一致していないが。

 生徒会長が同じクラスだったことだけは覚えている。本当に記憶喪失は厄介なこった。

「あぁ、覚えとく―」

 そう言おうとしたとき、白凪が僕の手を掴んだ。

「どうしたの、白凪ちゃん?耳、赤いけど。熱が出たとか?」

 ならば保健室へ行くべきなのだが―。

「先輩…「ちゃん」は付けなくて大丈夫です…」

 笑っている?俯いていて、はっきりとした表情が読めない。

「いや…気を付けるけど、風紀委員会室に戻ろうよ…」

 白凪はその場で止まって、顔をあげようとしなかった。

「どうしたのさ」

 これは一体どういうことなのか。またまた理解の出来ないイベントだ。

「先輩…私、先輩が好きです」

 Now Loading。思考回路が停止しそうだ。いろんな意味で。

「えっ…ん?」

 モブは今初めて解放された。名前が登場した時点でモブではないことは気が付いていたが。

「意地悪。聞こえなかったんですか?」

 違うんだ!そういう意味じゃない!って言っても無駄か。

「好きです!これで伝わりましたよね」

 随分の大きな声が、廊下に反響する。

「あのねぇ…さっき僕が生徒会長に告白したの聞いてたよねぇ?」

 三角関係が物語開始早々から登場しそうだが、怪しいぞおい。

 

 唯希は、海琴を。

 白凪は、唯希を。


―僕はどうすればいい?

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