第7話
「服は脱いでも脱がなくてもいいし、電気も消しても消さなくてもいいよ。多香美が選んで。でも、脱いだほうがそういうことをするって感じになるかな」
景山先輩が無責任に言ってベッドに座る。そして、「ところで、おばさんは?」と付け加えた。
「まだ帰ってこない」
「相変わらず忙しいんだ」
わざわざ聞かなくても知っていることを聞いてくるところが景山先輩らしくて、ちょっとむかつく。余程のことがない限り、母親はもちろん、父親も早く帰ってきたりはしない。そんなことはここに引っ越してきてからずっと変わらないことだから、景山先輩も知っている。
「でも、急に帰ってきても困るし、サクっと始めようか」
これから始めることは私にとってそれなりに大きな出来事のはずなのに、景山先輩は事も無げに言って私を見た。
可愛く微笑みながら、どうかな、みたいな感じで見られても困る。
こういう雰囲気で始めるものではないと思う。
「こんなに軽い感じで始めるの、おかしくない?」
「んー、もう少し雰囲気出してもいいけど、そういう雰囲気作ったら多香美が突っ込み入れてきて漫才始まるだけでしょ。多香美を笑わせたいわけじゃないし、こういう感じでいいんじゃない。それで、服はどうするの?」
景山先輩の言う通りだとは思う。
変にシリアスな雰囲気を作られたら、緊張するし、その緊張に耐えられなくていらないことばかり言ってしまいそうだ。
「脱ぐの恥ずかしいんだけど」
私は立ち上がって、景山先輩を見る。
「一緒にお風呂入った仲でしょ。裸なんて今さらじゃん」
「それ、小学生のときだよね。今、もう少し成長してるんだけど」
「おー! じゃあ、成長を確かめよう」
景山先輩が楽しそうに言って、にこりと笑う。
今からすることは成長を確かめるためにすることではないし、確かめてほしいわけでもない。
「ふざけるならしない」
「ふざけてほしくないなら、早く決めたら? 決めないなら私が決めるけど」
「……景山先輩が脱ぐなら脱ぐ」
どちらでもかまわないと思う。
服を脱ぐか脱がないかで変わるのは恥ずかしさの度合いで、どちらを選んでも恥ずかしいという思いは消えないはずだ。だったら、景山先輩が決めればいい。自分で決めたら、あのときこう言えば良かっただとか、こうすれば良かっただとか後悔してしまいそうな気がする。でも、景山先輩が選んだことに従えば、なにが起こっても、どんな気持ちになっても、全部景山先輩のせいにできる。
「じゃあ、制服だけ脱ごうか。シワになるし」
「上も下も?」
「うん。上も下も」
景山先輩の声に従って、セーラー服のスカーフを外して立ち上がる。そして、セーラー服の脇にあるファスナーを下げようとしたところで、景山先輩が言った。
「多香美、カーテン閉めてから脱ぎなよ。レースだけだと見える」
「あ、うん」
言われて初めてカーテンを閉めていないことに気がついて、しっかりと閉める。セーラー服とスカートを脱いでハンガーにかけ、景山先輩を見ると、彼女も制服を脱いでいて勝手にハンガーにかけていた。
「電気はどうする?」
景山先輩の問いかけに「まかせる」と答えると、電気が消される。と言っても、カーテン越しに光が入ってきているから、景山先輩の表情がわかるくらい明るい。
電気を消さないよりはいいけれど、早く日が落ちてもう少し暗くなってくれたらいいのにと思う。これからすることは悪いことではないが、良いことでもないから明るいよりは暗いほうがいい。でも、明るいからと言って今さらやめるつもりもない。
「多香美、こっちきて」
呼ばれてベッドへ行く。
外から入り込んでくる光で、下着だけになった景山先輩が見える。
私が成長したように彼女も成長しているとわかるけれど、少し恥ずかしいくらいでドキドキしたりしていない。緊張はしていないわけではないが、逃げ出すほどではなくて深呼吸するだけで落ち着くことができる。相手が草野先輩だったら、心臓の音が速くなったり、もっと緊張して体が硬くなったりするのだろうか。
私は小さく息を吐く。
一生知ることができないことを考えても仕方がない。
無駄なことだ。
これからはすることは気を紛らわせて、時間を潰すためだけのものなのだから、草野先輩のことは頭から追い出したほうがいい。
私はポニーテールを解いて、ベッドへ横になる。
これからなにをするのかも、手順も大雑把に把握はしている。漫画やドラマが参考書代わりだから詳細まではわからないけれど、これから知ることになるからいいだろうと思う。
景山先輩が私に覆い被さり、首筋に生暖かいものが触れる。それは考えるまでもなく唇で、笑い出すほどではないけれど触れている部分がくすぐったい。
唇が離れて、またくっつく。
何度かそういうことが繰り返されて、湿ったものが鎖骨のあたりから首筋を這う。唇とは明らかに違うそれはきっと舌で、柔らかいくせに少しだけ硬さがある。
唇が顎の下に触れて、小さな音を立てて何度がくっついてくる。耳の下に舌が押しつけられると、自分のものではない熱が私に溶け込もうとしてきて、思わず景山先輩の肩を押した。
「どんな感じ?」
明るくはないけれど、暗くもない声で景山先輩が問いかけてくる。
「どんなって……。気持ち良くはない。なんか変な感じがする」
「まあ、そうだろうね」
「気持ち良くなるものじゃないの?」
「気持ち良くなるものではあるけど、誰でも最初から気持ちがいいわけじゃないと思うよ」
「そんなもの?」
「そんなもの」
そう言うと、景山先輩が私の肩に齧りついてきて腰骨の上に手を置いた。指先がゆっくりと脇腹を撫で上げる。
「こういうところは?」
景山先輩に問いかけられて、私は即答する。
「くすぐったい」
ふうん、という声が聞こえて、今度は唇が肩から鎖骨、首筋を這う。ときどき湿ったものが押しつけられて、神経がそこに集まる。耳たぶに歯が立てられると、吹きかかる息とちょこんと触れる舌先に耐えられなくなる。
「そこ、無理。くすぐったい」
景山先輩の背中を叩くと、顔が離れて声が聞こえてくる。
「くすぐったいところ、慣れたら気持ち良くなるところだから」
「適当に言ってるでしょ」
「ほんとだって。慣れるまで舐めてあげようか?」
しなくていい。
と、口にすることはできなかった。
耳たぶから、耳の中に舌先が入ってきてごそごそと動く。耳の輪郭を辿るように舐められて、勝手に背中に力が入る。気持ちがいいわけではないけれど、変だ。くすぐったさとは違う感覚が耳の端から伝わってきて、景山先輩の頭を押し離した。
「もっとする?」
くすくすと笑いながら景山先輩が言う。
「耳はくすぐったいだけだから、もういい」
本当のことは言いたくなくて嘘をつく。
唇はもう離れているのに耳は熱いままで、あのまま続けられたらどうなるかわからない。
「じゃあ、ちょっと背中浮かして」
言われたとおりに背中を浮かせると、ブラのホックが外され、そのまま脱がされる。
恥ずかしさが増して、なにも見えなくなるくらい暗くなってくれたらと思うけれど、まだそこまで暗くはならないし、景山先輩は手を止めない。
薄明かりの中、露わになった胸に手が這う。
優しく動く手が景山先輩らしくない。まるで大切なものに触れるみたいに胸を撫でて、緩やかに指を動かしてくる。そして、彼女の手に応えるように私の体の一部が変わっていく。自分で確かめなくてもわかる変化に景山先輩の肩を押すけれど、彼女の指は胸の中心に吸い付くようにくっついていて柔らかく動き続けている。
「……なんか、めちゃくちゃ慣れてない?」
なるべく普段通りの声をだして尋ねる。
「慣れてる相手のほうがお得だよ?」
「最低な感じしかしないんだけど」
「そう?」
「そうだよ」
強く答えると、景山先輩が胸に唇をくっつけてきた。一番触れてほしくない部分に舌先が触れて、肩がびくりと震える。景山先輩の手が胸の下を這い、くすぐったかったはずの脇腹を撫でられる。
感覚がさっきとは違う。
私の意思とは関係なく、体が景山先輩から逃げようとする。
でも、上手く逃げることができない。
脇腹を撫でていた手は、いつの間にかお臍の下にある。
下着に指先が触れて、中へゆっくりと入ってくる。
「待って」
手首を捕まえると、景山先輩が「待たない」と言って私の首を甘噛みした。柔らかく立てられる歯が気持ち良くて、手首を掴んだ手から力が抜ける。するりと手が下着の中に入ってきて、人に触らせるようなところではない部分に触れた。
「なんだかんだ言いながら、それなりに気持ち良かったみたいだね」
景山先輩がむかつくことを言ってから、指を動かす。
事実ではあるけれど、それほど反応はしていないはずだと思う。でも、それほどでも、たくさんでも、反応していたことには変わりがなくて、景山先輩にそれを知られたことに恥ずかしさを感じる。
「大丈夫。誰でも同じようになるんだから、気にしなくていいよ」
ときどき、彼女はエスパーみたいなことを言う。
今も私の心の中を覗いたみたいに言うから、面白くない。それにそういうことをわざわざ言われると、恥ずかしさが増すから言われたくない。
景山先輩の口にガムテープでも貼っておけば良かった。
心の底からそう思う。
「ちゃんと気持ち良くしてあげるから」
また景山先輩が余計なことを言って、私の耳を舐めた。
下着の中の手はゆるゆると動き続けていて、体の奥のほうが熱くなっていく。
漫画やドラマだと、知りたいことは布団やシーツで隠された中で行われていて想像で補うしかなかった。でも、今ならそこでどんなことが起こっていたのかわかる。
漫画やドラマほどキラキラしていないし、ふわふわもしていない。もっと生々しくて相手を選ぶべき行為だと思うけれど、景山先輩を選んだことは後悔していない。こういうことを草野先輩とできるとは思えないし、するようなことがあったら恥ずかしくて死んでしまいそうだと思う。
だから、景山先輩くらいが丁度いい。
「多香美、静かだね」
耳元で囁く声がくすぐったい。
押しつけられる指先が今までにない感覚を引き寄せてくる。
自分のそこがどうなっているかは、確かめなくてもわかる。体にべたべたとしたものがまとわりついていて、気持ちが悪くて気持ちがいい。ぬるま湯に浸かり続けているみたいに頭がぼんやりする。
今、ここにいるのが草野先輩だったら。
亜利沙ちゃんだったら。
恥ずかしくて死んでしまうだろうけれど、考えずにはいられない。私は視界から景山先輩を追い出すように、目をぎゅっと閉じる。でも、景山先輩はその存在を私に焼きつけるように、手を動かし、囁いてくる。
「ねえ、多香美。余計なことは考えないほうがいいよ」
ほんとうに景山先輩はウザい。
どんなときでも、すごく、ウザい。
それなのに気持ちがいい。
初めて私に触った指先が知識でしかなかったことを私に教え、体に刻み込んでいく。
首筋に歯が立てられる。
唇が、肩や、腕や、鎖骨に触れる。
歯や唇が当たるたび、体に力が入る。
下着の中にある指が強く押し当てられて、景山先輩に聞かせてはいけない声がでそうになる。
唇を噛んで声を殺して、喉の奥からでてこないように飲み込んで閉じ込めておく。でも、声を飲み込めば飲み込むほど体の芯が熱くなって、体の表面も、吐く息も、熱を持つ。
自分と景山先輩が別の人間だとわかっているのに同化しているような気がしてくる。触れている手が動くたび、どろどろと溶けそうな体から溜まっていた熱が流れ出していく。それは自分の意思で止めることはできなくて、景山先輩を酷く汚していることがわかる。
不規則になっていた呼吸が、整えられないほど乱れる。
景山先輩の背中に腕を回す。
苦しくて、なにも考えられなくなって、思いっきり引き寄せて抱きつくと、すぐに体に力が入らなくなった。
「どうだった?」
耳元で声が聞こえる。
私は自分から引き寄せた景山先輩を押し離して、荒くなっていた呼吸を整える。
「まあまあ」
短く答えてから、景山先輩を見ないようにタオルケットにくるまってうつ伏せになる。
「じゃあ、次はもっと気持ち良くしてあげるね」
「またするつもりなの?」
「せっかくだし、慣れるまでしようよ」
明るい声が聞こえてきて、私はうつ伏せになったままため息をつく。
「……なんで里穂じゃなくて私なの? 里穂に対する好きって、こういうことしたい好きなんでしょ」
「まあね」
この前聞いたときは誤魔化されてしまった質問の答えが返ってくる。
「じゃあ、里穂とすればいい」
「里穂は私を好きじゃないから」
景山先輩がやけに優しい声で言った。
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