第2話
今は
素行があまり良くないけれど、その素行の悪さも魅力の一つだと思わせるほど整った顔をしている
私はため息を一つついてから、玄関のドアを開ける。
外で彼女の話はしたくない。
「入って」
「おじゃましまーす」
景山先輩の馬鹿みたいに明るい声が響く。でも、両親が帰ってきている時間ではないから、家の中から「いらっしゃい」という声は聞こえない。
「多香美の家、久しぶりに入った」
景山先輩がしみじみと言って靴を脱ぐ。
そして、私の部屋がある二階へ行こうとした。
「中に入ったし、もういいでしょ。ミッション完了。バイバイ」
私は階段に足をかけた彼女の腕を引っ張る。
「ちょ、ちょっと。勝手にミッション完了しないでよ。まだ部屋に入ってないじゃん」
「家の中には入れた」
「じゃあ、ここで亜利沙の話しようか」
景山先輩が作りものの笑顔を私に向ける。
「草野先輩のことなら話すことない」
「えー、私はあるけど」
「景山先輩にあっても私にはないから」
「告白しないの、とか、それとももうした、とか聞きたいじゃん」
ああ、もう面倒くさい。
どうして景山先輩は扱いにくいのか。
何を言っても自分のペースを乱さないし、目的を達成するまで諦めてくれない。しかも、自分のペースに他人を巻き込むためなら、わざわざ人が嫌がるようなことを言ってくることがある。
年下の子どもたちが泣いても喚いても怒ったりしないし、根気強く話を聞いてくれる。勉強だって教えてくれたりするけれど、そんな良い思い出を帳消しにしたくなるような煩わしさが彼女にはある。
「部屋入っていいから、階段上がって」
「そうそう。素直な子はかわいいよ」
「ウザいから黙ってて」
私は、階段の前で止まっている景山先輩の背中を押す。
「私、黙ってると死ぬから」
木の葉のように軽い声で言って、景山先輩がトン、トン、トンとリズミカルに階段を上っていく。私はその背中を追いかける。当然、彼女のほうが先に私の部屋の前へ行くことになり、幼馴染みの特権とばかりに私の部屋のドアを自分の部屋みたいに開けた。
「クーラーつけるよ」
いいよという前に景山先輩がクーラーの電源を入れて、床に座る。私は小さなテーブルを挟んで向かい側に腰を下ろした。
「さて、亜利沙の話だけど。――多香美、亜利沙のこと好きだよね?」
玄関の前で聞いた言葉が再度紡がれる。
「好きだけど」
一度聞いた言葉だから、返答に詰まることはない。
挨拶をするくらい普通に。
なんでもないことのように口を動かすことができた。
「告白は?」
「そういう好きじゃない」
「じゃあ、どういう好き?」
「憧れてるだけ」
そう、憧れているだけだ。
誰にも言えず、一人で抱えているには大きすぎる感情はもうない。草野先輩が私を恋愛対象として見ることはないし、本人からそう聞いた。私は幼馴染みの一人で、それ以上にはなれない。そういう可能性があるのは私ではない。
全部わかっているし、気持ちの整理はつけた。
告白は失敗に終わっていて、もう思い出の一つになっている。
でも、それを景山先輩に言う必要はない。
「へえー、憧れかあ」
景山先輩が、ふむふむ、と偉い人がするように顎に手をあてる。それから一呼吸置くと、床を這うようにして私の隣にやってきて「ほんとに?」と聞いてきた。私は「本当に」と返す。すると、手が伸びてきて、少し高い位置で髪をまとめているゴムを奪われた。
ポニーテールが崩れて、髪が肩にかかる。
適温にはまだ遠い部屋がさらに暑く感じる。
「ちょっと、勝手に髪ほどかないでよ」
私は景山先輩の腕を引っ張ってゴムを奪い返そうとする。でも、ゴムは彼女のスカートのポケットにしまわれてしまう。
「髪、長くなったね」
「そりゃあ、生きてるからね。伸びてほしくなくても勝手に伸びる」
ポケットの中にあるゴムは諦めて、私は彼女から少し離れる。
「伸ばしてるわけじゃないんだ?」
「これ以上は伸びなくていい。で、話は終わった?」
「まだ。最近、亜利沙と会った?」
終わらせたい話は、子どもっぽい笑みを浮かべた景山先輩によって元に戻されてしまう。来年大学生になると言われるよりも、高校生になると言われたほうがしっくりとくる童顔な彼女らしい笑顔は、私の神経を逆なでする。
「
私は、景山先輩が妹のようにかわいがっている幼馴染み――
彼女は、三人で形成されていた幼馴染みの間に引っ越しによって途中から入った私よりも、ずっと二人の先輩からかわいがられている。羨ましいわけではないけれど、私を除いた三人の幼馴染みたちの関係は朝日を反射する海よりも眩しく感じる。私には、同じ深度で彼女たちと付き合うことはできない。
「多香美は会ってないの?」
景山先輩の明るい声が鼓膜に響く。
「会ってない」
私は突っぱねるように言って、膝を抱えた。
「会おうと思わないの?」
「思わない」
「じゃあ、私と会おうか」
「会ってるじゃん、今」
「今もこれからも」
そう言うと、景山先輩が膝を抱える私の手を掴んだ。
「なに?」
「体育座りやめてくれない?」
握力がなさそうな顔をしているくせに、骨が折れそうな力で手を掴んでくる。どこにそんな力があるのかわからないが、このままだと本当に骨がぽっきりと折れてしまいそうで、私は大人しく景山先輩の言葉に従った。
「これでいい?」
問いかけると、手が離される。
「ありがとう」
わかりやすい作り笑顔を貼り付けて、彼女が私を見る。
嫌な予感がする。
私は立ち上がろうとするが、景山先輩に肩を掴まれて押される。それも全体重をかけているとわかるほど思いっきりだ。身長は私のほうが高いけれど数センチの差で、この状況を覆すほどの差ではない。このままでは押し倒されてしまうから、私は床につけた両手に力を入れて自分の体を支える。
「ねえ、押し倒そうとする意志を感じるんだけど」
力を緩めない景山先輩に尋ねてみる。
「正解。押し倒そうとしてる」
私はなんとか体を支えている左手を床の上から持ち上げて、くだらないことを口にした景山先輩の脇腹をくすぐる。制服の上からこちょこちょと手を動かすと、すぐに景山先輩がげらげらと笑い出して私から離れた。
「ちょっと、多香美。それ反則」
私は彼女から距離を取るためにベッドの上に逃げてから、問いかける。
「押し倒してなにがしたかったわけ?」
「えっちなこと」
景山先輩が最低なことを最高な笑顔で言った。
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