20. 故意は桃色
翌朝、沿島が正門をくぐろうとしたところに、背後から明るい声がかかった。
「おはよう、創くん」
振り向くとそこには笑顔の前島が立っている。
「先輩! おはようございます」
「今日、一限から? 大変だね。頑張ってるなあ、学部生」
そう言って彼は励ますように沿島の背を叩いた。安心感のある大きな手だ。その朗らかさにつられて沿島もつい笑顔になる。ふたりがたわいもない話をしていると、そこに慌ただしい靴音が近づいてきた。派手な色の髪を振り乱した短いスカート姿。麗美だ。彼女は泣き出しそうな目をしてふたりに言った。
「お姉が帰ってこない……!」
「帰ってこない?」
前島の顔に緊迫感がにじむ。まずいな、という彼のつぶやきを沿島は聞き逃さなかった。
「まずいって、どういうことですか、先輩?」
「瑛美ちゃんがいる場所……ひとつ、心当たりがあるんだ。だけど……」
麗美が青ざめる。
「そ……それっ、どこですか、行かなきゃ、行かなきゃお姉が!」
「落ち着いて、麗美ちゃん。まだそうと決まったわけじゃない」
「いいから教えて」
その声はほとんど絶叫に近かった。
「お姉が、お姉が帰ってこないって、ママはでも全然心配してない、大学生なんだから友達の家に泊まることぐらいあるでしょって、あたしだってよく友達の家泊まったりしたりするから、だからママは心配してなくて、でも絶対友達の家なんかじゃない、変なシューキョーのとこにいんの、絶対……だって……だってお姉は……前までお姉は、ださいけど、でも、きもくなかった……!」
前島はひたいに手を当て、しばし何かを考え込むような表情で黙っていたが、やがて「そうだよな」と小さな声を漏らした。
「わかった、それじゃあ明日にでもそこに——」
「なんで!? 今日でいいでしょ!?」
「悪いけど今日は俺だめなんだ。君だけで行くっていうのはさすがに……危ないよ」
「でもそしたらお姉は危ないとこにずっといることになっちゃうんじゃん!」
そうは言ってもなあ、と困り顔の前島に、「僕が一緒に行きます」と沿島は言う。
「お願いします、先輩。その場所を教えてください」
「創くん……」
前島は深く息を吐き、それから「金鏡会の本部だ」と言った。
「そこで祈りの儀式が行われているんだ。深夜、月の出ているときに」
重々しい口調。沿島は無意識に居ずまいを正す。
「金鏡会の本部……それって、どこにあるんです……?」
「インターネット上にいくつもある、儀式に参加したという信徒の撮った写真。これを総合するに、本部は——」
前島はスマホの画面を麗美たちに見せた。
「——
映っていたのはなんの変哲もないこじんまりとしたビルだった。しかしながら沿島には、それが何やらただならぬ雰囲気を醸し出しているように感じられた。
それから三人は人文学部棟の空き教室に移動し、今夜そのビルに乗り込むための計画を練ることにした。必然的に今日の授業はすべて自主休講する形になった沿島の頭に、そういえば三限はハクタク先生の授業だったなという思いが一瞬だけよぎったが、それよりも岡宮姉妹を助けるほうが先決だ、とすぐに忘れてしまった。
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