その5 音楽室の怪異

「わー、ピアノおっきいー。譜面台もちゃんとあるのね」

 きょろきょろし始めた薫子を、良寛は苦笑いで見ていた。

「薫子は本当に音楽が好きだね」

「ええ!特にピアノなんて大好きよ。拓海の所でよく聞いてるわ」

「そうか。じゃあぴったりだ」

 良寛は、壁の高い位置にある作曲家達の肖像画を指差す。

「あそこにあるショパンの肖像画の目が動くんだ」

「へー」

 薫子はじっと肖像画を見つめる。

 しかし、音楽室の怪異は扉の前から動こうとしなかった。

『お、おい音楽室の怪異、どうしたんだ!』

『ダメだぁ……私もきっと、地味とか言われるんだぁ……』

 がたがた震える音楽室の怪異を、他の怪異達が必死に励ます。

『大丈夫だ!お前ならやれる!行くんだ、音楽室の怪異!』

『うう……みんなぁ……』

 恐る恐る、ショパンの右目を小さく動かす。

 すると、薫子の顔がぱあっと明るくなった。

「良寛、動いた、動いたよ!」

「うんうん、動いたね」

 良寛は机に肘をついていた。

 はしゃぐ薫子はピアノの隣の棚にマイクを見つけると、教卓に上りながらそれを肖像画へ向かって伸ばした。

「こんばんは!私、あなたの大ファンなんです!インタビューいいですか!」

『えっ、ええっ?!』

 ついまばたきをしてしまった怪異に、薫子は一層マイクを伸ばす。

「えっと、えっと……まず、心臓と身体が別々に埋葬されてるそうですが、そこんとこ本人的にはどうなんですか!」

『へぇ?!』

 答えようがない。だって怪異は、ショパンではないのだから。

「彼女さんのことはどう思ってたの?!一番好きな自分の曲って?!っていうかボロネーゼ好きなの?!私も好きよボロネーゼ!今日のお昼も食べたわ!インスタントだけど!」

 いつの間にか、マイクはぐりぐりと怪異の頬に押し付けられている。

「ボロネーゼじゃないよポロネーズだよ薫子。――あーあ、ほら」

 薫子が落ちないように支えながら、良寛はため息をつく。

「泣いちゃったじゃないか、ショパンさん」

『うぐ……えぐ……』

「気の小さい人なんだからいじめちゃだめだよ。行こう?」

 口をすぼませる薫子の手を引いて、良寛は音楽室を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る