その6 女子トイレの怪異

「よーし、もうちょっとね良寛」

 3階の女子トイレの前で、良寛はぴたりと立ち止まった。

「どうしたの?」

「……行きたくない」

 むすっと目をそらすその姿に、怪異達は心配になった。

 魂を喰らうことができるのは、子どもが全ての怪異を体験して校舎から出る時だ。こんな所え諦められてしまったら、いよいよ飢え死にするしかなくなくなってしまう。

「もー、なんでよ!ここまで来ておいて」

「だって女子トイレだよ?!入ったりしたら絶対太一達に笑われる」

「私達しかいないんだから大丈夫よ!」

「やだ!」

 怪異達は本格的におろおろし始める。

『お、おいどうする……?』

『いっそ男子トイレに……』

「もうっ!」

 薫子が、だんっ、と足を鳴らした。

「笑われるなんて、お友達だけじゃないじゃない!拓海にだっていわれてたでしょ、お使いくらい頑張ってほしいって!4年生にもなってそんなことでいいの?!」

「うぅ……」

『ああ、なるほど』

 教室の怪異が呟く。

『どうした、教室の怪異?』

『この子がここへ来たの……臆病な自分を変えるためだったのか』

 歯を食いしばる、10歳そこそこの少年。きっと本当は怖がりで泣き虫なのだろう。

『……頑張れ』

『そうだ、行くんだ少年!』

 いつの間にか、怪異達は良寛を応援していた。

「……分かったよ」

 届いたはずなどないのに、少年は渋々女子トイレへ入っていく。

「で、どうするの?」

「奥から3番目のトイレの扉を外側から引いて、閉まった扉を3回ノックするんだ。その後『花子さん、私はここよ』って言うと返事が聞こえるから、扉から手を離すと女の子がいる」

「よし、行きなさい」

 女子トイレの怪異は、誠意を持って個室に入った。

「花子さん、私はここよ」

『はぁ~い』

 なるべく可愛らしく、なるべく恐ろしく意識したその声を聞いて、良寛はさっと踵を返した。

「はい聞いた!はい終わり!帰ろう薫子!」

『ええ~』

 もうちょっと、何かこうもうちょっといい展開を期待していた怪異達は、悲しく彼らを見送った。

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