指切地蔵 終
市内における通り魔事件は終息に向かうことになるだろう。
事件の影響を受けた男が模倣犯罪を起こそうとして逮捕され、それと同時に通り魔の事件も止まったため、なんとなくその男の余罪ではないか、という空気が醸成されつつあるからだ。
それでいいのかと思わなくもないが、まあ人間というのはわかりやすい安心材料に飛びついて些事には目をやらないものだ。
『国家権力を濫用して冤罪を着せるほどに家人どもも堕ちてはいないはずだが、信ずるには及ばず。一市民の務めとして公権力の監視に精勤せねばならないな』
悠馬さんのとこの一族もなかなか複雑だ。
当代千丈院千景の関東の事務所には、後日税務署の調査が入ったそうだが、まあ、それは俺とは関係ない。結城一族なら釘を刺す代わりにやりかねないが。
『要、協力感謝する』
その後、悠馬さんより活きたタラバガニが大量に届き、うちと『本家』の食卓を豪勢に彩った。
『指切地蔵』の噂は実物がなくなったことであっという間に市内から消滅したが、『三真坂の森自然公園の怪光』なる噂が代わって蔓延しつつあるようだ。
あと、朗報が1つ。
樹を駅まで送る途中、なんだかいい雰囲気になったと勘違いしたのか、強引に樹の手を握ろうとして現行犯でお縄に――これは冗談だが――樹の信頼を一気に失ったようだ。慕情を寄せる先輩がいるのに、樹に手を出そうとした罰だ。
樹に害を及ぼす脅威は、何もかもが消えて失せた。
これで俺も、今までと変わらぬ生活へ戻れるはずだったのだが――
「やあやあ、要。元気かい? 私の忠告は役に立っただろう? ところで、私に何か隠していることはないかな? ああ、私に嘘をついても無駄なのは、理解しているよね? 要ならきっと、自分から、私を納得させられる言葉を聞かせてくれるはずだ。そうだよね?」
お前は古女房か、と突っ込みたくなる設楽からの電話や、
『要さん、私、今でも要さんの偽彼女のつもりです! いつでも呼び出してください! どこにでも駆けつけますし、何でも言う事聞きます! 要さんのいいなりです!』
理解に苦しむ狂気の横溢、篠塚雪の対応に手を焼いている。
「佐野君、あんなエッチな人だとは思わなかったんだよ……」
行きつけのファミレスのテーブル席。カフェラテをストローで飲みながら沈んだ声で樹は呟いた。
市内の通り魔事件は終息間近とはいえ『本家』ではまだ輪番での樹の送迎は続いていて、樹に乞われての帰宅前の一服。
手を繋ごうとしたらエッチとは、叔母さんも樹を健全に育てたものだ。
元気のない樹を見たくはないが、ほっと胸を撫で下ろしたのも本心ではある。
まあ、樹ならもっと相応しい男といずれ巡り合えるはずだ。
『本家』もそろそろ、樹の結婚相手候補を見繕いだす頃合いだろうし。
「あ、でもね、要にい! 最近、スゴイ縁結びのおまじないがあるみたいだって噂を聞いたんだよ! ウンメーの人と出会えるんだって! すごいね!」
ぱっと顔を上げた樹は、大輪の向日葵のごとき眩しい笑顔で、とんでもないことを言い出した。
「面倒くさいから、そういうのに手を出すんじゃない! もう関わらないと俺と約束――指切だ!」
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