第5話
梅雨が明けるか明けないか、空気が暑くなってきた頃。事は起きた。
「ねぇ、かずはちゃんってホントに何も聞こえないのかな」
4月に聞いた時止めておけばよかった。あいつらだ。名前を呼んで丸めた紙を一葉に向かって投げ出した。イマドキ誰もやらなそうな手だが、聞こえない彼女は
ごめんね
たまたま飛んでっちゃった
とホワイトボードに書いて見せられたらそう信じるしか無い。だんだんエスカレートして投げるものが変わっていく。紙、消しゴム、筆箱、ボール。
みんなもマズイと思いながら誰も口を出さない。暗黙の了解ってやつか、誰も何も言わなくても、いじめっ子には口を出さないことになってるみたいだった。
だんだん一葉と筆談をする人も減っていった。
七夕の日、たまたま帰り道に彼女に会った。彼女はニコニコして手を振ってくれた。
もうあと1ヶ月切ったね
そうだね
最近楽しい?
うん
心の声を聞かなくても分かる、嘘だ。いつもならこんな質問しなかった。彼女もそろそろ気付いてたはずだ。心が聞こえてたらなら手を振って来た時点で話しかけることも躊躇っただろう。彼女がメモ帳に書いた2文字がホワイトボードと違って消えないのが胸につっかかる。
私は聞こえないからずーっと人の顔色伺ってるんだ
そうするとね
言葉はわからなくてもなんとなく分かるの
たぶん普通にしゃべる人よりも
そっか
聡介くんっていつも誰とも目合わせてないよね
どうして?なんか不安にならない?
無意識かな
私の目見て
何考えてるかわかる?
わかんない
彼女は微笑んだ。いつもとちょっと違った感じで。
文字だけの情報で人とやりとりするのは怖かった。不思議な感覚だった。例えるなら素手で、なんなら裸でライオンとかと触れ合ってる気分だ。
今、ぼくは一対一でやりとりしてるけど、彼女は違う。自分に向けられる沢山の関心を全て把握できるわけではない。そんな状況考えたこともなかった。
駅に着いて手を振って別れた。
今まで車道側を歩いた自分を心の中で少しだけ褒めた。
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