4話 田中波留は美少女エルフに殺されかけてた
啖呵を切って俺は方向転換をし、ゴブリンに接近する。理由は簡単。殺すためだ。
勿論、無策じゃない。
まず、今まで逃げていた奴が、急に迫ってきたら誰だって動きを止めるだろう。
それはゴブリンだって例外じゃない。
むしろ、知性のあるゴブリンだからこそ、その行動を予測できる。
もしこれが知性のない魔物ならそのまま突進してきそうだけど……。
「そうなるよな! 訳わからんよなぁ! 獲物がいきなり向かってくるなんて、想定できないもんなぁ!」
ゴブリンは動きを止めた後、思考が停止しているのか、次の行動に出られないらしい。
それに所詮、相手は知能指数が低い魔物だ。人間のように柔軟な思考をできるはずがない。
だから俺はゴブリンに一撃を入れることができる――ッ!
その一撃はまさしく渾身のものだったに違いない。ゲームならクリティカルヒット。
通常攻撃の百パーセント以上のダメージが入ってるはずだ。
それはもう見ただけでわかる。
俺が持っていた矢はゴブリンの喉元にガッツリと突き刺さっており、致命傷の何物でもない。放っておいても勝手に死んでくれる。
でも、安堵はしない。まだ敵はいる。すぐそこに。
俺はすぐさまゴブリンから武器を奪い取り、もう一匹の首に一太刀。
手のひらに肉を削ぎ落とすような感触が伝わってきた。正直、気持ち悪い。
その気持ち悪さを堪えて、一度ゴブリンから距離を取る。
後、ゴブリンは三匹+一匹。
俺に矢を放ってきたゴブリンは、どこかに潜んでいるはず。
だから狙い澄まされないよう、動きを止めるようなことはしない。
体はもうだるい。動きたくない。
でも、何だろうか。この気持ちは。決して不快ではない。むしろ、逆……?
これが……殺人に快楽を感じる異常者の感覚? 理解したくはないけども。
「ははっ。どうだ……。獲物に仲間を殺られた気分は……」
普段ならこんなこと、絶対に言わない。気分が高揚しているんだ。
俺は妙に冴えた頭で考える。次の一手を。どれだけ気持ち良くなろうと、冷静さを欠くな。欠いてしまえば負けだ。
少し状況が好転しただけで、一歩間違えれば死にかねない。
俺は慎重にゴブリンの行動を読むことに徹底し、その行動に合わせて刃を振るう。
力はほぼ入れていない。ゴブリンが発生させている運動エネルギーを使っただけ。
それだけでゴブリンの濁った血は宙を舞う。
そしてそのまま、同じように迫ってきていたゴブリンに対して、
「おらぁ――ッ!」
俺は顔面目がけて拳を振り抜いた。
多分、いいパンチが入ったと思う。というか、こっちも痛いな。
昔、動画サイトで木を殴ってへし折る映像を見たことあるけど、よくできるな、あれ。
俺、無理だわ。普通に断念する。
まず、骨が折れるどころか粉砕しそうだ。
そう思ってしまううぐらい、拳が痛い。
だから演技に拍車がかかる。知性ある生き物なら、隙は見逃さない。
俺の拳を痛がる動作を見て、ゴブリンは迫ってくる。
それに、
「――聞こえたぞ!」
俺はバッチリとパキッという音を耳にした。
バカだな。誘われてるとも知らずに、自分の位置を知らせるなんて。
注意散漫。ここは森だぞ。地面には小枝がいくつも落ちてるぞ。
そう思いながら、ゴブリンの攻撃をかわし、武器を投擲した。
――ビンゴ!
投げられた武器は茂みに隠れていたゴブリンに当たる。
そして、
「お前もバカだな。武器を手放したことを好機と思ったんだろうけど、こっちにはこれもあるんだよ!」
俺は足をゴブリンの頭頂部めがけて振り落とした。
それは綺麗な踵落としだったに違いない。
自分で自分を称賛しながら、地面に転がる武器を手にして振り下ろした。
まだ生きてるだろうし、襲いかかられても困るからな。
「お前もだぞ」
素人のパンチ一発でKOしたゴブリンにもトドメを刺した。
「…………」
俺は無言で振り返り、茂みに隠れていたゴブリンに近づく。
念のためにコイツにもトドメを刺しておかないと。仲間を引き連れて、復讐にやってくるかもしれない。
非情だと思われるかもしれないけど、コイツらは害悪な魔物だ。
知性があっても、それは変わらない。
それにコイツらが先に仕掛けてきた。
俺を殺そうとしたんだから、殺されても文句は言えないだろう。
そう思いながら、茂みの中を覗いた。
のだが……。
「……エルフ?」
一体これはどういうことだ? 何でエルフが気絶している?
少し意味がわからず、思考が停止する。
たしかに俺は矢を放ってきたゴブリンの姿は確認していない。
でも、その正体がエルフだったとは……。
幸い、体に傷はないみたい。よかった。
投擲した武器は、どうやら柄の部分が頭に直撃したようだ。
おでこの辺りが赤くなってるから、間違いはない。
しかし。
「……どうしよう」
このまま放っておいた方が得策なのは間違いない。
エルフだろうが何だろうが、俺を殺そうとしたことには変わらないからな。
……一応、体を縛って様子見をするか?
もしかしたら何かそうしなければならない理由があったのかもしれない。
それにこのまま放っておいたら、また命を狙われる危険性がある。
そうなる前に和解しておく必要がある。
楽な人生を歩むには、不安要素は取り除いていかなければならないからな。
「…………」
それにしても、エルフって綺麗だよな。
神秘的というか、何というか。無条件に視線を引き寄せられる。
……おっぱいにじゃないぞ?
おっぱいは言うほど大きくないと思うし、俺の手のひらから少しはみ出てしまうぐらいのサイズだと思う。
だけど、俺はこれぐらいのが一番好みだ。
しかしそれを覆すのが我が愛しの妹、瑠美である。
瑠美は言うまでもなく貧乳で、体の線も細く肉付きが少ない。
それなのに俺は瑠美の全てが好きだ。異常なまでに愛している。
それは瑠美だからだ。それ以外に理由は要らず、彼女もまた俺の視線を釘付けにする。
……おっと、すまない。瑠美のことを思い出すと、どうしても口が達者になってな。
しかしまあ、話は戻してエルフというのは一種の芸術作品と言っても過言じゃないな。
少なくとも現実世界では経験したことがないぐらいに視線が引き込まれてしまう。
それぐらいの魅力が彼女にはあった。
後、普通に見慣れない部分が多いからな。
例えば尖った耳とか。髪色だって見たことない。薄い緑色だけど、金髪寄りな気もする。
まあ、体は縛らせてもらうけどな。
「……縄、無くね?」
今、気づいた。そんなもの、ここにあるはずない。あるのは弓と矢……、後はゴブリンの汚い武器ぐらいか。
……ないなら作るしかないな。幸い、弓には糸状の物が弦として使われてるし。
俺は弦の部分を引き千切り、エルフの手首を縛る。
よし、これでとりあえずは大丈夫だな。
後はエルフさえ目を覚ましてくれればいい。
そう思っていたんだけど……。
「あ、やっと見つけた……って……え?」
……まさかの仲間登場。これは……詰みましたね。
どうやら俺の人生、ここまでらしい。
俺はここで殺される。命を狙ってきたエルフの仲間だし、絶対にまともじゃない。
それに状況が状況だ。手首を縛ったのが裏目に出てしまった。
くそぉ……独りじゃなかったのかよ。
というか、何で言葉通じてんの。さっきの明らかに日本語だったんだけど。
まあ、今から死ぬ俺には関係ないな。
俺は殺されることを覚悟した。
しかし、
「初めて見た、生存者」
「……は?」
「キミ。運、いいね」
殺されるどころかフレンドリーに話しかけてきた。
これ、どういうこと? 全く意味がわからない。
「ははっ、意味がわからないって顔、してるね。でも、それは仕方ないことだよ。この子――サラが助けようとした人、みんな死んじゃうって言われても理解できっこないし。あたしだって訳わかんないもん」
……は?
いや、マジで意味わからん。
もし言ってることが事実ならサラって子、事実上、死を司ってるみたいなもんだぞ。
というか、よくそんな恐ろしいことを言った後に笑っていられるね。
サラの体質もその仲間の神経も全然理解できない。
でも、唯一わかったことがある。
「俺、この子に善意で殺されかけたってことかよ」
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