5話 田中波留は貧乳シスターに癒してもらう

 俺はこのことに対して、怒りを通り越して呆れるしかなかった。

 これが俗に言う余計なことをするなってやつだろう。


 だってそうだろ。例え善意だったとしても、危険な目に遭った以上は加害者であることには変わらない。


 そもそも、他人に危害を加えてしまう体質だってわかっているんだから、助けようとしないでほしい。

 助けようとしなかったら助かる命をかもしれないんだから。


 今回は死者が出なかったからよかったものの、やってることただの殺人だからな。


 だからそれ相応の報いを受けてもらわないといけない。

 野放しにすると、これからも被害者が続出するのが目に見えている。


 まず手始めに土下座で謝ってもらって……。


「って、何してる?」

「いや、怪我してるみたいだから、癒そうと思って」


 そう言う彼女は俺が履いてるズボンの裾を捲り上げて、手をかざした後にこう呟いた。


「【クーラ】」


 すると、その呟きに呼応するかのように、彼女の手のひらは輝き始める。


 これは……回復魔法? 


 でも、聞いたことない呪文だな。

 てっきり『ヒール』って言うのかと思った。これが一番の定番だし。


 まあ、何でもいいか。


「……これで、大丈夫。痛くない?」

「うん、ありがとう。まあ、別に? 初めから痛くなかったけどな」

「強いんだね、キミは。ところで、何をしてるの? こんな森の中で」


 柔らかな笑みを浮かべた後、ふと疑問に思ったんだろう。

 彼女は首を傾げて問うてきた。


 といっても、何と説明すればいいのか。

 これもサラの体質と同じように、話しても理解してもらえないだろう。


 しかし、何も言わないのは逆に怪しまれる。


 ここは……。


「まあそれは追々話すとして……名前、なんて言うの? 俺は田中」


 やっぱり話をすり替えるに限るよね。

 お互い名前も知らないし、この流れだと不自然ではないだろう。


 今、俺が彼女について知ってるのはおっぱいが存在しないってことぐらいだ。


 それはもうまさしく断崖絶壁だと言える。


 あの貧乳で有名な我が愛しの妹である瑠美より無いのだ。多分、歳上なのに。

 まだ中学生の瑠美には成長する可能性は残されてるけど、この人はもう……。


 俺はとても可哀想に思った。


 だけども、まだ可能性があるとしたら、この人は着痩せするタイプなのかもしれない。


 この人が着てる衣服……多分、シスターの仕事着である修道服だと思うんだけど、生地って分厚かったりする?


 もしこの生地が薄かったら、望みは絶たれるが……安心してほしい。

 サラと同様に可愛いのは事実。


 決してずば抜けた可愛さがあるわけじゃないけど、どこか見慣れた感じがあっていい。

 髪色も黒で現実離れしてないのも、原因としてあるのかもしれない。


 まあ、日本語を話してる以上、それだけではない気もするけど。


 ふと、彼女の顔を見るとそれはもう不機嫌そうにしていた。

 俺にジトーッとした視線を向けてくる。


「……変なこと考えてたでしょ」

「……考えてない」

「絶対に考えてた。だって胸見てたもん。バカにしたでしょ」


 ……バカにはしてないよな。事実を言っただけだから。

 でもコンプレックスをイジるのは違うな。

 これからは女性の体をジロジロ見るのはやめよう。


 訴えられたら終わりだ。


「……それで、名前は?」

「露骨な話のすり替え。やっぱり思ってたんだ。……あたしはレギーナ。ただのレギーナ。家名はないの。それで、こっちからも聞きたいんだけど。本当は?」

「……え?」

「だから、本当の名前は何? この世界でタナカは禁句だよ。名乗るだけで天罰が下るの」


 ……マジか。田中は禁句。そうなのか……。


 レギーナと出会ってから理解できないことばかりだけど、嘘は言ってなさそうだな。

 ということはこの世界で田中を名乗るのはやめた方がいいみたいだ。


 となると。


「それなら俺のことは波留と呼んでくれ」

 

 恥ずかしいけど仕方ない。田中と呼ばれるのが当たり前で、下の名前で呼ばれるのはなんかむず痒いんだよな。


 父ちゃんと母ちゃんからは呼ばれてたけど、赤の他人ってなると話が違ってくる。

 だからクレーネさんに波留と呼ばれるの、結構恥ずかしかったんだよね。顔には出さなかったけど。


「ハル……変わった名前だね」


 まあ、日本人の名前は世界的に見ても変わってるからな。今ではキラキラネームがあるぐらいだし。


 俺からしてみれば、サラもレギーナもキラキラネームぐらい聞き覚えのない名前だ。


「聞きたいんだけど、なんでタナカって嘘をついたの?」

「いや別に嘘を言ったわけじゃ……」

「……じゃあ、嘘ってことにしといてあげる。絶対に間違えても自分はタナカだなんて言っちゃダメだからね」

「わかった」


 何一つとして理解できてないけど、一応頷いておく。


 この反応からしてレギーナは、どうやら信じてくれたみたいだけど、やっぱり田中であることは口にしない方がよさそうだな。

 

 どうして田中が禁句なのかは気になるけど、今はそれよりも大事なことがある。


「なあ、レギーナ。お願いしたいことがあるんだけど、いい?」

「お願い?」

「近くの村でも街でもいい。案内してほしいんだ」

「それはいいけど……なんで? 迷子になった?」

「……そんな感じ」


 俺はレギーナの話に合わせた。


 実はこことは違う別の世界からやってきたと言っても信じてもらえないだろうし。話を合わせた方が円滑に進むしな。


 それにしても話のわかるレギーナと出会えてよかった。やっぱり拠点は必要だからな。

 どれだけ危ない道を歩むと決めても、楽な人生を送るには拠点があった方がいい。


 というか、もしかしたらクレーネさんはこうなることがわかってたのかもしれない。

 だから彼女は俺にとって一番安全な場所かつ最短で異世界を攻略できると言っていた。


 まあ、安全ではなかったけどな。


 それで後はあれだ。せっかく異世界にやってきたんだから、やってみたいことがある。

 これは誰だってそうだと思う。


 たとえ、適性がないとわかりきっていても……。


「後さ、さっきの魔法。俺にも使えたりする?」

「うーん、適性次第かな。適性がどの属性にもなかったら、魔法そのものが使えない。けど、そんな人滅多にいないから大丈夫だと思うよ」


 ……ああ、そういう感じ。


 俺、てっきり適性がなくても威力の低い魔法は使えると思ってた。


 だけど、魔法そのものが使えないのか……。

 

「どしたの?」

「魔法使えなかったらどうしようと思って」

「えー、そんなに心配することないよ。キミって子どもっぽいよね。魔法で一喜一憂しているあたり」

「そんなに歳、変わらないと思うけど?」

「あたし、胸はぺったんこだけど十七歳だよ。サラも同い年。キミは?」

「十五……」

「あはっ、やっぱり子どもだ」


 え? 十五歳ってまだ子どもだって笑われる年齢だったの? いやまあたしかに法律的にはまだ未成年で義務教育が終了したばかりの年齢だけども。


 というか、十五と十七。対して変わらんから。たった二年でそこまで差、出ないから。……出ないよな?


 まあ、現代で育った俺と異世界で育った彼女とでは、歩んできた人生が違うわけだから何とも言えないか。


 日本の平均寿命は八十歳とかそこらだけど、異世界での平均寿命はずっと短いだろうし。


 だから俺と彼女とでは、一年というそこまで長くない時間でも、意識の差が出てくるのかもしれない。


「ところでレギーナ。いつサラは目覚めると思う? 早く街か村に案内してほしいんだけど」

「え? もう、起きてるよ?」


 ん? どゆこと? 


 そう思って、サラの方に視線を向けるやいなや、彼女の体がビクッと震えた。


 ……マジ?

 

「……いつから、起きてた?」

「ずっと起きてたよ。何で気絶してるフリなんかしてるんだろうって思ってた」

「趣味悪っ! 怖っ! 死んだフリするセミと一緒じゃん! こんな人放っといて、早く森から出よう!」


 俺はレギーナの手を引いて、人の会話を盗み聞きしていたサラを放って歩き始めた。

 すると、サラは何もなかったかのようにムクリと立ち上がり、俺たちの後ろを無言で着いてくるのだった……。


 

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