Ⅰ 僕に勝てるとでも?-8
美琴の傘を、棗が持ちながら、ポツポツと音を立てる傘の下で--
ってロマンチックすぎんか? 何この青春してる感。日常にこんなイベントあってたまるか!
でもここで取り乱してはいけない。冷静に、その上で男子として女子をエスコートしなければならない。相合傘でエスコートってなんだ……?
「ねえ、秋宮くん」
「ん? どうした?」
「その、秋宮くんの肩、濡れてるよ」
「あぁうん」
「傘、私のほうに寄せなくても大丈夫だよ?」
傘の中に収まるように、いうなれば接近しているよか密着してるとも言える状態でそんなことを可愛く言われたら、並大抵の男子ならぶち壊れるよ。夜中思い出して眠れないやつだ。
「でもこれ美琴の傘だし」
「でも棗くんが持ってくれてるし」
頑固者同士、主張がぶつかり合う。
表面上ではこの2人は学習面でのライバルともいえ、傍から見たら修羅場のようにも見えるのだ。
しかし2人の胸中を知ったら、そんなこともなくなるだろう。熱々というか、甘々というか、2人の心中ではそういう認識であった。
「……じゃあお言葉に甘えて」
ここはこちらが引くことにした。
……と見せかけて--
「--その代わり、もっと身を寄せて」
このネジがぶっ飛んでいる棗だからこそ成し得る、雲雀美琴の打倒。一般の男子高校生なら、まず顔すら合わせられない。
でも棗は余裕そうな表情で、なんなら微笑を浮かべて暖かい目を向けている。
向けられた美琴は--
(え、寄るって……もっと密着するってこと……!? ヤバいヤバい、汗臭くないかな……私の香水匂い強くないかな……?)
色々なことを気にしてしまい、決めかねていた。
「あ、いや、僕に近づきたくはないかもしれないけど、美琴に風邪ひいたらマズイし……」
「優しいのね……」
「いや、別にこれくらい当然だろ」
美琴は驚いたように目を見開いて、そして微笑んだ。
え、天使?
この人、空から舞い降りてきました?
棗は自分でも照れてることがわかったため、瞬時に顔を逸らした。
怪しまれない程度に、慎重に。
「明日はいよいよテストね」
「そうだな」
「秋宮くんはどうせ満点に近い点数を取るのだろうけど」
「まあ、そうだろうな」
「……余裕そうね……ムカつくわ」
ピキっている姿も愛おしい。
あれ、僕って美琴の
なんかもはや崇高してしまいそうなレベルで愛らしく思えてしまう。
「まあでも、美琴の頑張ってる姿見たらさ、思ったんだ。僕も正々堂々、頑張ってみようかなって」
「そうしてくれると助かるわ。倒し甲斐があるから」
そう言って
その表情はまるで棘のある薔薇のようで、棗は思わず魅入ってしまった。
「美琴、そんな顔もするんだな」
「へっ……?」
「いや、見たことない表情だったからさ」
「よく関わるようになったのって、ここ2日よね?」
ぐっ、言われてみれば確かに!
「そうだけど。なんつーか、勝手に美琴のイメージが僕の中であってさ。それを見事に打ち壊された感じ?」
「何それ」
ふふっと、またしても可愛らしげな笑みを浮かべた。
あぁ、僕は美琴の笑顔を見ていたい。
守りたいんだ。
ようやく気づいた。今まで、美琴に対して抱いていた感情の正体がわからなかったが、今ようやくわかったような気がする。
僕は美琴の笑顔が--好きなんだ。
「ねえ、秋宮くん。その……これからも、仲良くしてくれると嬉しい、な」
「--!」
息が止まった。
なるほど、人が誰かと関係を持ちたいと思える気持ちが、わかった気がする。
これが欲しいんだ。
この今の嬉しさのような、喜びのような。
いくつかの感情が入り交じった、言葉にしがたいこの気持ちを大事にしたいから。人は誰かと関わる。
「--喜んで」
「ほんと? 嬉しい」
美琴はクールな人だと思った。
学校では冷静沈着な冷徹の女王だし、今まで関わってきても照れているところ以外は、冷えている人なのだと思った。
けれど、ぶち壊された。
こんなにも表情が豊かで、気持ちを素直に伝えてくれる。綺麗な笑顔。
誰がクールだ。美琴は--野に咲く花のように華やかで、太陽のように温厚な。そんな可愛らしい女の子じゃないか。
「僕は美琴の、その笑顔が好きだな」
「--!」
「ずっと思ってた。美琴は笑顔が良く似合うって」
「〜〜〜〜っ!」
美琴は徐々に顔を朱に染め上げ、白麗な手でその顔を覆い隠した。
照れさせることには成功した。
けれど間違いなく--僕の負けだ。
心臓の鼓動が早まり、高まり。今にも破裂してしまいそうだった。
今はその音をかき消してくれる雨に。
感謝した。
♠♠♠♠♠
「説明してもらおうか」
「いや、だから友達に傘を貸してもらっただけだって」
家に帰ると、頬を膨らました妹が玄関で仁王立ちしていた。
「ほほぉ、紹介するとか言ってた人?」
「そーそー」
「で、なんでこんなに遅れたの?」
「それは……その人を家まで送り届けてたから」
「まさか……2人で1つ傘の下……!?」
「1つ屋根の下みたいな言い方すんな、まあそういうことだけど」
顎が外れるんじゃないかってくらい口を広げて驚いている。ナイスリアクションと言ってる場合ではない。本当に顎が外れそうだ。
棗はそーっと那莉の顎を元に戻して、スリッパを履いた。
「そんな驚くか? ちょっと傷つくぞ」
「だって兄者は、かの有名な眠り王子だぞよ!? ずっと寝こけてる兄者に友達がいること自体が十分驚きだわ」
「でもまあ、たしかに言えてる。その友達も初めて話したの昨日だし」
途端に那莉の視線が冷たくなる。細い目で見られていた。
「それ本当に友達なの? 兄者の勘違いじゃなくて?」
「違うね。あれはもう友達だね」
断固として友達とする棗の姿に、思わず噴き出してしまった那莉は目に涙を浮かべながらリビングへと向かった。
「あ〜馬鹿らし。なんかちっちゃいガキを相手してるみたい」
「あん? 喧嘩売るか? 買うぞ?」
険悪(?)な空気の中、2人は一緒にソファに座って、本日はトランプ大会を開催した。
そんな放課後のひと時を楽しみつつ、今日の帰りのことを思い返していた。
あぁマジで幸せだったかも。
そんなことを、思い返して初めて思うのだった。あの時は気が気ではなかったし、幸せに浸る余裕などなかった。
こうして帰宅して、妹といつも通り過ごして。ようやく気が落ち着いて、正常な思考が可能になった。
恥ずかしさよりも今は--幸せのほうが大きかった。
僕は隣の美少女を全力で照れさせます あやせ。 @_you_0922_
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