Ⅰ 僕に勝てるとでも?-6

「じゃあさ、にいにが彼氏になってよ」


 爆弾発言をぶちかましてきやがって。どこぞの爆弾好きな国家主席じゃないんだから。勘弁してください。


「ごめんなさい」

「え、今の告白にカウントされちゃう?」

「どうだろうね。でも少なくとも僕は告られたって解釈したけどね」

「畜生……初めてをにいににあげちゃったぜ……責任、取ってよね?」

「責任てなんなん」

「ん、付き合うってことよ」

「なんで強制やねん」


 本当に破天荒な野郎だな。

 棗はエセ関西弁でツッコミを入れながら、妹の破天荒な性格に心の中で苦笑した。

 こりゃ妹の彼氏になる奴は心底苦労するだろうな……。

 南無阿弥陀仏……。


「まはでほわたひなはすふにかへひなんはつふれふほへ」

「エビチリを飲み込んでから喋れ。は行で溺れそうだわ」


 はふはふと口の中に入れすぎたエビチリを冷ましながら食べている妹に冷静にツッコミを入れ、自分もエビチリをがっついた。


「は、ほうはふふひ、ほまへほへのぷひんはへた?」

「にいにも人のこと言えないじゃん。まあわざとやってんだろうけどさ」


 えぇなんか冷静ー。那莉さんー? 急に冷めたー?

 

「てかにいに、そんなこと聞いてくるってことは、彼女でもできた?」

「まったく」

「じゃあ好きな人か」

「……いや?」

「間があったね」


 たしかに間はあった。

 でもそれは違う。頭の中に惚れさせたい女が、一瞬だけぎったのだ。決して、僕はアイツのことが好きなのか、と自問していたわけではない。ただただ、恋愛の類の質問であったがために、今日一日関わることも多かった異性の顔がチラついただけだ。

 って、なんか必死に弁明しているみたいになってるけど、マジで違うからね?


「うんー、那莉に打ち明けるべきか……?」

「うん、マジ打ち明けたほうがいいよ」

「お前の意思はマジ関係ない」

「マジ関係ある!」


 なんだかんだ言って、バカにしてきそうだしな。でも、僕がそのことを秘密にした上でバレたら、余計にかっこ悪いし、余計に那莉のからかいの的にされそうだ。

 神様はやはり酷いことを為さる。


「……今度、紹介してやる」


 自分でも何を言っているかはわからなかった。まるで自分の彼女を紹介するかのようなセリフに、思わず自分でビックリしかけた。

 もちろん自分でもわからない言葉が、妹に伝わるはずもなく……


「……え、やっぱり彼女? いや、にいにに限ってそんなことはないよね。芋男だもんね」

「誰が芋男だよ」

「にいに」

「しばくぞ」


 妹の煽り性能が段々と向上してきていることに、近頃焦りと恐怖を抱いている兄です。

 なんか言葉遣いも少しずつ荒くなっていくんです(僕は学校で上品にしすぎて反動でおかしくなっているのではないかと推測している)。

 

「にいにに彼女ができたら天変地異が起こるよ。ゼウスが驚いて間違えて雷降らしちゃう」

「どういう感性をお持ち?」

「いいからいいから、茶化さずに」

「最初に茶化したのは誰だ」

「そんなことどうでもいいの。紹介するってどういうこと?」

「……んぅ、ま、まあ僕の仲良しの友達を紹介しようかな……ってとこ」


 美琴のことを妹に話しただけなのに、どうしてこんなにも動揺してしまうのだろう。

 妹にはこの動揺に気づいてほしくない。

 

「ふーん、まあ早めに紹介してね」

「なんでだよ」

「私が品定めしてあげる」

「僕の友達を査定すんな」


 那莉がニマニマとしながら最後のエビチリを口に運んだ。



♠♠♠♠♠



「秋宮くん、今日も起きているのかしら」

「いや、寝るわ」

「……そう」


 昨晩、妹イチオシのアニメを強制的に見せられて、寝るのが遅くなってしまったため、眠気が尋常ではない。

 馬用の睡眠薬を服用したレベルで眠い。

 支度したら即刻眠りにつこう。


「あ、秋宮くん……」

「ん?」

「そ、その……昨日はありがとう」

「……?」


 昨日……?

 僕何かしたっけ?


「私、夢中になることがよくあって。昨日は秋宮くんのおかげで肩の力を抜くことができたわ」

「ぁ……!」


 急に昨日の美琴の後頭部が思い出された。

 そういえば僕……肩もみしたんだよな……。

 すっかり忘れてた。この尋常ではない眠気のおかげで、綺麗さっぱり忘れていた。

 そのせいか急激にあの時の感覚が鮮明に蘇ってきた。

 手が揉みしだいた肩の感触……仄かに香った爽やかなのに甘い匂い……細くて綺麗な純白のうなじ……そして真紅に染まった耳と、羞恥に耐えかねて発した音のない絶叫。

 思い出させんなよ……!

 気を緩めれば頬が紅潮しそうだった。

 鼻で深呼吸して、心を落ち着かせる。

 僕は羞恥心がない無意識にヒロインたちを惚れさせてしまうハーレムラブコメの主人公だ。

 そう暗示をかけて、無を作る。

 あ、ちなみに昨夜見たアニメもハーレムラブコメです。


「あぁあれか。別にお礼を言われるほどことではないよ」

「……私が助かったと認識したのだから、お礼を述べるかどうかの選択権は私にあるわ」

「さいですね」


 コイツ、また照れてんのか?

 若干下を向いているため、顔がよく見えないが、間があったのといきなり早口になったことからある程度悟った。

 分かりやすくて助かる。

 ていうか、そんなんで大丈夫なのか? 男と会話すらままならないんじゃないか?


「……私も揉んであげようか?」


 --ぐふっっ……!!

 完全に入った。致命傷。一発KO。

 黒髪がさらりと宙を揺蕩たゆたい、僅かに朱が混じった頬が照らされ、茶色いのにどこか宝石のように輝く瞳をこちらに向けて、羞恥で声を震わせながら、上目遣いでそんなことを言われたのだ。

 さすがに死を悟る。

 血が全身を巡りすぎて体温が上昇する。それどころか、血管がプチプチと音を立てているようにも感じる。

 ここで本当に肩を揉まれたら鼻血くらい余裕で垂らせそうだ。貧血で倒れるくらい出せそうだ。


「いや、結構」


 無論、そんな醜態を晒すわけにはいかない。

 美琴を照れさせるということは、常にこちらが優位に立っていないといけないのだ。

 向こうに優位に立たれたら、この美琴照れさせ兼惚れさせ大作戦は達成できないと思ったほうがいいだろう。


「……そう。滅多にない機会を逃したわね」


 そんなチャンスが幾度となく巡ってきたら生きて帰れる気がしない。

 それこそハーレムラブコメの主人公状態だ。

 改めてハーレム主人公に敬意を抱きつつ、机を枕にして眠りについた。

 秒だった。

 あれほどの致命傷を食らってもなお、秒で眠ることができた。

 これが眠り王子の実力だ。

 

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