Ⅰ 僕に勝てるとでも?-5

 オセロでボロ負けした僕はオセロ盤をちゃぶ台返しして、床に黒と白をぶちまけた。

 ええい! やってられるか!

 オセロごときにムキになる兄とは、みたいな目で見てくる妹を無視しつつ、大人しく自分でばらまいたオセロを回収した。


「……敗れた上に、真っ黒になったオセロ盤をひっくり返すとは……ガキだな」

「なんとでも言えぇい!」


 僕は別に兄の威厳を保とうとは思わない。

 というかそもそも、威厳とかそういうのを考えるの面倒くさすぎ。わざわざ上下関係を明確にしなくていいだろ、武家なんか?

 まあ他人は他人だからな。色々な考えがあるもんな。

 自分の中に芽生えた疑念を押さえ込みつつ、オセロを見事に回収して、オセロ盤の収納ケース的なところに収める。


「じゃあ夕飯作るわ」

「はーい」


 夕食は棗が作り、朝食は那莉が作る。

 しっかりと役割を割り振っている。前までは母親が作っていたが、2人暮らしになってからはしっかりと2人で生活のルールを作ったのだ。


「今日の夕飯は何ぞ?」

「ふっふっふ、聞いて驚け。エビチリだ!」

「わーお! 中華だぁ! しかもエビチリとは! 最強すぎる! 最強すぎるぅ!」


 いちいち反応と声のデカい妹も、こういう時は良い。何となく嬉しい。


「ところで棗くん」

「急な名前呼び」

「君、恋はしているかい?」

「はぁ?」


 冷凍庫からエビを取り出しながら、思わず呆けた声が漏れ出た。

 いや突拍子が無さすぎるだろ。

 もっと段階を踏んでだな……。


「いいから。早く答えないと、いるってことにするからね!」

「面倒なやつ!」


 思わずため息が零れそうになるが、幸せを逃がしたくはなかったので踏みとどまった。

 それに妹の前でため息はつきたくない。


「僕にいると思うか? ずっと寝てんだぞ?」

「だから私は心配なのです」

「マミーかお前は」

「That's right」

「ネイティブやめろ」


 まあ色恋沙汰が好きなお年頃か。

 僕は正直、色恋沙汰はどうでもいい。他人の色恋ってやつに興味無いし、自分自身も恋愛感情に疎いため、どうでもいいというよりかは、よくわからないのだ。

 前にも言ったが、美少女センサーが壊れているわけではない。誰かのことを可愛いとか、綺麗とか、タイプだわ、とは思う。内面においても、この人優しいとか、気遣いできるなとか、ちょっと天然だな、とか普通に思うことがある。

 けれどそこから、『。中等部の時に、伊集院いじゅういん希怜きさとに告白したことがあるが、あの時感じていた感情は、好きとは違っていたのだ。

 あれは、憧憬しょうけい

 運動ができて、勉強もできて、何より友達が多くて。勉強は僕のほうができたけど、それ以外はほとんど勝てる要素が見つからないくらい、優秀な人。その人に対して僕が抱いていたのは、単なる憧れであって、ドキドキとするような好意を持っていたわけではなかった。

 それに気づいたのは、クラスにいたカップルを見た時だった。ボディタッチだの、ハグだの、しまいには誰もいないようなところでキスだの。

 僕はそれを、希怜にしたいとは思えなかった。

 その時に気づいた。

 --僕は恋愛感情を抱いたことがない。

 と。


「おぉい? 棗くーん」

「はい」

「あぁ生きてた。立ったまま死んでんのかと思ったよ」

「僕はそんな器用じゃねえよ」


 とりあえず手に持っていたエビを置いて、解凍を待っている間に他の作業を済ませてしまおう。


「僕が恋バナなんてできるわけないだろ? 友達としてこい」

「学校ではクールぶってるじゃん? 私。だから、恋バナとか無理なんすよ」

「じゃあ諦めな」

「にいにぃ〜!」


 駄々をこねる赤子のような妹に軽いチョップを食らわせて大人しくさせ、キッチンから遠ざけたら、ようやく包丁を取り出して調理を開始した。

 近くにいられるとマジで危ないからな。



♠♠♠♠♠



「ででーん」

「うっほー! いい匂いぃ」


 ゴリラ化した妹に微笑み、棗も今日の料理の出来栄えに満足した。ホクホクと立ち上る湯気と、少し刺激のある香りに、ヨダレが垂れそうになる。

 

「おし、じゃあ冷めないうちに食うか」

「おしおし! そうしよう!」

「「いただきます」」


 2人で一緒に手を叩き、いただきますをする。そしてエビチリをついばみ、すぐさま白飯を掻き込む。

 口の中で混ざり合う辛味と旨味。白飯と融合した時の感動は言葉では表せない。


「うんまぁい」

「うめぇな」


 融けた顔で言い放った妹の感嘆の言葉に頷き、もう一度エビチリを口に運ぶ。

 うまい。我ながら、うまいぞ。

 親のいない家で4年も過ごしてきたのだ。自らの料理の上達を感じる日々だった。


「那莉」

「ほいほい」

「お前は彼氏とかいるのか?」

「さっき恋バナしないとか言ってたのはどこの誰だか」

「それはすまん。だけど、気になるじゃん?」


 なるほど、と納得したように頭を振りながら、少し悩んだようにして口を開いた。


「……実は、いない」

「いるみたいな流れで言うな」

「いや、私に彼氏がいないっておかしいと思うの」

「いや、普通だと思うぞ。だって中等部でのお前マジで近寄り難いもん」

「げげげ?」

「マジマジ。いっそのこと家にいる時のテンションでいれば?」

「無理無理。陽キャに殺される」


 偏見すぎるだろ。

 陽キャはそう簡単に人を殺さない。と思う。

 と思う、と付け加えた意図は詮索しないほうがいいぞ?


「なるほど。私が高嶺の花すぎると」

「いや、上品すぎて話しかけづらいんだって」

「つまり高嶺の花ってことでしょ?」

「うん、ちょっと違うね。自分に都合のいい勘違いをしないでほしいな」


 でもまあ、彼女いない歴=年齢の僕に言われたくはないか。

 

「じゃあさ、にいにが彼氏になってよ」


 うわ、やめろよ。そのセリフはヤバいよ。

 僕がラブコメ主人公になっちゃうだろ。

 勘弁してくれよ。

 棗にとって今日は、波乱続きの1日となった。

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