Ⅰ 僕に勝てるとでも?-4

 僕は下校中、羞恥心に襲われていた。

 襲われるのが遅いんだよ。

 どうして肩もみなんてしてしまったんだ!?

 変なテンションに入っていたのか、不可思議な細胞が騒いでしまったのかわからないが、とにかく今更になって『後悔』という名の羞恥心に襲われているのである。

 ただ幸いにもクラスの連中に見られていた様子はなく、噂になって騒がれることはなかったが……。


「はぁ……」


 今度、顔合わせるの恥ずかしすぎだろ。

 それまでになんとか気持ちを切り替えて、澄まし顔で接することができればいいが。少しでも動揺したり、照れてしまえばおしまいだ。

 雲雀美琴という女を侮ってはならない。

 弱みを握ったら、徹底的にその弱みを利用して上手く立ち回るに違いない。なんの立ち回りかって? そりゃ学校の色々だよ。


『ブブ』


 制服のポケットに入れていたスマホが振動する。棗はスマホを手に取り、通知を確認する。ほぼほぼ通知を切っている棗の携帯が鳴ったということは、大体は予想がつく。

 通知センターに表示された通知バーの1つ、LIMEのメッセージ通知だ。

(アイツか……)

 おそるおそる通知バーをタップして、ロックを解除してアプリを開く。

 すると案の定--


『お兄ぃぃちゅわぁん!

 帰ったらご飯にする? お風呂にする?

 そ・れ・と・も♡ オ・セ・ロ?

 あれれ? お兄ちゃんもしかして期待しちゃった?

 あっはぁ、これだから年頃のお兄ちゃんは

 でも実の妹に欲情しちゃダメよ♡

 ※要約すると、早く帰ってきてください』


 頭が痛くなるような文面に本当に頭痛を感じそうになりながらも、なんとか持ち堪え、返信をすることにした。


『妹、鎮静剤を打て。戸棚の2番目に入ってる

 あと、早く帰ろうと思っていたけど、お前元気そうだしちょっとだけ寄り道して帰るわ』


 送信してスマホをポケットにしまいつつ、文の内容とは矛盾するも少しだけ足を早めた。

 すると数秒後、今度は持続的な振動を太腿に感じた。

 『いも』という名前で設定された連絡先から、電話が掛かってきたのである。

 少しだけらしてから、電話に応答する。


『出るのがおそぉい!!』

「へいへいすいません」

『気持ちがこもってなぁい!!』

「あの、先に鎮静剤打ってきなさい」

『あ、2段目見たけどそんなん無かったよ』

「あるだろ? イラ〇ック」

『気持ちおだやかにって書いてあるけど』

「それそれ、飲んどけ」


 とりあえず妹の興奮を抑えるには、世界の進んだ化学技術を用いらせていただく他、手はなかった。

 

『イライラ感とか興奮感の鎮静……私別に問題ないよ? 素でこれだから』

「じゃあ今度お兄ちゃんと一緒に病院に行こうな」

『精神に異常なし! 至って正常!』

「異常しかないと思うが……まあいい、要件は?」

『あ、先程は申し訳ありませんでした。早く帰って来ていただけると嬉しゅうございます兄上』

「……それだけね、切るぞ?」

『待ちなされ兄上ぇぇー!』


『ピッ』


「ふぅ……」


 ラノベにはよくある、ハイテンションで狂っているタイプの妹だ。ただあれは空想の中の人物だからこそ魅力を感じるが、実際に存在するとわずらわしくて仕方ない。

 でもまあなんだかんだ言って僕は妹を甘やかしちゃうし。シスコンなんだろうな……。

 ブラコンを自称している妹は、どうやら中等部ではバッチリ隠しているようで、黎寧の学園内ですれ違う時があるが、その時は至ってエレガントだ。こちらに見向きすらしない。

 ただ中等部での妹は上品すぎる。なんというか、所作が全て丁寧な感じ。そこまでしなくてもいいだろ、と思わなくもない。

 まあそれでいいさ。妹が黎寧で変人扱いされるよりは、気品溢れるお嬢様って感じのほうがまだいい。

 ひとまず、今は帰宅を急ごう。妹に拗ねられるとなかなか面倒だからな。

 棗はバッグを背負い直し、足早に自宅へと向かった。



♠♠♠♠♠



「にいに」

「呼び方をコロコロと変えるな」


 お兄ちゃんからの、兄上、にいに。

 空想の中の人物ならば、今すぐに抱きしめてやりたいくらいに愛おしい行為だが、正直呼称を何度も変えられるとダルい。


「じゃあ何で統一してほしい?」

「兄上」

「わかったぜ、兄貴」

「うん、話聞いてないね」


 いつも通りの妹に安心しつつ、とりあえず玄関で靴を脱ぐ。そしてスリッパを履く。室内ではスリッパを履くのが秋宮流だ。

 まあこの家では妹と2人暮らしだし、今さらそれを継続する必要もないんだけど。なんとなく習慣化されたものは、新しい土地でも続いてしまうというか。まあそれが当たり前だから、辞めなくてもいいわけだ。


「にいに、ところでご飯にするの? お風呂にするの?」

「オセロにする」

「そう来なくっちゃ!」


 もはや誘導尋問とすら思えてきてしまう。

 妹も僕に似て頭はいい。中等部の第3学年では僕と同じく1位をキープしている。もしかしたら僕よりも秀でているかもしれない。

 中学校の頃のテストの点数を比較すると、僅かに妹のほうが高いのだ。まあ2、3点ほどだが。ただ、棗たちにとっての2、3点は大きいのだ。そもそも数問しか落とさない2人にとって、2、3点は1、2問分。十分な差と言える。


「つーか那莉ふゆり、お前らも明後日あさって定期考査あるか?」

「いや、ないけど」

「高等部って多いんかな、やっぱし」

「Don't mind!」

「ネイティブぅー」


 発音良すぎて思わずこちらも英語で返さなければいけないのかと錯覚しかけたわ。

 帰国子女ではないが、妙にネイティブな英語を駆使する妹--秋宮那莉ふゆりは僕に向けてウインクをかますと、早速オセロの準備を始めた。

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