Ⅰ 僕に勝てるとでも?-3
「んーと……どういうこと?」
「いやどういうことも何も、今言った通りだよ。美琴のことを照れさせてる」
宗徳は思わず頭を抱えた。
意味がわからない。さっきまで自分をブスと形容していた野郎が、平然とした顔で「照れさせてるわ」って。おかしすぎるだろ。しかも相手はあの雲雀美琴と来ている。
この男は……無意識のうちに女を引っ掛けているというのか……。
眠り王子が起きたら、無自覚に女を引っ掛ける
「でな、宗徳には言おうと思っていたんだが。僕はどうやら、美琴を惚れさせたいらしい」
「……へ?」
波乱は収まる気配を未だに見せていない。
何やらさっきから爆弾を投下し続けている野蛮な輩がいるのだ。次から次と素っ頓狂な情報が飛び出してきて、正直のところもうやめて頂きたかった。キャパオーバーで倒れそうなのだ。
「ちょっと待ってな……惚れさせたいってのは、そういう惚れさせたい、か?」
「逆にどういうのがあるんだよ」
「そうだよな」
宗徳は自分でもよくわからない質問をしてしまうほどには、冷静さを欠いていた。この男の余裕感のある表情といい、全てにおいて理解出来ていなかった。
人間って、ほんと面白いし、謎だよな。
(いや……人間っつーか、コイツは特にか)
いつも寝ててやる気ないのに学年首席だし、起きたらとんだ王子様だし。ほんと訳分からん奴だ。おそらくそういう遺伝子なのだろう。
「惚れさせたいってことは……お前は好きなのか? 美琴のことが」
「馬鹿か? なわけねえだろ」
「なるほど。そういうタイプな」
「?」
好きという感情に気づいていないタイプね。
で、いつかのタイミングで“あ、好き”ってなるタイプやん。こういう無自覚なやつが1番罪なんだよ。
(まあ、俺の役目はコイツのラブコメを見守ることだな……)
「まあいい、もうそろそろ授業が始まる。悪かったな」
「あ、おう……」
棗は腑に落ていなかったが、撤退を強行した宗徳を引き止めて確認するほど気にはならなかったので、とりあえず落ち着いてクラスに戻ることにした。
教室に入ると意外とギリギリで、準備が間に合いそうになかった。こんなことは棗にとっては日常茶飯事であるがため、全てを諦めて席に着いた。
「……秋宮くん、手持ち無沙汰のようだけど……?」
「うん。宗徳のせい」
「柳沢くんと何か話していたようね」
「うん……まあ色々と」
美琴は小首を傾げているが、深くは追及してこなかった。まあ興味すら持たれていないだけかもしれないが。
「まあ、教科書は私が見せるわ」
「いいよ、僕は寝る。おやすみ」
「させないわ。さっき約束したわよね? 秋宮くんが忘れた時は私が見せるって」
「伏線回収が早すぎる……」
尋常ではない早さだ。
早すぎて、もはや伏線と呼べるのかも怪しいくらいだ。
「でもノートもないし」
「ルーズリーフがあるわ、はい」
ルーズリーフを差し出してくる美琴の顔は真剣そのもので、授業を受けさせようとしてくるその姿は狂気的にすら見えた。その狂気さを際立たせているのは、間違いなく彼女の美貌である。
その迫力に押し負けた棗は、泣く泣くルーズリーフを受け取った。受け取ったからには、授業に受けなければならない。もし寝ようものなら「私が手助けをしておきながら何を寝ているのクソ虫」と、美琴は罵ることができる。
それに脅えながら、睡魔と戦わなければならない授業など、もはや苦行だ。勘弁してほしいものだ。
「キーンコーンカーンコーン」
美琴は涼し気な表情を浮かべ、鐘は無情にも鳴り響き、教師は黒板の前に立ち胸を張る。
そんな授業前の風景を、こんなにも明瞭に捉えたのはいつぶりだろうか。
♠♠♠♠♠
想像通りの苦行を終えた後、棗は思わず机に抱きつくように顔を伏せた。精神的な疲労による睡眠欲が、身体中を
「秋宮くん、次の授業も受けるわよね?」
「寝ます。おやすみなさい」
「起きて真面目に受けなさい」
「なんでだ……僕に勝ちたいんだろ? なら敵に塩を送らなくても……」
「私は正々堂々勝負して、勝ちたいのよ。あなたが中途半端な気持ちだと、こっちまでモヤモヤするの」
美琴のポリシーってやつなのか?
まあ知らないけど、僕は根っからの不真面目なもんで。なんと言われようと、真面目に授業を受けるなどといった愚行、断じてしたくはなかった。
「そりゃ悪かった。僕的にはこんな授業を受けたところで、自分のためにならないと思ってな」
「その余裕が腹立つのよ。絶対にその面を後悔に染めてやる」
「まさか……僕に勝てるとでも?」
煽りにも聴こえるその言葉に歯を食いしばる美琴に、微笑み返した。悦に浸るというわけではないが、正直この上なく気分がいい。
「あなたがどれだけ才能を持っていても、私は努力でそれに打ち勝ってみせるわ」
「そうか。まあ頑張ってよ」
「あなたに言われなくても頑張るわよ」
と言いながら、また机の上に問題集と参考書を広げて、頻りに顔を動かしてはノートに字を書き込んでいった。
勉強熱心なことは、単純に褒めるべきところだ。が、少し熱意が込もりすぎというか。
もう少し肩の力を抜いてもいいと思うんだけど。
あ、いいこと思いついた。
ニヤッと口角を上げながら、棗は席を立った。そしてそのまま、美琴の席の後ろに移動し、
そして--
「……ひぇ……っ!?」
僕は美琴の肩に手を置いて、首筋や
俗に言う肩もみってやつだ。
後ろからの画角だと、どうにも美琴の顔は見えなかったが、それでも照れていると判断するのは容易だった。
後ろからでもよくわかる、耳の赤さのおかげで。
「もっと力抜いて、リラックスしなよ」
「〜〜〜〜!」
声にならない叫び声が響いた。
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