Ⅰ 僕に勝てるとでも?-2

 お互いに内心照れまくったが、幸いお互い気づいていなかった。自分のことに精一杯で、相手の心の機微などわかるはずがない。

 そんなわけで結果としては、お互いの頬筋が疲弊したという最悪なものになった。

 棗はこの無意味な目的が少し馬鹿馬鹿しく思えてきてしまっていた。しかし、自分で決めたことだ。最終的に惚れさせるとまで豪語してしまった(心の中でだけ)。ならば完遂するしかない。なんせ僕は、秋宮棗だから。


「棗ー」

「ん、珍し。お前がうちのクラス来るなんて」


 そう、先程は友人がいないと言っていたが正確には間違いである。唯一の友人が、この柳沢やなぎさわ宗徳そうとくである。

 小学校が一緒だったため、中学受験に共に励んだのだ。その経験が、2人の距離を縮めたのだろう。その後、同じクラスになったことは無いが、時に顔を合わせて交流をしているのだ。

 宗徳は社交的で、クラスだけでなくクラス外の生徒、さらには他学年の生徒とも交流を持つレベルの社交性だが、こうして僕のことも気にかけてくれている。まさに友人のかがみだ。


「いやーちょっとな。お前に尋ねたいことがあってねー」

「ほほぉ、改まってどうした?」

「まあいいや、とりあえず場所変えようか」


 宗徳の奇行に首を傾げつつも、とりあえず従順に背中に着いていくことにした。怪しいといえばたしかに超怪しいが、一応信頼している。変な要件ではないと信じたいが。

 宗徳は東側男子トイレの中まで棗を誘導し、扉を閉めた途端、顔をグイッと近づけてきた。


「お前……まさかとは思うが、あの雲雀美琴と付き合っているわけではあるまいな?」

「……は?」


 思わず出た声は、当然の反応だと思う。

 いやそりゃそうなるだろ。なんでこんな眠り王子とまで言われる不真面目生徒の代表みたいな奴が、超絶優等生の美琴と付き合うことになるんだ?

 まあ美琴が不真面目な奴が好みだと仮定したとしてもだ。僕の顔を見て察せ。こんな陰キャ臭漂うブスと誰が付き合いたいんだよ。


「あ、今、『こんな陰キャ臭漂うブスと誰が付き合いたいんだよ』って思ったでしょ?」

「一言一句たがえていない!? え、声に出てた?」

「棗の考えることは大体わかるよ」

「エスパーじゃん怖」


 こんな怖い友達を持った覚えはない。

 早めに縁を切っておいたほうが身のためだろうか。将来、「ふふふ数珠じゅずとかどう?」とか言って、霊媒的なものを勧めてきそう。偏見だけど。

 

「お前な、言っとくが、イケメンだぞ。ガチで」

「お世辞が1番嫌いだ」

「いや待て、よく考えろ? ブスに『眠り王子』なんてアダ名付かないだろ?」

「いや付くだろ。アダ名なんて大した意図はねえんだよ。いいか? 俺がイケメンだったら、この世界のイケメンの基準が急降下するぞ。世界恐慌起きる」


 自分の顔面を底辺という評価はしていない。『下の上』程度の評価だ。これは長年、秋宮棗という人間として生きてきた経験値が物語っている。

 中等部の頃、僕は自分をイケメンだと勘違いしていた。でも違っていたんだ。身に染みて実感したんだよ。


「女子からは距離を取られるし、僕が告白したらぶっ倒れちゃったし。僕が手助けしても、誰も僕にお礼を言わなかったし……僕が体育祭の……」

「あぁうん、わかった。てか、わかってる。あのな、1つ勘違いしてるけど、『それはお前がイケメンだから』だぞ?」

「宗徳、行き過ぎたお世辞は不快だぞ」

「どこまでこじらせてんだよ……」


 宗徳はなんとしてでも棗の認識を変えさせたかった。

 自分をブスだと思っていたら、自信を持てず、それが原因で人間関係が上手くいかないことが多い。だから認識を改めさせたい。自分は顔面がいいんだと、自覚させてやらないと性格がどんどん根暗になっていって、いつか顔でカバーできないほどの陰キャに成れ果て……。

(あぁ、ガチで有り得る……)


「女子はイケメンすぎると会話すら恥ずかしくて距離を取ってしまうし、言葉すら交わせず、お礼すら言えず終いになっちまうし。お前が告白してぶっ倒れた伊集院いじゅういんも、本当は嬉しすぎて倒れただけだし。未だに後悔してたし。いいか? これを踏まえてもう一度言う。お前はイケメンだ」

「…………」


 たしかに宗徳の話には説得力があった。

 しかし棗の認識がそう簡単に変わることはなかった。中等部の途中、自分がブスだと気づいた時の衝撃は、今も心の中にある。鮮明に思い出せる。

 それほどあの出来事、気づきは僕にとって大きなものだったのだ。


「……なんと言おうと、僕は僕自身で自分をかっこいいと思えない限り、信じることはできない」

「人は普通自分をかっこいいとは思わねえよ」

「ほほお、他人からの評価が全てだと?」

「まあそうだな。客観的に見た自分の姿なんてわからないだろ? だから他人にしかわかりゃしないんだ」


 たしかに一理ある。

 鏡はいつも左右反対に映されるし、光の屈折とかの関係で実際の顔とは異なって見えることが多い。写真なども同様だ。

 しかも所作や仕草などを含めた自分の姿などを、視認できる機会はそうそうない。そのために自分ではわからないのだ。

 だからといって他人の言葉も信用ならない。人は優しいから、お世辞がしっかりと言える。だから、人の言葉を簡単に信じるのは怖いのだ。

 これは僕の価値観だ。他人にどうこう言われたくはない。そもそも筋合いがない。


「……まあ、いいや。今の棗はそれでいいよ」


 今の棗という言葉が、気になってしまい、正常な判断など下せなかった。

 しかしながら、ただ今は触れなくていい。次第に触れさせてくれるだろう、宗徳が。


「ていうか、付き合ってはないけど、照れさせてるわ」

「……は?」


 波乱は終わる気配を見せない。

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