Ⅰ 僕に勝てるとでも?-1

 もうじき、学年考査が行われる。

 正直のところ僕にとっては重大でもなんでもない。どうでもいい、なんて言ってしまったら「ならなんでこの高校に来た」ってド正論が飛んできそうなので辞めておくが、何がともあれ真面目に取り組むつもりは毛頭ない。

 それに自分で言ってしまうのもなんだが、僕は天才だ。

 勉強せずとも、1は余裕で取れてしまうわけだ。


「……今度こそ、負けないから……!」

「へいへい、精々頑張れい」

「……んんぅむ……」


 悔しそうにこちらを見られてもな。

 そう、何を隠そう僕は学年首席の秀才である。否、天才と呼ばれるに値するだろう。

 なんて自画自賛しているとカッコつかないので、このくらいにしておくが。

 中学の頃も1位をキープし続けた。1度もそこから降りたことはない。


「授業中に寝ているあなたが……800点満点とは……」

「そういうお前も、775点だったか?」

「そうよ……!」

「すごいじゃないか。3位はたしか、730くらいだったぞ?」

「ええそうね。もっと言ってちょうだい。悔しすぎてとても頑張れそうだから」


 物事に全力で取り組む人は好きだ。

 性別を問わず。

 まあ何事にも全力で取り組まない僕が何を言ってんだって話だが、まあでもあるだろ? サッカーやったことはないけど、見るのは好きみたいな。お金持ちではないけど、お金持ちは好きみたいな。

 ん? なんか違うか。


「まあ頑張ってくれ。今んとこ僕を倒せそうなのは美琴ぐらいだから」

「そうね……! 頑張らせていただくわ!」


 語気が強いねん。威圧感エグいって。

 まるで闘牛の突進を食らっているみたいだ。まあ僕は闘牛士なので、のらりくらりとかわしてしまうんだけどね。

 美琴は隣の席で参考書と睨めっこしたり、問題集を解いたりしている。

 思ったんだけど……自習室でやれば?


「あのさ……自習室あるの知ってる?」

「知ってるわ。1階以外に設備されてるわね」

「知ってるんですね。ならそちらを利用してはいかがでしょうか?」

「嫌ね。あなたが隣にいるから、悔しさと憎しみを忘れないでいられるの。自習室よりもよっぽど真剣に取り組めるわ」


 ははは、もはや失笑。

 なるほど新しいモチベーションの保ち方ね。自分より優秀なウザイやつの隣でわざわざ勉強することによって、勉強のやる気を持続させていると。

 うん、すごいね。美琴。

 まあ、美琴が真剣に勉強してくれているなら、僕がやることは1つ。

 --寝る。

 最近は美琴のせいで寝れていなかったし(決して美琴のせいではない)、ちょうどいい機会だ。眠気もちょうどいい感じだし。


「…………」

「……秋宮くん、寝たのね」

「…………」

「……秋宮くん、寝るの早いわね」

「…………」

「……秋宮くん、本当に寝たの?」

「うるせぇよ」


 え、なんなの。何がしたいの。

 さすがに僕もそんなに早くは寝れないよ。机に突っ伏してから10秒も経たないうちに声をかけてこないで? さらに10秒間隔くらいで追い打ちをかけてこないで?

 正直そんなことされたら……寝れねえよ。かまちょなの? ねえ、可愛すぎない?


「いつもうるさいのは秋宮くんじゃない」

「だからってな、人の睡眠の邪魔をするな」

「寝ているあなたが悪いのよ」

「あのね、今は朝の時間なの。何をしてもいいの、自由なの。寝させてくれよ」

「そうね、悪かったわ」


 あのプライドの高い雲雀美琴が素直に認めただと!? 更には謝罪まで……。

 美琴は自分に非がない場合は決して謝らない頑固な奴だ。ここ2ヶ月だけでわかるほど、顕著だ。それなのに、こんなしょうもないことで簡単に謝るとは……。

 これだから人間はよくわからない……。

 というか、美琴がよくわからない……。

(まあでも……寝ていい、ってことだもんな。うん、寝させていただきます)


「…………」


 隣からはシャーシャー、とシャーペンが走る音が聴こえる。時にページをめくる音だったり……、消しゴムで消している音だったり……、咳払いをしていたり……。


「すぴぃ……すぴぃ……」



♠♠♠♠♠



「……んん」


 やべ、どれくらい寝てたかな……?

 でも美琴に起こされていないということは、ホームルームは終わってないか。

 って、ん?

 あれ? 気のせいかな?

 なんか美琴さん、僕のことを見ていらっしゃったような気がするのですが。


「……僕のこと、見てた?」

「……ええ、見てたわ」


(は? かわい)

 反則級の言葉に思わず脳が震えた。耳から脳汁が出てきてしまいそうだ。

 もしかしてこの前の僕を真似て言ったのか? だとしたらさらに可愛い。

 口元の筋肉が緩もうとするのを、棗は死ぬ気で堪えて至って平静に真顔を装う。正直、美琴が人の心を読める能力を持っていたら今頃ヤバかっただろう。僕の今の胸中は、それだけ荒れている。


「見てたのか」

「ええ」

「……どうしてだ?」


 やっとのことで問うが、やはりさっきの言葉のせいで通常運転ができていない。

 だがおそらくそれは相手も同じ。美琴よりも先に自分の心を落ち着かせればいいだけだ。

(ふぅ……ふぅ……)

 いや想像で深呼吸してどないすんねん。

 ヤバいヤバい、テンパリすぎだろ脳内。


「……そうね。正直言うと……あなたの寝顔を覗くためよ」

「へぇ? そんな僕のことが気になる?」

「どれだけ間抜けな面を晒しているのかと覗いてみれば、案外綺麗な顔で寝ているものね」


(え、あれ? コイツ案外冷静……? もしかして動揺してんのバレてる……?)

 すました顔でこちらを見ている美琴に、棗は少し心配になってきた。このすぐ顔に出る女が、ここまで隠せるとは思えない。

 てことは、ノーマルモードなのか!?

 美琴はしっかりとした眼差しで、棗の瞳を見つめていた。

 しかしながら……

(…………っ、無理っ……! 真顔無理! ニヤケちゃうって! 頬筋! 頑張れ私の頬筋!)

 正直、胸中は荒れまくっていた。

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