Prorogue テレカクシー-3

「それでは実際にいくつかのテクノロジーをお見せしよう。中学校の勉強の応用みたいなものだな」


 2時間連続で科学技術とは、どうなっているんだ。僕らが科学技術を専門的に学んだとこで、実際に活用するか?

 黎寧学園は優秀な人材の育成だとかで、普通の高校とはだいぶカリキュラムが異なっている。

 無論、僕の両親はそこに惹かれて、頭だけは天才的だった僕を半ば強引に入学させたのだろうけど。

 専門的すぎて面白みがわからない。


「……ねえ、秋宮くん」

「どうした?」


 コイツ、僕が起きているからってやけに僕に絡んでくるな……。

 むしろ喜んでいる……?

 ってそんなことを考えるから、自意識過剰だのナルシストだの間違った印象を並べて罵られるのだ。

 

「……その……教科書を、見せてほしいの」

「え……お前、もしかして……?」

「皆まで言わないで」


 この完璧超人でバカ真面目の、超絶優等生の雲雀美琴様が!? 教科書を忘れただと!?

 これは僕が起きている以上に教室がザワつく案件だ。

 ここで「美琴が教科書を忘れただと!?」と叫べば、それを聞いたクラスの連中が騒ぎ出して、美琴を照れさせることができるかもしれない。

 しかし僕はそんなに馬鹿ではない。

 そんなことをしてしまえば、明日から無視され、しまいには始末されてしまう。それほどの怖さがある。

 だからこそ姑息な真似で照れさせるのはダメだ。真っ向勝負で挑むんだ。この僕が持っている力で。


「じゃあ、その代わり、今度僕が忘れたら見せろよ」

「当然、恩は返すわ」


 さすが超優等生。

 恩返しとか、今どき鶴もやってねえよ。

 というか誠実すぎるというか、そのせいで近寄り難い雰囲気が出ているのでは……?

 そう、雲雀美琴も親しげに会話を交わす友達がいないように見受けられるのだ。高校からの外部生ということもあるのだろうが、最大の理由はオーラだろうか。

 醸しているオーラが、完全にまわりとの隔絶を生んでいる。

 僕とは結構平気で話しているのだから、それを他人にもできないはずがない。問題はまわりの美琴に対する認識のみ。

 なるほど……。まあこれは長期的に見ていくしかないか……。


「……じゃあ、ちょっと寄るわね」

「お、おう」


 わざわざ言わなくていいって!

 せっかく意識してなかったのに?

 なんでそんな意識しちゃうようなことを口走っちゃうかなぁ?

 棗は若干緊張しながら、教科書の指定のページを開いて少しだけ美琴のほうへ寄せる。

 美琴の横顔が間近にあった。

 透き通るような雪のような白肌と、くっきり二重に涙袋もしっかり膨らみ、何より日本人らしくない淡い茶色の瞳。長い睫毛まつげがその凛々しさを際立たせている。

 それを至近距離で拝めている僕……前世で一体、どれだけの善行を積んだのか……。

 ありがとな、前世の僕。


「……ちょっと……ボーッとしてるわよ」

「あぁ、うん。ごめん」

「私のこと見てた?」

「うん、見てた」

「へぁ……!?」


 いや、僕をおちょくろうなんて100年早いわ。見事に返り討ちを食らわし、変な声を出させることに成功した。

 教師にはバレていないようだし、なぜか知らないがまわりの生徒にも聴こえていないようだった。これが俗に言うラブコメマジックってやつか? 非現実的かつ非科学的な現象が起きまくる幻想の世界なのかここは?


「バカじゃないの……? 授業に集中しなさい」

「うん、ごめん。でも美琴がかわいいせいだから」

「〜〜〜〜っ!」


 へっ、ヤバい。

 これハマるわ。癖になる。

 絶対抜け出せねえ。やべえよマジで。チャラ男みたいになっちゃうじゃん、こんなに他人にかわいいかわいい言ってたら。

 いや、美琴以外には言わなければいいんだ。

 そうすれば一途だからチャラくない。1人にかわいいと言い続ける。これなら批判は受けまい。

 しかし、あらぬ誤解を招きそうだが。

 まあその時はその時か。


「……バカ……何言ってんのよ」

「何、って……かわいいって……」

「わかってるわよ!」


 トマトのような顔になった美琴を見ながら、意地悪な顔で微笑み返した。

(……くそ可愛すぎる……! 照れるの我慢するのキツすぎるって……!)

 一方トマトの美琴は、それこそ胸中が嵐のように荒れていた。

(なんなのコイツ!? なんでこんなに女の子慣れしてるの……? もしかして、彼女、いるの……?)

 浮かび上がった疑問は、問わずにはいられなくて、自分の顔からトマトが引く前に余裕そうな顔の棗に訊いた。


「……あなた、彼女はいるのかしら……?」


 急にそんなことを訊かれたものだから、棗も動揺せざるを得なかった。

 しかし決して表には出さないように努めた。幸いまだ照れモード中の美琴の洞察力は鈍い。

 このまま乗り切ってみせる……!

 

「なんでそんなこと訊くの……? もしかして……」

「ばばばばバカじゃないの? もしかして、とか、ないわよ。単に女子の扱いに慣れていたものだから、いるのか気になっただけよ」


(そんなに動揺しなくてもいいだろ……!? こっちが恥ずいんだっての!)

 あからさまに照れられると、それはそれで嬉しい半面恥ずかしい半面。でもやっぱり、照れている美琴は最高に可愛かった。

 火照った頬に手を当てて冷ましているみたいだった。

 頬っぺが手のひらに潰されて、プクッとしている。眼福すぎる。

 おいクラスの男子共、テクノロジーなんて学んでいる場合ではないぞ! この美琴様のテレカクシーをとくと見よ!

 なんて脳内でアナウンスをしても誰一人として見向きもしなかった。

(ま、いいけど……独り占めできるし……)

 眠り王子から睡眠を取ったら何が残る。

 残ったのは、雲雀美琴を羞恥に染めあげるSっけのある王子様へんたいだった。


「いないさ、フリーだ。狙うなら今のうちだぞ?」

「まあそうよね。ずっと寝ていたあなたに彼女なんているわけないわよね」


 あ、戻ってる。

 照れモードはシャットダウン。そして、冷徹の女王へと様変わり。

 いいさ。やってやる。

 この高校生活で美琴を照れに照れさせ、最終的に--惚れさせる!


 次第に目的が逸れた棗の【美琴照れさせ大作戦】は、真の目的を『惚れさせる』ことへと移行させていた。

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