Prorogue テレカクシー-2

「今回の授業は、科学分野におけるテクノロジーについて学習する」


 秋宮棗は珍しく起きていた。

 なぜなら--隣の美少女を照れさせる、ため。

 授業中にどうやったら照れさせることができるか、必死に脳を回転させて模索しているのだ。

 頭を回転させていると、人間は睡魔に襲われにくくなる。そのため、棗にとってこの【美琴照れさせ大作戦】は『美琴の照れ隠しが見られる』のと『睡魔に襲われずに済む』という2つの利益があるのだ。これぞ一石二鳥というやつだ。

 しかし実際のところ、初っ端から難航していた。

 この秀逸な頭脳を持ち合わせた美琴にバレずに、自然を装って照れさせる。これがいかに難しいか。難易度は『鬼』。なかなか高度な頭脳戦が楽しめそうじゃないか……。

 棗が思うに、美琴は照れ始めたら簡単だ。「追い照れ」も可能である。しかし、照れモードに入れさせるのが困難なのだ。


「……秋宮くん、珍しく起きてるのね」

「うん、まあね」

「科学には興味があるの?」

「うーん、まあそんな感じ?」


 適当な返答にもかかわらず、美琴はなるほどと相槌を打っていた。

 もう既にその姿が可愛い……。


「秋宮くんが起きているということに感動してしまって……ごめんなさいね」

「そんなに!?」

「おい秋宮、うるさ……秋宮!? お前が寝ていないなんて珍しいな! 今日はひょうでも降るのか? 傘持ってきてないぞ」


 教師にまで驚かれた。

 ここで今一度、自分のヤバさに気づいた。

 高校に上がってから、まともに起きていた授業が思い当たらなかったのだ。

 最初は少しだけ起きていた、とか、途中美琴に起こされて目を開けていた、ということはあったが。

 自らの意思でこうして授業中に起きているのって……入学してから2ヶ月が経ったが、初のことなのではないだろうか?

 間違いない。初だ。

 そんな異例の事態にざわつきだすクラスに、ソワソワしだす棗。こんなに驚かれると、なんだか照れる……。

 て、なんで僕が照れてんだよ。

 

 

♠♠♠♠♠



「ねえ、秋宮くん」

「ん」

「どうして今日は起きているのかしら」


 うーん。どう答えるべきかな。

 長い時間悩んでいたら怪しまれるし、スパッと考えついた中での最適解……。


「……なんか、気になっちゃって……。美琴のことが」

「……へ? え、な、何言ってるのよ?」


 あ、照れてる。

 目を見開いて驚いている。頬が徐々に紅潮していき、口元がアワアワと忙しなく動いている。

 わーお、案外簡単?

 むしろ難しく考え過ぎないほうがいいのかな?

 さてさて、彼女の照れ隠しが発動するぞ。


「あ、あなたなんかに言われたところで、微塵も嬉しくないわねっ……」


 赤面しながらそれを言われてもな……。

 コイツって男慣れしてないのか?

 男兄弟とかいなさそうだもんな。

 そう考えれば、この照れにも納得できる。ただ単に男にこういうことを言われ慣れていないのだろう。

 だから容易に照れてしまう。

 

「へえ、じゃあ誰だったら嬉しいんだ?」

「え……いや、それは……」


 見事に口ごもっている。

 僕が照れさせているせいであまり頭にないかもしれないが、コイツは才色兼備の天才女子高生。普段はクールだし、慌てふためいたり、パニクったりしない。いつ何時も冷静沈着でいるのが、雲雀美琴という女だ。

 しかし案外チョロいものだ。みんな、美琴に怖気付いてしまってまともに言葉すら交わせないのだろうか。でなきゃ、『冷徹の女王』なんて馬鹿みたいな通り名、出回らないはずだ。このチョロさを見たら。


「……教えないわよ……」

「ってことは、いるんだ?」

「……っ!」


 失言に気づいた美琴が慌てる。

 目が泳ぎ出したところで、さすがにもうやめようという良心が働いた。


「ま、僕も執拗しつこく訊くつもりはないし。いつか教えてくれよ」


 相変わらず照れ顔のまま、白肌をモゴモゴとさせて躊躇ためらいがちに口を開いた。


「……まぁ、いつかは……教えるわ……」


 --くっ、可愛い。

 赤らめた頬と真一文字に口を結んだのを、手で覆って隠しながら、上目遣いでこちらを見ているのだ。それも絶世の美少女に。

 僕とて、眠り王子なんて異名を持っていますけど、美少女センサーに異常があるわけではない。並大抵の男子高校生ばりに、可愛い女の子は大好きだ。

 こりゃこっちが照れるのを我慢する必要もあるな。

 こんなに照れた反応をしてくれるなんて、男子からしたらご褒美みたいなものだ。だから反応のいい女子には話しかけたくなる。毎日でも。

 まわりの男子共が興奮気味に美少女との会話の反省会を開いていたのも、今となっては理解できる。

 僕にとってはまさに夢の間の出来事だったわけで、彼らが話していたところも、その美少女とやらも見たことがなかった。

 黎寧学園中学校の頃から、『眠り王子』の異名は通っていた。そのため大体がエレベーター式で高校に上がっているため、ほとんどが僕の異名を知っている。

 そのため、僕に話しかけてくる生徒は皆無だった。どうせほとんど寝ているやつと仲良くしても意味が無い、なんてそんな理由でだ。

 眠り王子を知らないのは、外部の生徒だけだ。

 そしてその外部の生徒の1人が、雲雀美琴であった。


「そんなことより、移動教室。遅れないように」

「おーっす」


 急に表情筋を固め、真面目な顔に戻った美琴が忠告をする。

 その忠告をありがたく受け取りつつ、ロッカーから教科書などを取り出す。


「……はぁ」


 そういえば、隣の美少女を惚れさせている場合ではなかった。

 移動教室の際に、共に特別教室に向かう友達すらいない棗にとって、最優先事項は間違いなく「友人を作ること」だった。

 また中学の時みたいに……。

 蘇ったトラウマを明後日のほうに飛ばして、廊下を歩き出した。

 --友達、ね。

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