僕は隣の美少女を全力で照れさせます
あやせ。
Prologue テレカクシー-1
私立
しかしながら、高校生というものはエリートだろうが本質的に大した差異はない。ただ少しだけ出来が良いというだけなのだ。
そのため学園内での恋愛の噂も絶えないし、生徒の中には馬鹿なことをして怒られる奴もいる。
校則も私立なだけあって割と緩く、進学校とは言えども厳しいわけではない。教師も並大抵の教師となんら変わりはないし、設備などが私立であるがために綺麗で整えられている程度だ。
「……寝ないでもらえる?」
「すぴぃ……すぴぃ……」
生徒の中には、授業中やら業間に居眠りをこく奴もいる。
白を基調とした直方体の空間の中、ただただ睡眠を
もっとかっこいい称号がよかった、と。
「……むぅ……! 隣で寝られると居心地が悪いわ」
「すぴぃ……すぴぃ……」
一定のリズムで刻まれる寝息は、次第に周囲の人間の睡魔まで
眠り王子の真骨頂とも言える。
「…………っ、起きろっ!」
「んがっ!?」
思わずチョップを
突然のことに、棗は思わず飛び起きた。
レム睡眠の邪魔をされるのは、棗にとってこの世で一番腹が立つことであり、もしそれが一般の生徒ならば教師に怒られようがなんだろうが1発殴ってやるところだが、この女に対しては武力の行使は無意味かつ無効だ。
「お前……三途の川が見えかけたぞ……」
「あら、いっそのこと渡ればよかったのに」
「渡るくらいなら川辺で寝るわ」
「どういうこと……?」
コイツは隣の席の--
黎寧学園高等部1年生にして、生徒会の会計に抜擢された超エリート。さらには学年考査でも2位の秀才。運動能力も抜群で、水泳部の美琴は1位やら金賞を総ナメしている。
ここまでなら、ただの凄い人だ。
彼女がただの凄い人と称されない理由としては、彼女の容姿にある。
美琴は街中を歩けば、10人中10人が振り返る絶世の美少女。
「というか……いい加減、その間抜け面をこちらに向けるのをやめてくれるかしら」
セミロングのサラサラな黒髪を靡かせ、高貴なお嬢様のような立ち振る舞いで、鈴のような清らかな声でそう言ってくる。
「それなら美琴が目を逸らせばいいだけだろ」
「……あなたに見られているということ自体が、
「へいへい、左様ですか」
適当に受け答えしつつ、棗はいかに効率的に睡眠をとるか、今日1日の睡眠スケジュールを建て始めた。
1年A組の教室は最上階の5階にあり、陽光はバッチリ窓側の席に位置する棗に当たる。そして徐々に上昇する体温とともに、高まる睡眠欲。
その現実と夢の狭間の気持ちよさに浸りながら、結局は効率もクソもなく、眠りについてしまう。
しかしちょうど睡魔が頂点に達する前に、何らかの物体によって妨げられた。その物体を確認すると、消しゴムだった。これは--
「私のよ、返して」
「なぜ投げた。意思を明確に」
「あなたがまた寝そうだったからよ」
「うむ、明確だな。返却を許可する」
「そのふざけた喋り方を今すぐにやめて」
辛辣だなぁ、と思いながらも決して口にはしない。どうせ決まり文句--「あなたのせい」が飛んでくるのだ。
まあ寝てるのは僕だし、僕のせいであることに間違いはないのだが。
ふと隣からの猛烈な視線に気づいた。
美琴様がお怒りになられているのか?
そんな恐怖を感じながらも、棗は美琴のご尊顔を拝見した。
「……な、なによ」
「どうした? こっち見て」
「い、いや別に。なんでこっち見てんのよ」
それ僕が聞きたいことだからね?
なんであなたは先ほど、こちらを向かれていたのですか? って。
丁寧に聞けば答えてくれるかな。
「……な、まさか私があなたの横顔に見蕩れていたとでも言いたいわけ? は、ふ、ふざけてるわね。自意識過剰なんじゃない?」
「誰もそんなこと言ってないが……」
「顔が言ってたのよ」
「どんな顔だよ」
「こんな顔よ」
不意に美琴が棗の間抜け面を真似した。
下っ手くそだったけれど--可愛かった。
「……かわい」
心の中に留めておこうと思っていた言葉が、思わず口から漏れ出てしまった。
よくあることだが、本人の目の前で恥ずかしいことを言ってしまった……。
「え……ちょ、ちょっと……!? く、口説いてるの? あなたが私を落とせるとでも? へ、へぇ、やれるものならやってみなさいよ」
「別に口説いてねえって。感想を述べただけ」
「馬鹿なの!? あなたほんと馬鹿ね! 死ね! ナルシスト!」
悪口が小学生レベルに退化すると共に、美琴の頬がだんだんと朱に染まっていく。
それは朝日よりも赤く、夕日よりは淡かった。けれどその顔もやはり、可愛かった。
そして僕は気づいている。
辛辣な言葉の奥に隠された、暖かいものに。それは彼女なりの、『照れ隠し』である。
おそらくは、そういうことなのだろうと思うのだ。
だから僕は決意した。
高校生活--僕は隣の美少女を照れさせるために、頑張ると。
そんなしょうもない決意をした後、棗は頬杖をついて
退屈な日が、少しだけ刺激的になる気がしていた。
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