僕は隣の美少女を全力で照れさせます

あやせ。

Prologue テレカクシー-1

 私立黎寧れいねい学園は、県内どころか国内屈指の進学校である。すなわち、黎寧学園の生徒はエリートの集まりなのである。中等部と高等部があり、6年間英才教育を施される。

 しかしながら、高校生というものはエリートだろうが本質的に大した差異はない。ただ少しだけ出来が良いというだけなのだ。

 そのため学園内での恋愛の噂も絶えないし、生徒の中には馬鹿なことをして怒られる奴もいる。

 校則も私立なだけあって割と緩く、進学校とは言えども厳しいわけではない。教師も並大抵の教師となんら変わりはないし、設備などが私立であるがために綺麗で整えられている程度だ。

 

「……寝ないでもらえる?」

「すぴぃ……すぴぃ……」


 生徒の中には、授業中やら業間に居眠りをこく奴もいる。

 秋宮あきみや なつめ--まさしく彼こそ、いつでも居眠りをこく厄介者である。教師の中で内密にリストアップしてある『問題児名簿』にも名を連ねている。進学校ゆえに、問題児の数は少なく、その代わり問題児1人の存在感が大きいのだ。

 白を基調とした直方体の空間の中、ただただ睡眠をたしなむ姿から、眠り姫ならぬ『眠り王子』の称号を得ている。本人もそれを聞いた時には遺憾いかんに思ったものだ。

 もっとかっこいい称号がよかった、と。


「……むぅ……! 隣で寝られると居心地が悪いわ」

「すぴぃ……すぴぃ……」


 一定のリズムで刻まれる寝息は、次第に周囲の人間の睡魔までいざなう。

 眠り王子の真骨頂とも言える。


「…………っ、起きろっ!」

「んがっ!?」


 思わずチョップを頚椎けいついに食らった。

 突然のことに、棗は思わず飛び起きた。

 レム睡眠の邪魔をされるのは、棗にとってこの世で一番腹が立つことであり、もしそれが一般の生徒ならば教師に怒られようがなんだろうが1発殴ってやるところだが、この女に対しては武力の行使は無意味かつ無効だ。


「お前……三途の川が見えかけたぞ……」

「あら、いっそのこと渡ればよかったのに」

「渡るくらいなら川辺で寝るわ」

「どういうこと……?」


 コイツは隣の席の--雲雀ひばり美琴みこと

 黎寧学園高等部1年生にして、生徒会の会計に抜擢された超エリート。さらには学年考査でも2位の秀才。運動能力も抜群で、水泳部の美琴は1位やら金賞を総ナメしている。

 ここまでなら、ただの凄い人だ。

 彼女がただの凄い人と称されない理由としては、彼女の容姿にある。

 美琴は街中を歩けば、10人中10人が振り返る絶世の美少女。

 容姿端麗ようしたんれい明眸皓歯めいぼうこうし羞月閉花しゅうげつへいか、彼女の美しさを表すのは現代の言語では叶わない。

 才色兼備さいしょくけんびな彼女にとって、学校生活とはいかに効率的に自らを向上させるかに重きを置いたものであり、普通の人間では到底辿り着きそうにない思考回路の持ち主である。


「というか……いい加減、その間抜け面をこちらに向けるのをやめてくれるかしら」


 セミロングのサラサラな黒髪を靡かせ、高貴なお嬢様のような立ち振る舞いで、鈴のような清らかな声でそう言ってくる。


「それなら美琴が目を逸らせばいいだけだろ」

「……あなたに見られているということ自体が、虫唾むしずが走るのよ」

「へいへい、左様ですか」


 適当に受け答えしつつ、棗はいかに効率的に睡眠をとるか、今日1日の睡眠スケジュールを建て始めた。

 1年A組の教室は最上階の5階にあり、陽光はバッチリ窓側の席に位置する棗に当たる。そして徐々に上昇する体温とともに、高まる睡眠欲。

 その現実と夢の狭間の気持ちよさに浸りながら、結局は効率もクソもなく、眠りについてしまう。

 しかしちょうど睡魔が頂点に達する前に、何らかの物体によって妨げられた。その物体を確認すると、消しゴムだった。これは--


「私のよ、返して」

「なぜ投げた。意思を明確に」

「あなたがまた寝そうだったからよ」

「うむ、明確だな。返却を許可する」

「そのふざけた喋り方を今すぐにやめて」


 辛辣だなぁ、と思いながらも決して口にはしない。どうせ決まり文句--「あなたのせい」が飛んでくるのだ。

 まあ寝てるのは僕だし、僕のせいであることに間違いはないのだが。

 ふと隣からの猛烈な視線に気づいた。

 美琴様がお怒りになられているのか?

 そんな恐怖を感じながらも、棗は美琴のご尊顔を拝見した。


「……な、なによ」

「どうした? こっち見て」

「い、いや別に。なんでこっち見てんのよ」


 それ僕が聞きたいことだからね?

 なんであなたは先ほど、こちらを向かれていたのですか? って。

 丁寧に聞けば答えてくれるかな。


「……な、まさか私があなたの横顔に見蕩れていたとでも言いたいわけ? は、ふ、ふざけてるわね。自意識過剰なんじゃない?」

「誰もそんなこと言ってないが……」

「顔が言ってたのよ」

「どんな顔だよ」

「こんな顔よ」


 不意に美琴が棗の間抜け面を真似した。

 下っ手くそだったけれど--可愛かった。


「……かわい」


 心の中に留めておこうと思っていた言葉が、思わず口から漏れ出てしまった。

 よくあることだが、本人の目の前で恥ずかしいことを言ってしまった……。


「え……ちょ、ちょっと……!? く、口説いてるの? あなたが私を落とせるとでも? へ、へぇ、やれるものならやってみなさいよ」

「別に口説いてねえって。感想を述べただけ」

「馬鹿なの!? あなたほんと馬鹿ね! 死ね! ナルシスト!」


 悪口が小学生レベルに退化すると共に、美琴の頬がだんだんと朱に染まっていく。

 それは朝日よりも赤く、夕日よりは淡かった。けれどその顔もやはり、可愛かった。

 そして僕は気づいている。

 辛辣な言葉の奥に隠された、暖かいものに。それは彼女なりの、『照れ隠し』である。羞恥しゅうちで気が参らないように、自己催眠を掛けているとも言える。

 おそらくは、そういうことなのだろうと思うのだ。

 だから僕は決意した。

 高校生活--僕は隣の美少女を照れさせるために、頑張ると。

 そんなしょうもない決意をした後、棗は頬杖をついて欠伸あくびをする。

 退屈な日が、少しだけ刺激的になる気がしていた。

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