第17話 さようなら、ボクのカナタ

 僕は踵を返して、来た道を戻った。アカネは僕を追いかけたり引き留めたりはしなかった。ただ寂しそうな視線が背中に刺さったのを感じただけだった。

 モノレールの終着駅――こちらから見ると始発駅――まで戻ると、そこにはリュックを担ぎ、槍を携えた芳川スイがいた。

「あら、せっかく追いかけてきたのに、自力で逃げてきたの?」

 割と急いでやってきたと思われるが、何でもないことのようにふるまうスイ。

「べつに……逃げてきたわけじゃないよ」

 その後はほとんど口を利かず、もう一度モノレールに乗り込んで、僕とスイはH市本町に戻った。そのままスイの案内で、アララギ騎士団の本陣へ。


〈やはり戻って来てくれたんだね、カナタ〉


 再び上段の間。簾の奥から優しい声。

「僕が選ばれし者だというのなら、影と戦ってみようと思います」

 部屋の中央には、地下へ続く穴が口を開けている。

「あの『生贄の山羊(スケープゴート)』たちと分かり合うことはできない。奪われたものを奪い返すには、力が必要だと感じました」

〈ボクもそう思う。カナタもそう思ってくれて、うれしいよ〉

 穴の淵に立つ。冷気が立ち上っている。梯子も階段も見えない竪穴。

「これは、どういう……」

〈勇気を出して飛び込んでごらん。大丈夫だよ。ボクを信じて――〉

 顔の見えないその声を、僕は信じることにした。

 穴は思いのほか深かった。しかしその空間だけ重力がおかしくなったのか、飛び込んだ僕の身体はゆっくりと地中へ下っていく。手を伸ばせば岩壁に触れられるのかもしれないが、それも見えない。確かめる理由もないので、そのままじっとしていた。

 何分、いや何時間経っただろう……感覚が麻痺してきたころ、ようやく足が地面らしきものに触れた。両足で立つと、やがて自分の体重も戻ってくる。僕は少し開けた洞穴の中央に舞い降りたようだった。

 ひどく寒い。凍結された空間だった。明かりはともっていないはずだったが、僕にはそれが見えた。


開闢(かいびゃく)の槍(そう)『鎗(ヤリ)』


 切っ先は異様に太く、柄はぐにゃりと円を描いていた。槍と呼ぶにはあまりに不格好で曲々しいそれは、『何か』を貫いてそのまま岩壁に突き刺さっていた。

「ケタケタケタ」

 槍に貫かれた『何か』が嗤う。

「また来やがったか、オレの槍を狙う者ォ……」

 その『何か』はヒトのカタチをしていた。やせこけた男だ。生命活動はとっくに終わり、凍てついている。しかしその者が、あごの骨をカタカタと震わせて僕に語り掛ける。

「ねらう、ものォ」

「僕にはその槍が必要なんだ」

 これを引き抜かなければ、始まらないのだ。

 柄に手を触れる。

「ケタケタケタ」

 男は貫かれた腹を自らよじって僕に迫る。ボロボロの腕が僕に触れる。ゾッとする感触。生きた人間の体温で少しだけ氷が解ける。途端に腐臭が漂ってくる。

「こンのォ!」

 臭いから顔を背け、力いっぱいに槍を引き抜く。

「ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ」

 断末魔の代わりにその声が響く。

 僕が歪な槍を引き抜いたとき、その『何か』はすでに蒸発してしまっていた。



 何かに吸い上げられるようにして、あるいは時が巻き戻されるようにして、僕は再び畳の部屋にいた。簾があがっている。

「君ならやってくれると信じていたよ。カナタ」

 そこには王がいた。想像よりもずっと若い。王というには若すぎる、僕と同い年くらいの少年がそこにはいた。

「あれは、なんだったんでしょう……」

 聞きたいことは山ほどあったが、はじめに口をついて出てきたのはそれだった。

「あれは、ボクらの失敗の一つさ。ボクらは数々の過ちを犯してきた」

 ケタケタと嗤う、槍に貫かれた男。騎士団の失敗。王の過ち。

「伊井(いい)田(だ)ナオ。それが彼の名前だ。原初の槍の力に魅了され、我々との意思疎通は不可能となった。だから封印した」

 自分の手に持った槍に目をやる。柄は冷たく、その冷たさだけが伝わってくる。

「君は大丈夫なんだ。普通の人ではだめだ。だからこの時まで封印しておくしかなかった」

 たしかに僕は、その槍に曲々しさこそ感じるものの、魅力のようなものはみじんも感じなかった。

「それ自体では力が強すぎるから、かつての騎士団は模造品を作った」

 王が言葉を続ける。

「それが、七本槍……」

 手に持った開闢(かいびゃく)の槍(そう)『鎗(ヤリ)』。その切っ先をよく見ると、何かにえぐられたような跡が見つかる。刃こぼれというより、無理やり削り取ったような……

「その金属は特殊なもので、この地球上では発見することができない。だからその原初の槍から採取するしかなかった」

 伊井田ナオだったモノが、「また来やがった」と言っていたのを思い出す。

「つまりこの槍は今、不完全な形というわけですね」

「その通り。ボクが君にお願いしたいこと、わかるね?」

 七本槍の力を一つに戻す。そうすれば、奪われたものを取り返せる……?

「それなら話は簡単だ。こうして槍の封印は解けたんだから、七本槍を招集して……」

 少年の顔をした王はしばし沈黙する。

「それもまた、ボクらの失敗さ。槍の魔力を甘く見ていた。芳川スイや梧桐タツキのように、槍を操る者もいれば、伊井田ナオのように、槍に操られてしまう者もいる」

 王は悲しみに沈む。

「槍の魔力はその純度に依る。また、使い手の方の耐性もまちまちだ。七本槍は代々慎重に槍を受け継いできたが、どこかでそのバトンパスは失敗する。回収できたものもあるが、今我々の下にある槍は四本。残り三本は持ち去られてしまった」

 少年の顔をした見た目のせいか、憐れみを感じる。

「僕らは影を倒す前に、散り散りになった七本槍を統一しなければならないんですね」

 深くうなずく。

「その通り。悲しいことだが、槍を素直に渡す団員ばかりではないだろう。あるいは戦うことになるかもしれない。けれど、原初の槍を手にしたカナタなら、きっとやってくれると信じているよ」



 僕から大切なものを奪った『生贄の山羊(スケープゴート)』。奴らを根絶やしにするくらいの勢いで決心をしたというのに、まずは人間との闘いが始まってしまった。しかも割に壮絶な。

 僕は芳川スイと梧桐タツキとともに、散り散りになった槍を探す旅に出た。旅といっても僕らの世界は学区で閉じている。探索の範囲は狭いが、なかなかどうしてその旅は混迷を極めた。

道中二人に稽古をつけてもらって、僕も闘い方を学んだ。『生贄の山羊』と出会うことがあればそれも駆逐した。選ばれし者だかトリックスターだか知らないけれど、どうやら本当に僕には才能があるようだった。ひと月もすれば、誰にも負けない自信がついていた。



 第二の槍。

 憐憫(れんびん)の槍(そう)『瘡(カサ)』

 持ち主の名は、猶(なお)江(え)ミナト。十三才の少年。騎士団最年少である。彼はH市のはずれにある山の中に隠れ潜んでいた。はかなげな表情をした美少年だが、どこか生気がないようだった。無気力な視線を我々に向けただけで、交渉は決裂した。決裂というよりも、交渉にそもそもならなかったというのが正しい。彼は特に大事そうにするでもなく、そして持つともなく槍を持っているのだが、決してそれをこちらに渡そうとはしなかった。話しかけても聞こえているのかいないのか、返事はない。かわいそうだが無理やり奪い取ることにして攻撃を仕掛けるのだが、なぜか攻撃が通らない。彼が持つともなく持った槍が自動的に展開し、我々の攻撃を防ぐ。切っ先の方が意思を持って動き、少年はそれに合わせて動くだけ。槍の穂先を中心として柄の部分がそれこそ傘のように開く。スイの師匠でもあり、僕の師匠ともなった梧桐タツキがいなければ勝つことは難しかっただろう。三人の連撃によってどうにかその自動防衛システムを破り、第二の槍を回収することに成功した。



 第四の槍。

 蹂躙(じゅうりん)の槍(そう)『蹌(ハシリ)』

 持ち主の名は、梧桐(ごとう)タツキ。老け顔で長身の男。かつて「霹靂の槍『蒼』」の使用者であったが、それを芳川スイに譲った。その後、手にしたのがこの槍である。タツキの前の所有者――住(すめ)良(ら)木(ぎ)メイは王の手を離れて暴走した。タツキは王の命によりこれを倒し、奪った。純度が高くかつ攻撃的なその槍は、扱いが難しい。投擲すれば棘のようなものが飛び出して敵地を蹂躙する。猶江ミナトの自動防御をかいくぐるには、この槍の攻撃性がなければならなかった。僕らが第二の槍を回収してから、徐々にタツキの様子がおかしくなっていった。抑えていたはずの槍の攻撃性が、使用者を介して表に出てくるようになった。やがて彼は僕に襲い掛かり、原初の槍を手に入れようとした。槍が複数本ひとところに集まれば、それだけ惹き合う力も強くなる。なかでも強い力を秘めた『蹌』を持つタツキは、ついに自身を制御できなくなったのだ。深手を負った僕を助けるため、スイが彼を倒した。弟子が師を破る。この戦いは涙なくして語ることができない。



 第五の槍。

 慟哭(どうこく)の槍(そう)『愴(イタミ)』

 持ち主の名は、志満津(しまづ)コウ。よく日に焼けた筋骨隆々な肉体。彼はH市南西の端に城を構えていた。アララギ騎士団から抜けた者を集めて組織し、自らの槍を守らせている。猶江ミナトとは違い、彼は逃げも隠れもせずそこにいた。槍の魅力に憑りつかれたというよりも、自分自身の意思で槍を持ち去ったという。肉体を鍛え、影と戦い、それでも闘いにはキリがなく、やがて鍛えること、戦うこと自体が目的と化していった。コウはより強い者が自分の元を訪れることを望んで槍を持ち去ったのだ。彼から槍を奪うには、僕らの方にも相応の鍛練が必要だった。志満津コウの槍は闘いの中で強くなっていった。倒した影の力を吸収し、僕らの血すら吸収して進化していった。彼自身と同様に、貪欲に力を求める槍。石突によって大地を一打ちすれば、空が慟哭の雨を降らし、山が悲痛に叫んだ。死闘の末に彼を倒すことはできたが、トツギ四天王の乱入によって芳川スイは戦闘不能の状態に陥ってしまう。



 第六の槍。

 黎明(れいめい)の槍(そう)『戧(キズ)』

 持ち主の名は、小埜(おの)イズミ。十七歳の女子高生。灯台下暗しというか何というか、彼女は加賀美坂上高校部へ普通に通学していた。しかし彼女にたどり着くまでが長かった。最終の槍へ続く第六の槍『戧』は実験作にして意欲作だった。アララギ騎士団の鍛冶屋であった都々木(とつぎ)ユキは、槍の所有者を量産することを目的に、この第六の槍を作った。この槍によってキズを付けられた人間は、槍を所有する適性――つまり、槍に支配されず槍を支配する適性――を得る。都々木ユキはこれによって槍の適格者を四人作り、アララギ騎士団から離反し、志満津コウの勢力に加わった。コウの裏で姿をひそめ、時を待っていた。この四人で第二から第五の槍を使役し、自分の第六の槍と合わせて五本を手中に入れてアララギ騎士団を乗っ取る計画であった。そういうわけでトツギ四天王は志満津コウとの戦いで疲労困憊の僕らを襲った。しかし彼らの誤算は、僕が第一の槍を持っていたことと、志満津コウがまだ死んでいなかったことだ。僕らはそこで、油(ゆ)布(ふ)シンジ、斗(と)時(とき)レン、慶野(たかの)ゼンを倒し、都々木ユキを追い詰めた。ところが、都々木は『戧』をすでに持っておらず、それは四天王最強の適合者・小埜イズミの手にあるということがわかる。それから僕は第一から第五の槍を携え、負傷した芳川スイとともにH市へ戻った。スイを病院へ送り届けた後、普通に通学路をなぞって登校し、高校部の校舎へ正面から突撃すると、意外と簡単に小埜イズミは見つかった。セミロングの髪は茶髪でふんわりカール。桃色のオーバーサイズカーディガン。スカートは短く、白い太腿がまぶしい。僕の顔を見ると、彼女はペンケースの中から「黎明の槍『戧』」を取り出して、無造作に僕の方へ放り投げた。曰く「いや、残り全部の槍集めて、四天王の三人倒したやつに勝てるわけないっしょ」とのことだった。



 H市本町にある、こぢんまりとした市立病院。清潔な病室の白いベッドに芳川スイが横たわっている。まだまだ本調子ではなさそうだ。

「おとなしい君を見るのは、なんだか新鮮だね」

「かもね。しっかり目に焼き付けておいた方がいい」

 トレードマークの荒々しいポニーテールも今は解かれていて、ごく普通の少女のように見える。いや、本当はごく普通の少女なのだ。

「アタシもいっしょに、最後の槍を目にしたかったけれど、どうやらダメみたい。無理についていっても、足手まといになりそう」

 目を閉じたまま、彼女は言う。

「…………」

 カーテンの向こうには誰もいない。院内はあまり人気がない。クレイドルから出ない生活を送っていれば、ほとんどケガらしいケガをすることもないし、風邪をひくこともない。中小規模の病院の需要はほとんどないのだ。クレイドルが故障した時用の代替としてのベッド。セルフサービスの簡単な医療器具と医薬品が整列してあるだけの施設だ。

「世界で一番のスプリンターになること」

 スイが口を開いた。スプリンター。短距離走者。

「それがアオイの……弟の願いだった」

 芳川アオイ。かつての契約者。

「悪魔と契約してから、アオイのライバルは皆、『欠落症候群』で足を欠落していった。アオイ自身も、自分がいつそうなるかとおびえながら――契約者自身だから、なるわけないんだけどさ――それでも、風のように走ることをやめなかった……」

「…………」

「ライバルは走ることをやめていって、アオイは世界一のスプリンターに近づいていった。でも、あの子が望んでいたのは、もちろんそんなものじゃなかった」

 だから、暴いてしまったのだろうか。

僕は黙って聞くことしかできなかった。長い沈黙が流れる。スイは静かに息を整えて、別の話を始めた。

「もうずっと前だけど、アオイが、今のアタシと同じように、寝込んだことがあった」

「うん」

「クレイドルなんか入らずに、外を走り回っていたから、どこかで風邪か何かをもらってきたみたいだった」

 目を閉じたまま、一人語りが続く。

「そのアオイに、しょうがを効かせたスープ――覚えてるかな? アンタが自分の家でぶっ倒れてたときに作った――アレを飲ませてやったんだ」

「……覚えてるよ」

 鶏肉と豆が入ったスープ。当時の僕はクレイドル経由で栄養補給をしていたから、しょうがというものがどういうものなのか、よくわかっていなかったが。

「もしかしたら、アタシはアオイの代わりを探していただけなのかもしれない」

「僕で良ければ」

「アオイの方が格好いいけどね」

「ああそうかい」

 少し冗談を挟まないと不安になる。

「『生贄の山羊(スケープゴート)』に復讐をしたところで、アオイは返ってこない。弟は、影に取り込まれたのでもなんでもなく、自ら死を選んだのだから」

 スイがもと居た学区の契約者――芳川アオイ。悪魔と契約して影を売り渡す。自分の叶えたい願いのために。

 契約完了のその日まで、記憶は失われる。思い出せばエゴのために人々の魂を売ってしまった自責の念に駆られてデストルドーが放出され、死へと向かう。

「だからカナタは、奪われたものを取り戻してね。今はそれが、アタシの願い」

 彼女は目を開いてこちらを見ていた。

「わかった。行ってくる」

 弱弱しく差し伸べられた手を握り、彼女の槍を受け取って病室を出る。



 第一の槍。開闢(かいびゃく)の槍(そう)『鎗(ヤリ)』

 第二の槍。憐憫(れんびん)の槍(そう)『瘡(カサ)』

 第三の槍。霹靂(へきれき)の槍(そう)『蒼(アオイ)』(」)

 第四の槍。蹂躙(じゅうりん)の槍(そう)『蹌(ハシリ)』

 第五の槍。慟哭(どうこく)の槍(そう)『愴(イタミ)』

 第六の槍。黎明(れいめい)の槍(そう)『戧(キズ)』


これらをひっくるめて担いで、アララギ騎士団本陣へ戻ってきたとき、旅に出てから約半年が経過していた。長くつらい旅ではあったが、しかしその一方で、ハルカを影に奪われたあの瞬間を、昨日のことのように思い出すこともできる。いよいよ復讐の時が来たのだ。

 屋敷の襖という襖は開かれ、いやに解放された状態になっていた。上段の間に大男と少年が立っている。

「さすがボクのカナタ。すべての槍を回収してくれたんだね」

 王と呼ばれる少年が言う。半年前よりもさらに幼くなったように感じる。

背後に壁のように立つ大男がアララギ騎士団の団長・誉田(ほんだ)マサルということらしい。彼が最後の槍を手に持っている。

「ええ。なんとか」

 六本の槍を、やや乱暴ではあるが畳に突き刺す。

「これを一つに鍛えなおすのですね。そうすれば、『生贄の山羊』を排除し、奪われたものを取り戻すことができる……」

「その通り。しかし、それをするのは君ではないんだ――」

 不気味なほどに優しい声。どこか懐かしい。

「マサル、やってくれ」

「……御意」


――ドンッ


 衝撃。身体が後方に吹き飛び、屋敷の柱に打ち付けられる。

「は……?」

 声とともに、口から鮮血が噴き出す。

 切っ先は異様に太く、柄はぐにゃりと円を描いていた。槍と呼ぶにはあまりに不格好で曲々しい。開闢の槍に酷似している。

僕の胸元には先ほどまで誉田マサルの手にあった槍が突き刺さっている。突き、刺さっている。刺され……た?


「終焉(しゅうえん)の槍(そう)『創(ハジメ)』(」)――それが、その槍の名前だよ。カナタ」


 王の声が変質する。まさに死にかけているせいで、僕の方がぶっ壊れたのかと思ったが、どうやら王の方にも変化が起こっているらしい。

「第七の槍……というのは間違いかな。これが終焉にして始まり。本当の原初の槍だ」

 本当の、原初の槍? では僕が持っていた『鎗』は……

「そちらはこの『創』をもとに作られたダミー。騙していて悪かったね。でも、呪いを解くにはこうするしかなかったんだ」

 そこにはもう、少年の姿はなかった。深くしわの刻まれた男の顔。王の真の姿。初めて見た、生身の大人。そっと僕のそばへ歩み寄る。いとおしそうに、僕を貫いた槍を撫でる。

「ボクの名は、那々生アキラ。お前の父親だ」

 それが、懐かしさの正体。

「終焉の槍『創』の呪いはこれで君に移った。ユウはボクが助ける」

 那々生アキラ。失踪したはずの、あるいは初めからいなかったはずの、僕の父。

 那々生ユウ。『真影(ゲンガー)』となった、僕の母。

「那々生ユウ――お前の母親もまた、かつては契約者だった。その契約(ねがい)は満たされ、奴らに魂を奪われた」

「奴、ら……?」

 だめだ、ほとんど声にならない。

「ボクのせいで、そして、生まれてきたお前のせいで――ユウは大人になってしまった。ボクは槍の力で、こうして学区を越えて生き残ることができた」

「僕を……自分の息子を、利用したのか……?」

「ユウを救うため、仕方がなかったんだ。さようなら、ボクのカナタ」

 槍ごと身体が持ち上げられる。声こそ優しかったものの、父親は息子を、ゴミでも扱うように、部屋の中央に空いた暗がりへ放り込んだ。

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