第7話 なんですか、それ。気になります!

 那々生ハルカの存在は意外にもすんなり受け入れられていた。クラスメイト達は僕のことなんて――那々生家のことなんて、さほど知らない。したがって、僕に双子の妹がいることについても違和感なく受け入れられるのだろう。今まで必要もなかったから話したこともなかったが。

「おはよう、ハルカくん。俺は学級委員長の東興寺ショウ。何かわからないことがあったら何でも聞いてくれ」

 僕とハルカが登校した途端、聞きなれた友人の声が響く。学級委員長としての責務を果たすべく、わざわざ待ち受けていたのかもしれない。不器用な男だ。

「ど、どうも。よろしくお願いします」

 急だったので、ハルカもやや怯えている。

「よう。オレは猪子田セイ。お兄さんから話は聞いていると思うが」

 続いてセイの登場。なぜか僕に意味深な目配せ。そういえば、よろしく話しておくように頼まれていたっけ。

「きょとん……」

 よろしく話していないので、当然ハルカはキョトン。擬音が口から洩れている。

「キョトンとしていらっしゃる!? さては貴様、男同士の約束をやぶったな!」

 掴みかかるセイ。かわす僕。

「まぁまぁ、これから話そうと思っていたんだよ。三年前の高等部殴り込み事件の話からでいいか?」

「なんですか、それ。気になります!」

 適当に今考えた冗談なのだが、ハルカは目を輝かせる。

「あれはオレがまだ、中学入りたての頃だったな……」

 ホラ話を懸命に考えるセイ。

「さ、授業授業」

 ショウは授業の準備を始める。



 社会の授業は担当講師・比良山(ひらやま)の思い付きでグループワークとなった。カリキュラムの調整なのか、彼があまり授業をしたくないのか……あまり意味は無さそうな内容である。

「えーと、チーム分けは……ま、アイウエオ順でいいか」

 比良山先生が手元の名簿をパッといじると、スクリーンに指定の座席とグループ分けが表示される。

 メンバーは、東興寺ショウ、鳶アカネ、那々生カナタ、那々生ハルカ。比良山先生の適当さに感謝。頭文字イの猪子田セイの視線を感じるが、気にしない。

「『○○の歴史』ってことで何かワンテーマに絞って調べてくれ。んで、次回の授業で発表な。時代も何でもいいや。じゃあ、はじめ!」

 比良山先生の号令。同時にホログラムが消える。とはいえどこかで監督はしているのだろうけれど。

「なんとアバウトな……」

思わずぼやく。しかし、このグループには学年一の真面目委員長と校内一の秀才図書委員長がいる。そしてハルカも、少なくとも僕よりは優秀な頭脳の持ち主だと思われる。勝利は約束されている。何に勝つのかはよくわからないが。

「そう言うな。きっと比良山先生にも考えあってのことだ」

 と、真面目委員長。その大人に対する絶対的信頼は何なのだろう。

「那々生さんは……あ、ハルカさんは、何がいいと思う?」

 アカネが聞く。那々生と言うと二人が振り向くので、言い方を変えたようだ。視線をアカネからハルカに移す。

「わたし、『クレイドルの歴史』がいいと思います」

 好奇心に満ちた目。昔から、この大きな瞳が苦手だった。吸い込まれてしまいそうで、不安になる。

「そうだな。ごく当たり前のものだけれど、かえって勉強しなおすことも重要かもな」

 僕の言葉に、ショウとアカネは異議なしと言う風にうなずく。

「クレイドルは、『幸運の金袋財団』から受け取る」

 アカネが情報整理をはじめる。

「『幸運の金袋財団』自体はクレイドルの発明よりもっと前に設立されていたようだね」

 ショウは手早く資料をダウンロードしてグループのテーブルに展開する。

「クレイドルの前は……それこそ、幸運の金袋でも配っていたのかな」

 僕も一応資料に目を通しつつ、会話に参加する。ハルカほど興味を持てないテーマだが。

「そもそも幸運の金袋って、なんでしょう?」

 ハルカは疑問を提示。

「無限に金貨が出てくる不思議な袋。おとぎ話に出てくる道具よ」

 ショウの検索より先に、アカネのデータベースが応答。ショウはちょっと悔しそう。「勉強だけは裏切らないから」が口癖の彼女の脳内では、知識が有機的に結びついている。だから、ワードをただ検索するよりも早くかつ正確だ。

「そのおとぎ話、アカネさんは知っているの?」

「ええ。ここの図書館にあるわ。電子化されていないものだから、そんなに価値は高くないし、信憑性も薄いと思われるけれど」

「そういうの、興味があるわ。電子書籍なんて、どこだって読めるもの」

「えーと、お嬢さん方……」

 ためらいがちに、ショウが口をはさむ。

「今は社会の授業中だから、軌道を戻そうか」

 たしかにおとぎ話の研究は、国語の授業かもしれない。ショウが学級委員長風を吹かして指揮権を握る。調べて分かったこと、およびアカネの知識を織り交ぜながら、発表用の年表が出来上がっていく。ハルカはいちいち驚いたり感心したりする。僕はぼんやりそれを見ている。



「ハルカさん、明日授業が全部終わったら、図書館へ来てみませんか? ちょうど図書委員の仕事があるから、ついでに例のおとぎ話を探してみましょう」

 授業後、図書委員長アカネがハルカに話しかける。

「はい、行きたいです! 兄さんも一緒に」

ハルカの好奇心に満ちた目が爛々と輝く。

「なんで僕まで……」

 行きたい気持ちを抑えて、やる気のない僕が出てくる。何もしなければ生まれない、アカネとの接点。思わぬ形で訪れて、僕はとっさに表情を固められない。

「うん。那々生くんも、一緒に」

 ちゃんと迷惑そうな顔ができているだろうか。

「わ、わかったよ」

 アカネの微笑みに、やられてしまう。

 となりでハルカもニコニコ笑っている。

 少し離れたところでショウがニヤニヤ笑っている。



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