第4話 うっかり忘れていたけれど、どうやら僕には双子の妹がいたらしい

 定刻通りに名方先生の立体映像(ホログラム)が教卓の向こうに現れ、ホームルームが始まる。体育教師というだけあって、年中ジャージ姿の老人である。タブレットで名簿を開いて出欠確認をして、諸連絡を伝えて、終わり。

 鳶アカネが欠落を発症したことは、諸連絡の中に含まれている。左手を欠落しましたので、何か登校にあたって不便なこともあるでしょう。その時は皆さん助け合ってください。みたいな典型的文句が並べられる。

「あー、それから、今日は最後に大事なお知らせがあるから、授業終了後にホームルームを行う。勝手に帰らんようにな」

 名方先生はそれだけ言い残して、教室を去った。教室内はブーイング。前の席に座っている猪子田(いしだ)セイがこちらを振り返る。

「大事な話って何だと思う?」

「さぁ……」

「俺は転校生だと思うんだよな。しかも美人の」

 セイはむふぅと鼻を膨らませる。ヘアバンドで髪を上げ、額をむき出しにした男子クラスメイト。黙っていればそれなりに整った顔をしているのだが、興奮すると鼻孔が膨らむのが難点である。

「それはゲームのしすぎなんじゃないか。転校生なら、むしろ始業のこのタイミングで紹介してしかるべきなんじゃないか?」

「うーむ、それはそうかもしれんな」

 真面目くさって腕組みをする。

「いやしかし、オレはあきらめんz――」

「そこ、授業が始まるぞ。静かにしたまえ!」

 前方から学級委員長の声。一時間目は数学だ。



 一日の最後、六時間目は体育だった。グラウンドにも各所に3Ⅾ映写機があって、適宜教師の姿が現れる。男子は老教師・名方の指導の下、ハードル走を。女子は少し離れたところで走高跳。雪は午前のうちに止み、グラウンドはそれなりに渇いていた。

「オレは最近よく考えるんだが――」

 順番を待ちながら、セイが小さな声で話す。

「クレイドルがあるっていうのに、子どもたちは何故この不便な生活を送らねばならないのか、と」

 セイは遠く、女子たちが順番に走ってはバーを越えたりバーに引っかかったりする様を見ている。

「ほう」

 話しかけられたので、とりあえず返事をする。

「健全な精神は健全な肉体に宿るというではないか」

 珍しく、ショウが雑談に入ってくる。

「まぁ学校の先生は、そういう優等生的な解答を好むだろうね」

 セイはショウの言葉を嘲笑する。これは空気がよろしくない。軌道を修正しよう。

「じゃあセイはどう思うんだ?」

 あまり興味はないけれども、諍いを見るのも面倒なので先を促す。

「クレイドルの中ではできないこと。それを考えてみたのさ。衣食住、これは何も不自由ない。人間関係・共同作業の類も、むしろ面と向かうよりスムーズに行われる。では何ができないのか。不可能など存在するのか」

「何?」

「なんだい?」

「君ら、ちょっとくらい考えてくれよ」

「いや、だってそろそろ順番が回ってくるから」

 名方先生のピストルを合図に、列の先頭から順にハードルへ突進する男子たち。倒してしまったハードルをもとに戻す時間があって、やや遅延する。

「では結論を述べよう。ずばり、クレイドル内でできないのはセックスだよ」

「え、ああ、なるほど」

 セイがあまりに恥ずかしげもなく言うものだから、少し引いてしまう。

「何を赤くなっているんだい、那々生くん」

「なってないし」

 目をそらした先で、鳶アカネが控えめなベリーロールを披露していた。左腕をなくしたばかりだが、うまくバランスを取って走っている。体操着姿だと心配になってしまうくらいに華奢だが、意外に運動神経は良いようだ。

「委員長だって、保健の教科書は熟読しているよな?」

「うむ」

 委員長こと東興寺ショウのメガネがきらりと光る。

「真面目な顔で「うむ」じゃねぇよ、ムッツリか」

 思わず強めのツッコミ。

「いやなに、彼の推察も的を射ていると思ってね」

 女子の方に目を向けると、アカネの次は芳川スイの番。ちょっとあり得ない跳躍力で随分と余裕を持った背面跳び。

「たしかに、クレイドル内で完結しないのは生殖活動くらいだ。生物の仕組みとしては教わるものの、学校では性から遠ざけられている。大人にしか許されていない生命の神秘だね」

「お、おう……」

 思いのほか饒舌になったショウに、今度はセイがたじたじ。

 パァン!

 唐突にスタートの合図。いや、ちゃんと見ていれば唐突でもなんでもなかったのだろうけれど。

 しれっとスタートを切ってのんびりハードルを越えていくショウ。猪突猛進ハードルをなぎ倒しながら進むセイ。どんくさく引っかかってよろめきながら進む僕……やはり、体育なんて意味のない科目だ。

「ダッサ」

 遠くで、スイの口がそんな風に動いた。



 体育の授業が終わり、砂ぼこりを払い落として着替え、再びホームルームへ。汗をかいて気持ちが悪い。願はくばそのまま直帰したいところである。

「あー、みんなそろったかな」

 名方先生の青白い映像が教壇に現れる。

「あー、それでは、遅くなったが皆に転校生を紹介する――」

 衝撃の発表。猪子田セイが目の前で飛び跳ねる。勢いあまってヘアバンドが頭の後ろにポトリと落ちる。

「キタッ! やはり転校生だったか!」

「はいそこ、うるさいぞ」

 興奮するセイに、すばやく注意するショウ。ここまではいつもワンセット。

「――転校生の、那々生(ななお)ハルカくんだ。皆、仲良くするように」

 テンプレートな言葉の並び。ドラマやアニメでよく見るシーン。しかし実際に体験したのは初めてのことだ。

 しかも今、苗字なんて言った……?

 教室の戸が開いて、少女がそっと入ってくる。動きは小動物。容姿は……セイの予想通りというか願望通り。美女ではないが、美少女といっても差し支えないかわいらしさ。

 セミロングの髪はまだ着慣れていない制服の肩のあたりから自然にくるくると巻いていて、クリッとした大きな瞳は困ったように何かを探していて、紺のセーターから出た指先は所在無げに胸元のリボンに触れる。

「あ、あの――」

 第一声。

 ざわついていた教室が静まる。

「わたし、那々生ハルカと言います。那々生カナタの……双子の妹です!」

 揺れていた視線が、僕の顔を捕らえて定まる。そしてにっこり笑顔。

 うっかり忘れていたけれど、どうやら僕には双子の妹がいたらしい。


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