第24話 終着駅のその先へ

 電車に乗るのも今の私にとっては危険なイベントだ。

 何故ならパニック障害という症状があるから。


『突然理由もなく、動悸やめまい、発汗、窒息感、吐き気、手足の震えといった発作(パニック発作)を起こし、そのために生活に支障が出ている状態をパニック障害といいます。

 このパニック発作は、死んでしまうのではないかと思うほど強くて、自分ではコントロールできないと感じます。そのため、また発作が起きたらどうしようかと不安になり、発作が起きやすい場所や状況を避けるようになります。とくに、電車やエレベーターの中など閉じられた空間では「逃げられない」と感じて、外出ができなくなってしまうことがあります』※


 以上、厚生労働省のWebページより転載。

 つまり電車というのはこういった事案になりやすい場所なのだ。


 実際休職直前は酷かった。

 家の最寄駅から乗り換え駅まで3駅。

 乗換駅から職場最寄りまで2駅。

 なのに途中、1駅ごとに降りて深呼吸して休憩する状態だ。


 走行中の電車内は閉鎖空間で逃げられない。

 しかも人が多くて空気が薄い。

 呼吸が苦しくて耐えられない気になる。


 このまま此処にいたら死にそうだと本気で感じる。

 恐怖のあまり大声で叫びそうになる。

 本能が非常用コックを開けてでも脱出するべきだとささやく。

 結果、次の駅で降りないと本当に何かしてしまいそうになるのだ。 


 しかし病院にも通った現在の私には対処方法がある。

 薬だ。

 あらかじめ症状を出にくく、もしくは軽減するような薬を飲んでおけば予防になる。

 私の場合は毎日飲む薬である程度対処した上で、更に頓服を飲む。

 これでおそらくは大丈夫な筈だ。


 頓服1錠でおよそ3~5時間持つ。

 ただしこの頓服、1日3回までと医者には言われている。

 だから2錠目を飲んでしまったら帰るという方針で。

 

 家から駅までは歩いて5分以下。

 最寄りのコンビニより2ブロック分だけ遠い。

 とは言っても所詮300m程度。

 だから雨の中でも問題ない。

 

 公共交通機関に乗るのは久しぶりだ。

 地下鉄は朝の通勤時間帯とは違ってそこそこ空いている。

 座席はほぼ埋まっているが立っている人は少ない。

 だから気持ちにも少し余裕がある。

 気持ち悪くならないで済んでいる。


 つまり朝、混んでいる電車で通勤というのはこの病気にとって最悪だったのだろう。

 それでも此処は首都圏では無く地方都市。

 乗り換えと歩き含めて30分以下で職場に着く。


 首都圏だと電車で1時間はざらと聞いている。

 そんな環境でよく倒れないな社畜の皆さん。

 頑健さに頭が下がる思いだ。


 さて電車に乗った私は立ったまま3つ目の駅まで行って乗り換える。

 この辺は職場までの通勤経路と同じだ。

 職場の最寄り駅で席が空いたので座った。

 うん、やはり座った方が楽だ。

 

 地下鉄はしばらく走った後地上に出た。

 そう言えばこの地下鉄も此処まで来れば外に出るんだよなと思い出す。

 職場まで全部地下だから、ついそのつもりだった。

 そういえば大学の方へ行く地下鉄も確か大学の手前で1回外に出たな。

 川を渡る前後だけだけれど。


 うん、久しぶりの電車だが調子は崩していない。

 のんびり景色を見たりする余裕もある。

 呼吸が苦しく感じはじめると危険なのだけれど、少なくとも今は問題無いようだ。

 

 結局大丈夫なまま無事終点駅へ到着。 

 この駅は初めてだがWebで予習済み。

 だから迷わず5番のバス停へたどり着き赤白のバスに乗車。


 バスは電車以上に久しぶりだ。

 しかし電車より気持ち悪くなりにくそうに感じる。

 窓を開けられるし座っても進行方向前を見ることが出来るから。


 赤白のバスは住宅地の中を走ってだだっ広い道のバス停へ到着した。

 降りて傘を差して歩き出す。

 このホームセンターは歩きで来るという事はほとんど考慮していないようだ。

 立地的に当然か。

 駐車場の脇を歩いて店へ。


 平べったいが巨大な建物が私を待っていた。

 床面積はやたら広そうだが看板部分以外は2階建て。

 こんな建物は街中には建てられないな。

 土地代がかかって。

 そんな事を思いつつ中へと入る。


 見たいものの目星は事前につけてある。

 たとえばスコップ、鍬といった農作業用の品。

 この辺はオースで買うよりこっちで買った方が安いと案内に出ていた。

 ここでは実際に手で持ってみて、私に最適なサイズを確認するつもりだ。


 他にも刃物系統は日本で買っていった方が安くて品質がいいらしい。

 だから頑丈なハサミも買っていこう。

 サバイバル的には鉈なんてのも欲しいかな。


 あとは手斧も。

 魔法があれば薪を割る必要性はないだろう。

 しかしああいう重さと勢いで何でもバスっと切れる刃物は便利だ。

 例えば鶏の首をはねる時とか。

 向こうだとミニ恐竜かな。


 鶏さばきで思い出した。

 金属製のそこそこ頑丈なバケツも欲しい。

 あとは寸胴鍋も見ておこう。


 更に途中で緑色の農業用ネットを見て思い出す。

 漁具も必要だなと。

 流石にホームセンターに漁具の網は売っていないけれど。

 この辺の準備は頭の中から抜けていた。

 だからスマホを出しメモしておく。


 そう言えば釣り用のカヌーなんてのもメモしていなかった。

 やはり此処には売っていないけれど。

 これもやはりメモだ。


 なお本日此処で買うつもりはない。

 重くて持って帰れないからだ。


 此処でトラックを無料で借りる事も出来る。

 しかし私はペーパードライバー、職場の車さえ怖くて運転しない腕前。

 そんな私がトラックを運転して無事で済むわけがない。

 だからチャレンジはしない。


 だから基本、今日ここでは見るだけ。

 買うのは通販だ。

 しかし実物を見るのは大切。

 大きさとか手応えとか使い心地は通販で試せないから。


 おっと、面白いものがあった。

 簡易シャワーだ。

 電動だけではなく、手動で空気圧を使って水を出すタイプもある。


 これは風呂に欲しい。

 髪を洗うにも身体を流すにも便利だ。

 スマホで写真を撮って保存、あとでネットで探すとしよう。


 これも欲しいかな。

 ステンレス製の大型スモーカー

 これで釣った魚だの捌いた肉だのの燻製なんて夢が広がる。

 これも撮っておこう。


 それ以外のアウトドア用品は持っているか、魔法で代用が出来るような気がする。

 ヨットやカヌーの練習をするときに自分用のライフジャケットも買ったし。


 なんて思ったがバーベキューグリルの高いのを見て少し迷った。

 これは恰好いいし欲しいかも。


 料理に対し魔法で熱を加える事は出来る。

 しかし長時間コトコト煮るには魔法は不向き。

 魔法をかけ続けるのは面倒だ。

 そうなるとこういった木を燃料に使えるコンロが便利。

 やはり写真に撮ってメモ。


 他には……そうだ、工具も見ておこう。

 鋸とかドリルとか金槌とか。

 釘や木ネジもある程度買っておいた方がいいかもしれない。 


 更に寸胴を見に行く途中で目に入った圧力なべ。

 これはこっちの世界でないと手に入らないだろう。

 使った事はないけれど買っておくべきだろうか。


 やはりこうやって現物を見るとイメージが膨らむ。

 それに楽しい。

 ホームセンターなんて来たのは久しぶりだけれど。


 夢中になって歩いては必要そうなものを探す。

 向こうで音楽を聴きたいからオルゴールなんてのも欲しいかななんて事まで考える。


 更にペット用品まで見てしまう。

 向こうでは犬は飼えないかとか。

 それともペットも爬虫類なのか。

 なら首輪と引き綱は犬用のが使えるのかなんて事まで。


 ある程度歩き回ってふと気づく。

 何かお腹が空いたなと。


 食欲というのを感じるのもここ最近だ。

 私、かなり回復してきているな。

 そう思いつつスマホの時間表示を見る。

 午後3時半を過ぎていた。


 まずい、そろそろ撤退しよう。

 追加の頓服を飲んでいないし体調はまだ大丈夫そう。

 しかし油断はしない方がいい。

 それに通勤脚の帰宅時間になったら地下鉄も混む。

 そこで気分が悪くなったら目も当てられない。

 

 スマホにメモしていた帰りのバスの時間を確認。

 今から歩けばちょうど帰りのバスに間に合いそうだ。


 今日は結構収穫があった。

 何も買ってはいない。

 しかし買った方がいいもの、買うべきだけれど忘れていたものに気づくことが出来た。

 それに体力トレーニング以上に歩いた。


 だから今日は帰ろう。

 余裕があって楽しいうちに。


 装備をある程度揃えたらもう一度来よう。

 あると便利なものを発見できるかもしれないから。

 そう思いながら私はバス停へ向かって歩き始めた。


※ 厚生労働省 みんなのメンタルヘルス総合サイト

   https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_panic.html

 

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