第6話 我、友魔になる(前)

「そうか…。 ならば恐らく、魔族は滅んだのじゃな」


「魔王さん……」


「魔王……」


 我が同胞がもうこの世にいないと聞かされても、あまりに突然のことでどうも実感がわいてこないが。


(ならば、もう。 魔王であるあ奴らにも会えぬのか…)


 数少ない知り合いの顔を思い浮かべれば、さすがに寂しさが募るものだ。


 あ奴らは我と違い人族に対し好戦的だった。


 我のように死を回避する術を持たぬあ奴らが戦いに身を投じ続ければ、遅かれ早かれこうなる未来が待っていたのかもしれない。


「同胞や、魔徒のことを知れただけでも収穫じゃった…。 邪魔したな」


 これ以上転移を続けたところで知り合いの元には永遠に辿り着かぬのだと分かってしまったが。


 人間である少女の部屋にこれ以上長く留まっていても迷惑をかけるだけだろう。


(それにここは、魔徒とやらと戦う討滅士のたまごが暮らす学生寮なのだというし。 我のような輩が居ては騒ぎが起きるのも時間の問題だ)


 ソファーから立ち上がり、再び転移魔法を使うため指を鳴らす。


「ま、待って下さいっ! 魔王さん…! 」


「未冬……? 」


 どこへ転移しようかと考えを巡らしていた我を、少女未冬が声を張り上げ静止した。


「む、どうしたのじゃ」


「魔王さんは…魔王さんはこれからどこへ行くのですか」


「どこへ…か。 まあ、そう聞かれると行く当てもないが。 どこか静かな場所へ行きたいものだな」


「静かな場所…ですか」


「ああ、そうじゃ。 その顔を見るに、何か聞きたい事でもあるのか」


「…………」


「無理に言えとはいわんが、色々と教えてくれた礼じゃ。 お主が聞きたい事であれば、答えられる範囲で答えよう」


「……なら。 その。 魔王さんは……。 魔王さんは、同胞の…。 魔族のために人族に復讐しよう……とかは思わないんですか」


「ちょ、ちょっと未冬っ!? 」


「復讐、復讐か……」


 散っていった同胞たち。


 勇者との戦いに敗れたであろう友の無念を晴らす戦い。


(弱点を克服した今の我なら、単騎だとしてもそれなりに戦えるじゃろう……)


 ふと、質問を投げかけてきた少女の顔を見れば。


 大きな栗色の瞳を揺らし、不安げにこちらを見つめている。


(本来であれば、まだまだ親に守られているような年だろうに)


 この未熟な少女までもが、魔徒という敵と戦う術…魔徒を殺す術を学んでいるというのだから驚きだ。


(時代は巡るという事か…)


 魔族との戦いに身を投じていた勇者の中にも、この少女と同年代かさらに幼い少年少女たちもいた。


(やはり、いつの時代も争いとは醜く不毛なものだ)


「我は復讐などに興味はない。 そもそも、我ら魔族を討ったであろう勇者はこの世にもういないのだろう。 憎むべき相手もいないというのに何をしろというのじゃ」


「でも…もしかしたら私たちは、魔族を滅ぼした勇者たちの子孫かもしれないんですよ…! 」


「だからなんじゃ。 先祖が起こした事のツケを子孫が払う必要などない。 今更我が争いを起こしたところで、そこには信念も道理もなく…ただ時代に取り残された魔王が行う一人相撲になるだけじゃ」


 魔族と人族の争いに一方的な悪者などいない。


 互いに互いの正義を信じて戦い、その結果魔族側が敗北した。


 ただそれだけに過ぎない。


(ただ一人残った我が、同胞の憎しみを継承したところで何の意味がある)


 戦いの歴史が生んだ憎悪という負の遺産を後世に残す必要など欠片もないのだ。


「そうですか…。 それを聞いて…安心しました」


「ふむ。 ならよい。 例えお主らが勇者の子孫だったとしても、不安に思うことなどない。 はじめに言ったであろう? 我は争いを好まぬ無害な魔王だ」


「ふふっ、そうでしたね…」


「聞きたいことは済んだか? 」


「いえ、最後に一つだけ…。 魔王さんは…これから、何か。 やりたい事とかありますか……? 」


「やりたいこと、だと。 ……何故そんな事を聞く」


「あっ、べ、別に深い意味とかはないんです…! 」


「ただ。 ただ…私には。 同じ種族の仲間が…目が覚めた時にはもう居なくなってしまっていた事の悲しみや、辛さの大きさは分からないけど……。 それでも、もし自分だったらって考えた時、凄く悲しくなっちゃって……それで…」


「お、おい…! 」


 ポタリ、と。


 彼女の目から零れ落ちた雫の意味をすぐには理解する事ができなかった。


 何故人間である少女が泣いているのか。


 それが我を思ってのことなのか。


 今は亡き同胞たちを思ってのことなのかは分らぬが。


 どういうわけか、目の前で涙を流す少女を見て我の心は酷く揺らいだ。


「未冬…! どうしたのっ、大丈夫…? 」


「う、うん。 大丈夫だよ、ミニューちゃん。 自分のことじゃないのに…変な子だよね、私」


「私はね、ただ。 魔王さんに、これからやりたい事があったらいいなって思ったの。 凄く悲しい時でも、心が沈んでる時でも。 やりたい事があったら、前に進めるって…。 そう思ったから……」


 ああ、つくづく。


 つくづく変な女だと、我は思った。


 他人のために泣く、ましてや同族でもない…ただ一人生き残った魔王たる我のために涙を流すなど。


(本当に…不思議な奴だ)


「我のやりたい事か…そうだな。 我は――」


 食って、寝て、遊ぶ!


「我は、ぐーたら過ごしたい」


 血で血を洗う争いより、楽しいことをして過ごしたい。


 その気持ちに偽りはない。


 だが、願わくば。


 この少女……。


 未冬が、これから先歩む未来は憎しみや悲しみとは程遠い平和なものであって欲しい。


(人族の敵……魔徒、か)


 復讐などに興味はないが。


 守りたいものを守る、その為に力を振るうのは悪くないかもしれない。

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