第3話 我、人違い?

「未冬、ソイツから離れて! 今すぐッ」


 我が名乗ってからしばらくの間、視線を右往左往させていた少女の肩に突如小さな白い猫が姿を現した。


(む、なんじゃこの猫は…少女の使い魔かなにかか? )


「えっ、えっと…ミニューちゃん、離れろっていったいどういうこと…? 」


「どーいうことじゃないでしょっ!! まったく、この子は。 とにかく逃げるよ、ここから。 早くッ! 」


「で、でも。 逃げるっていってもここ、私の部屋だし…」


「そう、そこ! そこだよっ! おかしいと思わない!? 自分の部屋に突然白髪で目つきが悪い大男が現れたんだよ!? おまけに頭から角まで生やしてるし…! 今すぐ叫んで助けを呼ぶ事態だからね、コレ!! 」


「ちょ、ちょっとミニューちゃん。 いくらなんでも初対面の人をそんな風に言ったら失礼だよ…めっ! だよ」


「めっ、ってカワ……じゃなくてっ! そもそもソイツ、人じゃないし! 人間でも獣人でも、エルフでもないでしょ! よく見て! あの二本角!! 絶対ヤバイ奴だって…! 」


「で、でも、他人の個性は尊重した方がいいっていうし…。 私は頭に角が生えててもいいと思うよ…」


「だぁ~!! なんでこの子は、普段オドオドしてる癖に変なところで頑固なのよ~もうっ! 」


 白い猫は前足で器用に頭を抱え、ゲンナリとした顔で少女を見上げる。


(な、なんなのだこの人間は…。 いくらなんでも危機感がなさすぎるのではないか…? 口うるさく聞こえるが、猫の使い魔の言ってることはことはもっともだぞ、うむ)


 二人。


 いや、一人と一匹の会話を聞くに。


 ここはこの人間の少女、未冬とやらの自室らしい。


 知り合いの元へ転移しようとして何故この場に飛ばされてしまったのか我にもわからぬが。


 この、あまりに無防備で警戒心のない少女に対し我としても手荒な真似はしたくない。


「ミニューは心配しすぎだよ…ほら。 ま、魔王さんもこうして大人しく私たちの話を聞いてくれてたし。 私は、悪い人じゃないと思うよ…」


「悪い悪くないじゃなくて、自室に現れた不審者をもっと警戒しないとダメだよ未冬…」


「あーコホン。 うむ。 その…だな。 彼女白い猫の言い分ももっともだが、我は別に怪しいものじゃないぞ。 どうやら転移魔法が誤動作してこの場に飛ばされたようだが。 見ての通り、争いを好まぬ無害な魔王じゃ」


「…………」


「…………」


「ね、ねぇ……ミニューちゃん。 さっきから気になってたんだけど、魔王ってなんだかわかる…? 」


 小声で肩に乗った猫、ミニューに少女が問いかけるが。


 白猫はフルフルと首を横に振り、分からないと仕草で示す。


「む。 なんじゃ、お主ら本当に魔王を知らぬのか? 」


 彼女たちの反応を見るに、わざととぼけたふりをしているわけではなく魔王であると名乗った我に対し本気で疑問を抱いてる様子だ。


「ふむ。 それは妙な話だな…」


「ちょ、ちょっとアンタ、一人で考え込んでないでもっと詳しく話を聞かせなさいよ。 アンタが突然暴れだすような奴じゃない事は分かったけど…未冬の部屋に突然現れた不審者だってことに変わりはないんだからねっ」


「っと、そうであったな。 だが、いいのか? お主は我をかなり警戒しているようじゃし。 我としても、ここを目的地として転移してきたわけではない。 今の出来事はお互いなかったことにして、再び転移魔法を発動しここから我が退散するてもあるぞ」


「それはダメよっ。 こうなっちゃった以上、いきなり現れといてわけもわからないまま消えられた方がモヤモヤするわ」


「私も…魔王さんの話をもう少し聞いてみたいです。 なんというか…その。 こんな事を言ったら変な子だって思われるかもだけど。 魔王さんとは、なんだか初めて会った気がしなくて…」


「なに…! それは本当か…! 」


「ひゃっ…! は、はい…」


「こ、コラーッ! それ以上未冬に近づくなー! ワタシじゃアンタに敵わなくても、お、大声をあげて助けを呼ぶことくらいはできるんだからねっ! 」


「おっと…すまない。 別に我は彼女にどうこうするつもりはないぞ、ただ今の話が気になってな」


「と、とりあえず座ってお話しませんか? ミニューも、あんまり興奮してるとすぐに帰されちゃうよ」


「う~分かったよ…。 でも、未冬が危ないと思ったらホントに大声あげるからねっ…! 」


 キッ、とこちらを一睨みし猫は席に着いた少女の膝上に飛び乗った。


「魔王さんも、よかったらそこにあるソファーにでも腰かけて下さい」


「あ、ああ」


 どうにも、この人間の少女とはなしていると不思議な気分にさせられる。


 我は人族に対し、そこまで敵意を抱いていなかったが。


 本来、魔族と人族はどうあっても相いれない存在なのだ。


 それが本能的な憎しみなのか、先祖たちから脈々と受け継がれ肥大化した憎悪なのかは分らぬが。


 いついかなる時代も魔族と人族、両者は争い続け互いに多くの血を流してきた。


(人族にも、我のように変わり者がいるということなのか…? )

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