第2話 我、出会う

 そもそも我は勇者を名乗る目が据わったヤバい連中が現れるまで、辺境の地で平和に過ごしていたというのにあ奴らときたら寄ってたかって我をボコボコにしよってからに…!


 攻撃する前に少しくらい我の話を聞いてくれればいいものを、あ奴らは問答無用と総攻撃を仕掛けてきたのじゃ。


 まあ我は大人だし、復讐は何も生まんというし…そもそも人族と戦争とか起こしても疲れるだけだし、めんどくさいし。


 今更弱点を克服したからといって、勇者や人族をどうこうする気はさらさらなかった。


 血で血を洗う戦いよりも、楽しいことをしてぐーたら過ごしたほうが何倍も有意義というものじゃ。


(一先ず、この場を離れるとするか)


 もともと魔族の中でも変わり者だった我は、魔王と呼ばれる強力な個体に生まれたのにも関わらず配下とする魔族は一人としていなかった。


 一人で暮らすには広すぎたこの魔王城…その残骸にもはや未練はなく。


 崩落に巻き込まれてしまう前にさっさと退散してしまおうと指を鳴らす。


「転移魔法、発動」


(人気のない場所へ我を転移しろ)






 遠方へ瞬間移動できる転移魔法は問題なく発動し。


 眩い光に包まれたかと思えばすぐに景色が切り替わる。


(ふむ…。 なんじゃここは? )


 ぐるりと辺りを見渡せば、これまで目にしたことがない四角い形状の建物が立ち並んでいる。


(魔王城には及ばぬが、なかなかの高さじゃ…)


 転移魔法の条件に人気のない場所を選んでおいたので、目視できる範囲に人影は見当たらないが。


 四角い建物の上層階に五つの人族らしき気配があることには転移直後から気付いていた。


(妙だな)


 人間や獣人、エルフといった人族全般は魔族である我らからすると独特の匂いを放っているのだが。


 我が転移してきたこの場所は、人族の放つ匂い…その残り香の強さとこの場にいる人数がまったく釣り合っていない。


(つい先ほどまで数百、いや数千人の人族がこの辺りにいたはずだが…)


「人払いのまじない、か」


 一瞬で数千人単位の人族を転移させるというのは現実的ではない。


 おそらくここは、特定の者のみが出入りできる現実世界と紐づいた仮想世界。


 勇者たちが魔族を狩るとき、周囲への被害を抑えるため用いていた結界のような空間だろう。


(我がこの場に転移してくることに気付いていたのか? それとも――)


「グルァァァァァッ! 」


 耳障りな雄たけびに思考が中断される。


 先ほどから随分とお粗末な透明化を用いてこちらの様子を伺っていた魔族の獣…魔獣が、ついにしびれを切らしたのか実体化し我の背後から飛びかかってきた。


「思考の邪魔だ。 去れ」


 いくら同胞とはいえ、襲う相手も判断できぬような輩にはお灸を据えてやらねばと。


 ごく微弱な魔力を載せて虫を払うように片手で魔獣を払いのける。


 グシャッ。


「む? なんじゃ…」


 不快な破裂音を耳にし、払った手の先を見ればグチャグチャになった肉塊が辺りに飛散していた。


(今ので死んでしまったのか…? ウソじゃろ…)


 あまりにも呆気なく挽肉になってしまった魔獣に、しばし呆然とするが。


 よくみれば同胞…魔族だと思っていたその獣は魔力の性質が我らに似ているだけで全くの別種だと気付くことができた。


(ま、まあ…我は襲われたわけだしー。 悪くないじゃろ、うむ)


 ここまで力の差があるとなんだか罪悪感が湧いてくるが、もとはといえば向こうが襲い掛かってきたのだと自分を納得させる。


「……ぬ。 奴ら、動き出したか」



 建物の上層から今起きた一部始終を見ていたであろう人族たちが、一斉に我から距離をとるようにして高所を移動し始めた。


(空中をあの速度で移動できるということは、あ奴らもただの人族ではあるまい)


 今しがた殺してしまった獣といい、結界のようなこの空間といい。


 この場に長居するのは面倒なことになりそうだという結論に至った我は、再び指を鳴らし転移魔法を発動させる。


(これからぐーたら生きるにしても。 辺境の地に引きこもっていたせいか、外界に対する手持ちの情報があまりに少なすぎる…。 一先ず、誰かと話がしたいのぉ)


「転移魔法、発動」


(我を知り合いの者が居る場所へと飛ばせ)


 魔法を発動させながら、そういえば魔族と会話するのはいつぶりなるかと思い返す。


 我がいくら変わり者とはいえ、同じ魔王の知り合いくらいはいた。


 といっても片手で数えられる人数だけだが、久しぶりに顔を合わせる同胞とちゃんと話せるかと少し緊張する。


(さて、誰のもとに飛ばさるのやら…)


 眩い光に包まれ、景色がガラリと移り変わる。


「や、やあ…! 久しぶり…だ…な…? 」


「えっ、あっ、あのっ、ど…どちら様、でしょう…か…? 」


 知り合いのもとへと転移したはずが、我の前にいるのはまだ幼さが残る人間の少女。


「わ、我か…? 我は魔王。 魔王、グランドールだ」


 本来であれば魔族と人間は敵対関係にある種族だが、人違いをしてしまったテンパりと相手が敵意も見せずに誰かと問うてきたこともあり、思わず我は魔王だと名乗ってしまった。


「ま、魔王さん……」


「ああ…そうじゃ」






 これが、この世界でただ一人生き残った魔族の王グランドールと。


 人間の少女、未冬みふゆとの出会いだった。






 ◇◆◇






 速報。


 新都日ノ咲、第三居住区に侵入した巨獣型魔徒の討伐を確認。


 対象は結界内に誘導された後、”B等級クラスB討滅班の活躍により”六分三十一秒後に完全消滅しました。

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