第31話 出羽三山 生き仏の森

 奥州出羽三山は古修験道の聖域と修行場として名高く、即身仏である木乃伊(ミイラ)が祀られている事でも知られる。


 湯殿山神社本宮の内部は「語るなかれ 聞くなかれ」と厳しく戒められており、中で見た事聞いた事は口外を禁止され、土足厳禁、撮影も厳禁の厳格な聖地とされている。


 その三山聖域周辺にまつわる出来事。


 湯殿山麓へ山菜採りに出掛けた人が、鬱蒼と繁る藪を掻き分けて進んでいると、山の斜面で足を取られて転げてしまった。


 幸いに怪我もなく、何に足を取られたのかと地面を見ると、地面から突き出た枯れ枝のようなものが足首を掴んでいた。ミイラの手が足首を握っている。そう思った瞬間にそれはふと目の前から消えた。


 また別の話では、たけのこ採りに山へと入った老人が、山中の斜面に苔が生い茂る崩れかけた石組み跡を発見した。半ば土中に埋もれる崩れた石組みを見て、どうやら即身仏の石室だと気づいた矢先、遠くの藪の中を誰かが歩く音がする。目を向けると、木々と藪の間を枯れ木のようなミイラが歩き回っていた。


 それを目撃した老人は手を合わせるとすぐさま下山し、無事に山から家へと帰り着く。

 話を聞いた家族の者が、山の中で幽霊でも見たのではないのかと問うと、老人は「あれはどうみても生きているようだった」と答えたという。


 即身仏の行を失敗した無念がこの世を彷徨い続けているのか、はたまた不死を会得し生きながら仏と成った者の姿なのか、聖域出羽三山周辺には不思議な話が多い。


 湯殿山麓を流れる梵字川渓谷へ山菜採りに入った人の話。


 その日は陽が暮れかけているのも忘れて山菜採りに夢中になり、気づけば夕方だったという。


 現実に気づいて焦っていると、薄暗い山の奥から、こちらに近づいてくる足音がする。

 何かの足音は側まで来るとピタリと止まり、聞こえなくなった。

 その場から逃げようとした瞬間、停まっていた足音は急に周りをぐるぐると歩きだした。

 ぐるぐるぐるぐる歩いているだけだったが、それは段々走りだして周りの藪が激しく揺さぶられた。どんどん速さを増してとうとう、ひゅーひゅーと風切り音が聞こえてくるだけになり、囲まれたその人は身動きも取れずに立ち尽くして泣いて合掌したという。


 だが回転は止まず、周囲の木々も強風に吹かれたようにざわめき始める。泣きながら必死に合掌して拝んでいるとふとそれは消えた。目を開けると周りは何事もなかったかのように山の静寂を取り戻していた。

 野生動物のようには感じられず、あの足音は紛れもなく二本足で歩く何かだったという。


 梵字川の名は、弘法大師がこの川の流れの中に金色の梵字が書かれたフキの葉を見つけ、導かれるように湯殿山へと辿りついて開山したという伝説に由来する。(全国各地に伝わる弘法大師伝説の一つ)



 月山の付近には寒河江ダムがあり月山湖と呼ばれる人工湖が広がる。

 その湖に噴水装置が完成したおり、記念としてテレホンカードが作られたという。

 そのカードには大噴水の風景写真がプリントされたらしく、カード(最初期バージョン)に転写された噴水写真の吹き上げる水飛沫を見ると、中に霊の顔のようなものが映り込んでおり、その事があってテレホンカードはすぐさま製造が中止されたとの噂が当時は出回ったらしい。


 その人工湖の湖底には沈んだ村や集落が存在している。



 羽黒山山頂には祖先の霊魂を祀る霊祭殿という赤い御社があり、その霊祭殿の奥の斜面には多数の地蔵や石塔、卒塔婆が建立された霊場がある。


 地蔵群はほぼ水子地蔵で約五百体以上が立ち並び、地蔵群の向かい側の斜面には赤い風車の群れと無数の、約九万本もの卒塔婆が林立している。


 そして古い卒塔婆をよく見ると、


「八つ裂きにされて半殺しのまま死んだ先祖の霊」


「○○家先祖が殺害した修験者他拾三名の霊」


「××家先祖に首を切られた一同の霊」


「天神様を利用した前世の命之霊位」


「大先祖糖尿病で狂って若死にした命一同の霊位」


「十一軒口炭坑時代に生き埋めされた人夫一同の霊位」


「一揆そう動で焼き殺された霊」


 …など、一ツ一ツに死に至った原因や怨みの因縁が生々しく克明に刻みこまれている。

 中には消えかけた文字で全ては読み取れないが、


「片輪で生まれた…」


「○○家地獄に落とされ大蛇女狐…」


「背中に何万もの…」


「生きながら殺された…」


 …という、因業にまつわる文字も垣間見える。


 ここには東北地方一帯の寺社、祈祷所や祓い師から集められた卒塔婆も供養されているのだが、その卒塔婆自体が非業の死を遂げた怨みの渦巻く強い怨霊であり、長い年月をかけて羽黒山の力でその怨念が浄化され、成仏を果たすといわれている。


 即身仏のある土地には強い念が籠るため、手厚い供養を決して欠かすことができないという。それは未来永劫永遠に。


 凄まじく過激で過酷な苦行に成功するばかりではない。

 即身仏に失敗する例のほうが数多く、暗闇の中で外に這い出そうと石室をかきむしる僧が、その体勢のまま息絶えて絶命し、壮絶な姿の御遺体で掘り起こされたケースもある。


 埋蔵されたまま忘れ去られ、弟子や村人の夢枕に出て掘り起こされたとの話や、空腹に堪えかねて通りすがりの老婆に土の中から声をかけて食べ物を所望し、空気口の竹筒に団子を入れてもらったが、それが筒にひっかかって塞がれ、もがき苦しんで窒息して絶命したという話もある。



 山形県内では道路沿いや土地に佇むお地蔵様も数多い。だがその中には入仏、芯が入っておらず、別の何かが入り込んでいるものもあるという。

 そのような場所では不自然に事故や事件が繰り返し発生している。


 血まみれの男の怖い話も数ヶ所の地域にある。(国道347号線沿い、鍋越峠、母袋街道、猿倉周辺のカーブ)


 雨の降る夜。道路沿いに血まみれの男が立っており、 それを見た者は強烈な霊障の影響を受け「死ななければ」と呟きながら死への衝動に駆られて暴走し、事故を招く。

 それはかなり強力な怨霊らしいと噂されている。


 果たして凄まじい怨念を宿すその霊は、本当に交通事故で亡くなられた方の霊なのであろうか。


 狭く暗い石室から抜け出そうと、石の壁に手指を掻きむしり、容赦なく頭を打ち付けた行者の姿なのではないかと頭をよぎる事がある。


 とある土地には、ある一軒家へと浄霊に訪れた僧侶が儀式の最中に文字通り、裸足で逃げ出したと言われる忌み地さえ存在する。



 もしも、御供養や埋蔵された即身仏が忘れ去られてしまった土地があるのだとしたら…。


 救世祈願のための入定が断念され、ただ狭い暗闇の中をもがき苦しみ、その果てに怨霊と化して彷徨っているのだとしたら…。




 ※ 一般的な即身仏への入定修行過程


 地面を掘った地下3メートル程の穴の中に石室を作り、その中に木棺を入れる。

 木棺の中に即身仏となる僧侶が入ると蓋を閉じ、その上に土を被せて土中に埋める。

 竹筒が差し込まれて空気穴だけは確保されるが、その石室の暗闇の中で一切の水と食料を断食、鉦や鈴を鳴らしながら座禅を組み、読経を唱え続ける。


 断食の過程、十穀絶ちで体から余計な脂肪や水分をできる限り削ぎ落とすが、極限まで削ぎ落とすために最後は塩、そして水のみとなる。

 その後、内臓の腐敗や虫除け、蛆虫が湧くのを予防するため、人体には毒である漆の樹液を飲み干す。

 漆には利尿作用もあり、何度も嘔吐しながら身体の水分を限界まで排出させる。


 土中の石室には2本の節を抜いた大小の竹筒が通されてあり、そこから内部の酸素が確保され、太い竹筒から弟子達は水を送りこむ。


 細い竹筒のほうには鈴が通してあり、毎日の決まった時間に弟子が鈴を鳴らすと、入定した僧侶も鈴を鳴らし返して生存を伝える。

 そして土中からの反応がなくなった時、弟子達は師匠が成仏した事を知る。


 それから死後3年3ヶ月後に掘り起こされ、若干の手当を施して自然乾燥した後、即身仏として安置される。

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