第29話 年の変わる時

 年を越す瞬間に自分の姿を見てはいけない。


 鏡を見る事は勿論の事、ガラスに映る姿や水に反射する姿さえも、テレビやPCのモニター、スマホの画面、その他あらゆるものに映った自分の姿を決して、絶対に見てはならない。


 見ると死後の自分の姿が映り、その通りの最期を遂げる。


 …という、都市伝説がある。


 元々、ある御家庭に伝わる風習や慣わしのようなものらしいのだが、ある年末年始に起きた話を思い返すと、ひょっとしたら本当に何かしらあるのではないかと思わざるを得ない。


 岩手県平泉。

 大晦日の夜。SさんとAさんの女性二人は初詣の行列の中にいた。


 歴史のある寺社仏閣があり、毎年の初詣は大変な混雑を見せるが、世界遺産候補地の話も出ていたその年の大晦日はより一層、人出が多かった。

 大混雑に紛れ、参道の坂道を登りきる頃には除夜の鐘が鳴り響いていた。

 本堂は見えてきたがまだ距離があり、初詣の大行列もさほど進まなかった為、二人はまずトイレに行く事にしたという。

 人混みを掻き分けて側にある宝物館脇のトイレへ向かうものの、この人出の多さという事もあり、そこにも行列が出来ている。

 行列に並んで、トイレの室内へ入った頃にはもう新年を迎えようとしていた。

 目の前の個室が空くまで、もう少し待たなければならない。

 トイレの中で元旦を迎える。生きてたらこんな年もあるよねと二人は笑っていたがAさんの笑顔が不意に真顔になったという。

 その異変に気づいたSさんは、どうしたの?と聞くが、なんでもないなんでもないとAさんはぎこちなく答えるとその表情はみるみるうちに青ざめた。

 長いこと大混雑の中の坂道を登って具合悪くなったのかなとSさんは心配していたが、トイレを済ませ、本堂で初詣を終えた頃にはAさんは少し元気を取り戻していたという。

 だが、初詣からの帰りの車中でSさんにこのような事を話していたらしい。


 あの時さ…お手洗いの中の鏡に映った自分がふと消えたんだよね…それで…また映ったんだけど…


 そう言うとAさんは口ごもり、押し黙ってしまったという。



 鏡という物は神器でもある。

 お正月に飾る鏡餅は銅鏡という丸鏡に起源を持ち、その鏡は神々が宿る依代とされ、古来から神聖な物として扱われていた。

 来訪する年神様の依り代となる鏡、それを模した丸い餅が鏡餅と称されるようになる。

 鏡餅が二段重ねの理由は、大小二段で月と太陽、陰と陽の意味合いを持つからといわれている。

 そして元来、お正月はお盆と同様に死者の霊魂が来訪してくる現世とあの世の境界が希薄になる時期であり、年神様は人々に年玉という新たな魂を与え、歳を授ける祖先の霊、祖霊であると伝えられている。


 その年神様に新たな魂を授けられなかったとしたら…。

 年の変わる時。

 あの世と通じた鏡の向こうの自分はどうなるのか…。


 年越しの都市伝説を聞いた年の大晦日。

 年が変わる瞬間に私は鏡を見つめてみたが何も変化は起きなかった。

 だがしかし、これはもしかすると死期が近づいた年にだけ、鏡の向こうの自分は、その変貌を見せるのかもしれない。



 あの年越しの夜。どのような自分の姿を鏡の中で見てしまったのか…。


 年を越して、東日本大震災が起きた日。

 Aさんは被災し、若くしてお亡くなりになられている。

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