第27話 豚の頭
ある年配の方(M氏と仮称)から豚の頭にまつわる話を聞かせていただいた事がある。
眠っている最中、夢の中に現れていた豚の頭が現実にも現れるようになったという。
その豚の頭の夢は子どもの頃から現在まで、たまに、ごく稀に見ていたと話している。
何の脈絡もない風景や場面にぽつんと豚の頭がある、そのような夢らしい。
M氏の年齢が五十を過ぎた頃。何かの気配がして振り向くと廊下や座敷の畳の上に豚の頭が転がっているのを見るようになる。その頃から夢の中で見ていた頭だけの豚が頻繁に家中に出没し始め、寝室などの部屋の中にまで現れるようになったという。
時には床から生えるように豚の頭が現れて口や耳を蠢かしている。それは刃物で切り落とされたかのような頭のみの姿をしており、こちらをじっと見ているのだという。
それを現実で初めて見たM氏は驚きと恐怖で廊下に立ち尽くしたまま動けなくなった。眠っている時の夢でしか見た事がない豚の生首がなぜ家の中に転がっているのか。しかもその頭は生きているかのように動いていた。それは茫然と見ていると瞬く間にふと消え去ったと話している。
ある日、トイレに入ろうとドアを開けた際も目の前に豚の首があった。どこを見ているのか解らない、輝きの無い眼をした豚は地響きのような鳴き声を放ち、それに驚いて叫び声をあげ廊下を転げて這いつくばったM氏は、その騒ぎに駆けつけた家族に介抱された。
それまで豚の頭の件は夢の事も含め、周囲はおろか家族にさえも話していなかった。
怖がらせたくなかった気持ちもあるが、その前に信じてもらえない、おかしく思われたくないと思っていたらしい。
だが家族も家の中の、ある異変に気づいていた。
いつの頃からか動物や血の匂いが不意に漂ってくるのだという。M氏の家では犬や猫などのペットは飼っていない。人の加齢臭とも考えたがやはりそれとも違う。それは確実に何かしらの動物、獣の臭みや血の匂いで、微かに漂ってきてはふと消える。それからというものの全ての室内に芳香剤を配置するようにしていたが、その動物の臭みと血の匂いがする時は香りを突き抜けて匂ってくるという。
その頃からM氏は、和室の畳がめくれ上がり、床下から豚の頭が這い出てくる夢を何度も見るようになった。
現実では夜中に気配を感じて目覚めると、枕元の側に豚の頭が鎮座するようになる。まるで自分の寝顔を見られていたかのようだったと話している。そしてM氏に気づかれると豚の頭は眼前からかき消えるという。獣臭と血の匂いだけを残して。
そのような事が幾つか重なり、M氏は家族に付き添われてカウンセリングや脳の検査まで受けたが何も異常などは確認されず、診察では疲れやストレス等が原因なのではないかと片付けられた。
お祓いや祈祷などにも足を運んだらしく、そこでは先祖の因縁が降りかかっていると聞かされた。先祖に何かしら相当な怨みを買った人がおり、その因縁や怨念が現れているのだという。だが高額な料金を支払わされて以降、その類の場所には行っておられず、二度と行くつもりはないと話している。
これは余談になるが土地に詳しい人と知り合った折、地名にまつわる話を何の気なしに耳にした事がある。
祝という文字が当てられている土地には、実は何かしらが葬られている可能性があるらしい。
祝という言葉は古語ではハフリ、ハフル、ホウルなどと発せられ、実は葬るという言葉に通じているという。
古戦場や集落などで出た人の遺体、走れなくなり潰れた、または病死した馬や牛などの家畜、狩猟した獣の遺骸等を集めて葬られた各々の場所や土地に、死者への安寧の祈りの意も込められて、祈と同じ意味合いを持つ祝という文字が付けられたともいわれている。
M氏の居住する家の土地の地名にも祝の文字が入っている。
だがしかし、なぜM氏宅のみに豚の頭が現れるのか、本当の真相は今もって解っていない。
以前ほど頻繁には現れなくなったというものの、やはり現在でも時折、家の中で豚の頭に遭遇するのだという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます