第26話 閲覧注意

 卒業アルバムの写真が変わっていくらしい。


 K子さんという年配の女性の方から自分が所持しているという、卒業アルバムにまつわる話を聞かせていただいた。


 小学校を卒業したあたりから、ふと気づけばなにかの視線を感じるのだという。

 それも一人ではなく、酷い時には集団から見られている感覚が絶えないらしい。

 心当たりがあるのは自分が所持している小学校の時の卒業アルバムと、小学6年生の頃に起きた出来事ぐらいしか思いあたらないのだという。


 K子さんのクラスは男女合わせて計39人。担任は男の先生で小学5年の頃に他校から赴任してきており、その時初めてK子さんの担任になった。怒ると怖いが面倒見のいい、がっしりした体格の先生だったという。


 小学6年の5月。今年度で卒業だから学校に何かを残そうという担任の発案で、みんなで校舎裏の空き地に畑を開墾した。

 その空き地は学校敷地内、校舎のちょうど真裏にあたる。

 校舎に隣接する体育館の側に位置する場所で、当時は端のほうに古びた物置小屋がぽつんとあるのみの、草だらけであまり手入れされていない土地だったという。小学校自体は山の麓に建てられており、その山の頂上には神社が祀られていた。


 その日。クラスメイトは体操着に着替えて空き地に集合後、担任が作業手順を説明し、男子はスコップや鍬で掘り返す作業に、女子は周囲の草むしりをする事になった。

 作業開始直後、一人の女の子が担任に嘆願し、畑の開墾を止めようとしたという。(仮にN子さんと称する。)

 苦虫を噛み潰した苦しそうな顔で担任に詰め寄るN子さんの、あの時の顔は今でも忘れられないとK子さんは話す。


 N子さんとK子さんを含む何人かの女子は仲が良く、新しい文房具や良い香りのする匂い付きの便箋などを手に入れると、よくお手紙を書いて手渡ししたりしていたらしい。

 N子さんは父が祭司関係の人だった影響からか、お手紙にはよく大和言葉や和歌が書かれており、その風流な文面がグループの間で人気だったらしく、とても好まれていたという。


 だがN子さんは体があまり丈夫ではなく、口数もあまり多くない子で学校は休みがちだったらしい。しかし男子がいざ土を掘ろうとした際、やめろ、と激昂したように叫んだという。感情的な一面を見たのはその時が初めてだったとK子さんは話している。

 叫ぶと空き地の地面の上に臥して、泣きわめきながらごろごろと転がって暴れ出し、ふと動かなくなった。駆け寄ると気を失っていて、担任に抱えられ保健室へと運ばれていった。

 N子さんはその日、保健の先生に家へと送られて早退し、それからしばらく一週間ほど学校を休んだ。


 畑の開墾はスムーズにはいかなかったらしい。

 突然の豪雨で中断したり、相次ぐ怪我が続き、なかでもある男子が振り上げた鍬の重さに負けて振り回され、側で屈んで作業をしていた男子の背中に鍬の刃が直撃して大ケガとなり、病院に運ばれる騒動もあった。


 それから何日かして、土を掘り返す作業中に男子が土器を見つけたと騒ぎ始めた。もっと発掘しようと沸き立ち、開墾しながら掘っていると、土中にかなりの量の石が埋まっていた。なかには人の手が加わった半円形や直角の形の物もあったという。

 担任がミニ耕運機を借りてきて仕上げに耕していた時も、機械の刃が石に当たり、掘り返すと自然の物ではないような石のかけらが出土した。

 今思えばそれらは古い墓石のかけらではないかと話している。

 出土してきたその石は担任と男子が近くの川原に一輪車で運搬し、往復してすべて棄てたという。


 紆余曲折あったが畑は完成したらしく、そこにさつまいもをみんなで植え付けした。

 だが畑の開墾に反対したN子さんは再登校後あたりから、いじめを受けるようになった。

 それは無視から始まり、机や下駄箱、所持品への悪戯、罵倒も出始め、次第にエスカレートして暴力に発展した。

 K子さんはN子さんが男子に飛び蹴りされているのを見てしまった事があると話している。

 担任は最初は仲裁に入ったり、なだめたりしていたのだが、次第に見てみぬふりをし始めたらしい。

 そのような雰囲気の中で、ずっと可哀想に思っていたのだが周囲の雰囲気が重く、何も出来ずにいたという。


 二学期が始まると、N子さん宅は夏休みの間に他所へ転居したと聞いた。

 N子さんの母は早くに亡くなっていたらしく、親戚も近くにはいなかったようで情報がK子さんのところまで廻ってこなかったらしい。

 学校での状況もありN子さんからは何も連絡がなかった。

 その事は二学期の始業の時、担任からの簡素な説明で聞いたと話している。


 K子さんはその事情を親に話した事を覚えていた。だがどうも内実は違うのだという。

 親から聞いた話では、ちょうど学校が夏休みに入った直後あたりにN子さんとその父は家を出て、そのまま帰ってこなかったらしい。旅行か祭祀の行事で他所へ出ているのかと皆思っていたのだが、神社の社殿は閉めきっており、境内は雑草が伸びて手入れもされず、お盆を過ぎても車もなく、帰っている気配はなかったという。

 どこへ行ったのか心当たりのある人はしばらくいなかった。ただ役所には転出届が出されていたらしく、その事から他所へ引っ越したのではないかと判明した。

 娘さんが学校でいざこざにあっていたとしても、神社の宮司でもあった人が周りに挨拶もなく急に引っ越すかねえと当時、K子さんの親はとても不思議に思っていたらしい。



 その年の秋。畑で育てたさつまいもを収穫した。畑のそばで落ち葉焚きをして焼き芋を作り、クラスのみんなで食べたという。


 その数日後。6年生は図工の時間に校舎から見える最期の秋の風景を写生していた。

 ベランダや校庭に各々自由に散らばり、仲の良いもの同士は群れて集まったりして、秋の校庭から見える山や空、花壇の草花や校舎などを描いていた。


 その時に校舎のベランダから担任が飛び降りた。


 当時、ベランダで風景画を描いていたK子さんの友人が話すには、担任の様子はいつも通り快活な感じで、そんなおかしい素振りは見えなかったという。

 担任は生徒に画用紙を渡した後、教室の担任の机の上で何かしらプリントをまとめる作業をしていた。

 立ち上がってベランダまで来ると、K子さんの友人含むベランダにいた生徒数人に、絵の進捗の様子を聞いてまわった。

 どうだ出来そうか、と聞くその表情は何ら曇りもなく明るい笑顔だったらしい。

 そしてベランダから校庭にいる他の生徒達に出来上がりそうかー、と大声で呼び掛け、校庭からは様々な場所から返事が返ってきた。遊んでるんじゃないぞー、と先生は笑いながら返した。そしてそのまま笑いながら「今行く」と言うとベランダから身を投げ出して飛び降りたのだという。


 その翌年の春。6年生達は小学校を卒業した。

 校庭の隅に記念のタイムカプセルを埋め、その箱の中には生徒の手紙や物品の他に、一冊の卒業アルバムも入れられた。


 町の広報誌にK子さんの学年の卒業を祝い、何枚か学校生活の様子や町並みの風景の写真が掲載された。

 話を聞くとその画像にも不可解なものが写っていたらしく、その後に回収されたといわれている。


 一枚は教室で授業を受けている写真だが、誰のものかも解らない手が写っているという写真。


 もう一枚は校庭でクラスメイトが自由にはしゃいで遊んでる風景の写真で、昼間だというのに薄黒く陰の暗い女の子が校庭の隅に見えるという写真。


 町並みを撮影した写真にははっきりと写りこんでいた。

 道路沿いにある家の二階の窓辺に性別不明の大きな顔が映っており、それが実体なら異様な大きさなのだといわれている。


 この他にも何枚か掲載されていたというが、ほぼ全ての画像に何かしら不可思議なものが写りこんでいるという噂が出るようになった。

 そして騒ぎが大きくなる前に広報誌は回収されたのだという。

 だが、クラスメイト本人か周囲の人か誰なのかは知らないが、時を経てその卒業アルバムから集合写真を含む何枚かの写真と、学校や町の写真等を画像に変換し、ネットに載せたりSNS等に投稿していた人がいたらしい。


 二十歳の成人式の日。

 校庭に埋めたタイムカプセルを開くと、卒業当時入れたはずの卒業アルバムが失くなっていたという。

 クラスメイトが収めた物品類は盗掘されておらず、アルバムのみが消失していた。


 K子さんはクラスメイトに何かあった時にはその都度、卒業アルバムを見ざるを得なかったという。何かある度、聞く度に開いて見てしまっていたと話している。

 ある時、アルバムの集合写真に薄黒い点がある事に気づいた。

 時を経て再びアルバムを開いてみると、それがいつしか二つに増えていたのだという。それはアルバムを開いて見るたびにだんだんと大きくなり、なんだか人の目のように見えてきたらしい。まるで近づいてくるような感じだったと話している。

 その同じアルバムを所持するクラスメイトのなかには動いて見えると言う人もいた。目のように見える二つの黒い染みがうねうねと蠢いているという。

 それをあまり見たくなかったというが、見る度に二つの黒い染みは拡がり、最後に見た時は集合写真自体の色が薄黒く変色してしまっていたらしい。


 K子さんも含め何人かのクラスメイトは卒業アルバムを開くたび、個別の顔写真も変化しているのに気づいていた。クラスメイトの顔写真に爪で引っ掻いたような傷があると。


 そしてこれは不可解極まりないが、小学校を卒業した後、一年から三年の間隔でクラスメイトが亡くなっているのだという。

 これまでにK子さんの同級生のうち、9人のクラスメイトが亡くなっている。


 N、海水浴にて溺死。S(女)、通り魔に襲われ刺殺。T(女)、自ら起こした交通事故を苦に入水。Y、火事で焼死。S、電車にはねられ死亡。M、火事で焼死。A(女)、大やけどが原因で入院中に死亡。H、行方不明の後、山中にて遺体で発見。E(女)、病死。


 亡くなったクラスメイトは卒業アルバムの顔写真が引っ掻かれた人だった。

 なかでも電車にはねられて亡くなられたS氏は、私の高校時代の同級生の親戚であり、会社の研修で東京都内へ向かった矢先に不幸に遭われたのだと聞いている。


 クラスメイトには色々な神社や寺、霊媒師、祈祷師を尋ねた人もいた。だが、総じて断られるのだという。どうしてもと頼み込んで厄祓いを受けたが亡くなった人もいると話している。

 依頼先からは、このようなものは見たことがない、人ではないから手に負えない。人でも獣でもない訳の解らないものが取り憑いている。写真の奥から何かが見ている。もうそれはアルバムではない等と言われ、頑なに受け付けてもらえないという話を聞いたという。

 ある占い師から、あなたは家に変な本を持ってますねと言われ、それは皮で出来ていると聞かされた。何の皮ですか?と聞いたがそれは解らないと言われた人もいる。


 K子さん自身も何度か様々な場所の、そのような所へ相談へ行ったと話している。

 やはり初見で断られる事もあり、なかでも鑑定の内容は一様に同じような話をされるので、御札を戴いてからは捜したり訪問したりはしていないという。その鑑定内容をかいつまんで聞かせていただいた。


 見られている、というのは文字通り、人に見られているからなのだという。

 写真や画像を通じて見ている人の視線が身に通ってくると言われたらしい。

 ただ、その写真や画像、卒業アルバムも含め、それらはもう実際に撮られた風景ではなくなってしまっていて、それは人の世界を写した写真ではもう無いのだという。そしてその中にいるものが問題だとも言われたと話す。

 それが画像を見る側を写真のあちら側から覗いているから、あまり開いて見ないほうがいい、なるべくもう見ないようにしたほうがいいと忠告された。

 それはなんなのでしょうかと聞くと、確かに写真には染み着いた人と土地の怨念がある。だがもっと奥に何か別なのがいる。神さんなのかその逆なのか、でもその意思だけは強烈に溢れてくる。これだけは言えるが決して人にいいものではない。それがなんなのか解らない。訳が解らない。もう見たくもない。と話されたという。


 卒業アルバムの集合写真や広報誌に掲載された写真、画像を見た人には何かしらの現象が起きているらしく、事故や急病など様々と起きているが、なかでも火事が多いのだという。

 クラスメイトの中には卒業アルバムを燃やした人もいた。だがその後、夜中に火事が起きて家が半焼し、その人は焼死体で発見された。

 台風の影響で豪雨が続いていた日の夜だったと聞いている。

 件の広報誌が町に配られた際も、町では救急搬送や急死、不審火やボヤ騒ぎが相次ぎ、なかには蒸発、失踪した人もいたと話している。


 いわくのある写真や画像。

 卒業アルバムの集合写真、顔が写った町並みの風景、他の様々な写真等は現在もネット中に拡散されている。

 一度、代理人を立てて削除依頼をお願いした人がおり、ネットから見なくなった時期もあったというが、それは一時的なものだったという。

 同画像は海外からも流出している事が発覚し、現在もネット中に再び出回っている。

 再度削除依頼したが、一度ネットに流出した画像は半永久的に残ってしまい、完全な削除は無理のようで、この状況ではお力添え出来ないと断られ、諦めたと聞いたらしい。


 K子さんの卒業アルバムは御札と共に新聞紙で厚く包み、紙袋を何重にも被せて段ボールに収め、押し入れに仕舞ってあるという。

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