第24話 心霊トンネル随想録

 宮城県県北部


 水界隧道、水界トンネルという、今や宮城県では怪奇スポットとして有名なトンネルがある。


 昔からお化けトンネル、化けトンとして名を馳せており、宮城県北における肝試しの名所として君臨していた。


 地元の人間は18歳で原付バイクの免許を取得した時と20歳で普通自動車免許を取得した時、最低でも2度はそのトンネルに参る事になる。


 そしてそこで出くわす。出くわさなかったりもする。

 怪奇好きな人間は何度も何度も何度も、何度も行く。そこに通う。なぜ行くの?と問う。そこに霊がいるから、と答える。もうそれは取り憑かれてるんだと思う。


 現在は新水界トンネルとして新しいトンネルが開通しているのだが、その付近での交通事故件数は不自然に多い。少なくとも年に一度は事故の話が出る。

 そのような場所なので実に多数の人達が昔から現地で奇妙な体験に遭遇し、それに付随して枝葉のように様々な噂が拡散している。


 噂の主たるものを箇条書きで列挙してみる。


 ・現場は山奥で搬送困難なため、トンネル工事中に亡くなった労働者達のご遺体をその場でそのまま人柱として壁に埋め込んだ。


 ・旧隧道トンネル付近に少し開けた空き地があり、そこで焼身自殺があった。


 ・空き地に廃棄された白い車があるが、それに人が乗っている時がある。


 ・そのトンネル周辺の森の中でもご遺体が見つかっている。


 ・トンネル内の壁から白い手が伸びてくる。それも無数に。


 ・トンネルの真ん中で車を停め、クラクションを3回鳴らすと天井からぼとりと死体のようなものが落ちてきて地面で消える。


 ・天井から水滴が落ちていると思ったら血の滴だった。


 ・天井からだらりと人が垂れてくる。


 ・トンネルを通っていると車の上に髪の長い女が張り付いて車内を覗いてくる。


 ・特に白い車は注意。


 ・通り過ぎると車の窓に手形がべたべたと付いている。


 ・トンネル付近では作業着姿の亡霊が現れる。


 ・トンネル内を通っていると霊が並走してくる。


 ・森の中で鳥か動物が鳴いていると思ったら人の悲鳴だった。


 ・森の中に灯りが見えると思ったら人魂だった。


 ・多数の人魂や火の玉に追いかけられる。


 ・荷馬車を引いた牛の霊も現れる。


 ・白いもやのような人影が内部でふらふらしている。


 ・いつの間にか車の後部座席に誰かが乗っている。


 ・呼びかけられても返事をしてはいけない。


 ・森の中やトンネル内でなぜか名前を呼ばれても返事をしてはいけない。


 ・神隠しに遭う。


 ・ひっつめ髪の白髪と古い着物を着た腰の曲がった老婆が一人歩いており、それを抜かすと猛スピードで追いかけられる。


 ・霊に追い抜かれると死ぬ。


 ・昔、有名な霊能者がトンネルに入るのを拒んだ。


 ・志津川側(海沿い側)からトンネルに入ると壁に染み着いた染みが人の顔に見える。それは同じ顔が連なっている。


 ・壁の染みが人の姿に見える。


 ・現在、旧隧道トンネルは廃棄物の土嚢で完全に塞がれているが、外からその土嚢に耳を当てると内部から叩く音がする。


 ・昔、その山奥に伝染病患者が隔離されて住まわされていた。そのため界(さかい)、水界と地名がついた。


 ・水源地を巡って隣村集落同士で争いがあった。その水源地を割って水界と名付けた。


 ・旧旧隧道、旧旧旧峠道と計4本の道があるとの噂話も。そうなると三陸自動車道を入れると計5本。なかでも古い古水界峠(米谷道)では今でも畑などで使用されている。


 ・バイクも車もトンネル内でエンジンが止まる。帰りに故障する。事故に遭う。


 ・1度、事故が起きると続いて事故が起きる時がある。


 ・いくら暑い真夏の猛暑でもトンネル内は異様な冷たさ。


 ・現地に近づくと突き刺すような異様な寒気や悪寒を感じる。


 ・怪異を見てしまうと一週間ほど高熱でうなされる。


 …など、様々な体験や噂が飛び交っている。


 その中でも、高熱でうなされた者の中に含まれるのは高校時代の同級生である。


 突然に学校を休むものだから、その同級生の近所に住む友達に様子を聞いてみると、あのトンネルに行って呪われたんだと言う。

 体調の戻った同級生に詳しく話を聞くと、買ったばかりのバイクを乗って旧水界トンネルへ行って来た夜、高熱が出て昏倒して倒れたと話していた。

 トンネル内で何やらはしゃいだらしく、本人はその事を物凄く反省をしていた。


 今は封鎖されている旧隧道トンネルを通った時、やはりそこで様々な目にあった事を思い出す。


 旧隧道トンネル内は湿気が凄くて地面には水も溜まっていた。

 その真ん中にぼろぼろの学習机がポツンと一つ置いてあった事がある。

 昔の学校で使われていた木製の学習机。

 付近は不法投棄も多く、誰かが中まで持ち込んで悪戯で置いたのかもしれない。

 その当時からトンネルそばの鬱蒼と藪の生える空き地には、一台の廃棄された白い廃車が捨て置かれていた。


 新水界トンネルを抜けて南三陸町側に道路を下ると広い停車場がある。

そこに捨てられていたゴミの塊が地面に寝転がっている老婆の姿に見えた。近づくとただの捨てられた家庭ゴミの袋の山だったのだが。


 友達と連れ立って行った時は2度程トンネルを周回した。

 2周目に旧隧道トンネルを通った時、壁の印象が変わっていた。

 内部は常に湿っているのだが、何かぬめりを帯びて、まるで体内を、内臓の中を通っているように見えた。ヘッドライトの光の反射の影響だと思うが、まるで壁が胎動して蠢いているようにも感じた。


 そして新水界トンネルを抜けて帰路に着くのだが、ふと去り際に友人達とトンネルのほうを振り向いた時、(何かの見間違いかも知れないが)トンネルの入り口のほうへ血まみれの作業着の人が入っていくのを見て騒然となった。

 そのまま我々の乗る車は停まらず、町のほうへと向かう道路を進むのだが、曲がりくねった林道に差し掛かった時、カーブを曲がりきれずに道路から外れて木に衝突している事故車を発見する。

 友達と車を降りて、その事故を起こした白い車を見に行くと車内に人は乗っていなかった。

 ちょうどガードレールの切れ目に突っ込み、脇の斜面へ斜めに落ちていたようだった。ボンネットは木に追突してひしゃげている。

 灯りもなく暗い林道の中、大声で運転手が近くにいないか呼んだり捜したが見つからず、その日は帰った。

 その後、その事故車がどうなったのかは解らない。が、今になって思い返してみると、旧隧道トンネル脇に今も捨て置かれている白い車に似ていたかもしれない。



 宮城県南三陸町と登米町の境界をつなぐ旧水界トンネルは、明治19年(1886年)に竣工。

 宮城県が着工した県内初の近代トンネルとして、史上に名を残すトンネルである。

 1953年に改修工事がされた。

 1981年には新水界トンネルが開通。


 隧道の隧の意味は、 棺を埋めるために地中を掘り下げる墓穴へと通じる道だという事を、つい最近知った。


 現在。歴史のある旧隧道トンネルは、東日本大震災で排出された特定廃棄物保管場所として封鎖され、塞がれてしまっている。



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