第20話 帯
M県某町
中学2年の頃。夏休みに起きた出来事。
友人達計4人で夏休みの宿題をこなす合宿でもしようと誘われた。
場所は同級生の親が所有する一軒の空き家。
その空き家がある地区は山と田んぼに囲まれ、近くには小川も流れて夜はホタルが舞い、涼しく静かな場所で夏は快適に過ごせるという。
元々はその同級生の祖父母が住んでいたらしい。そこへ4人集まって和気あいあいと宿題をこなしていた。
開けっ放しの窓からは風と川のせせらぎの音と虫の鳴き声しか聴こえてこない。
エアコンはなく、でも扇風機も必要ないほどとても涼しかった。
外を見渡すと周囲に何軒か家々が見える。だがあまりにも静かだった。
山際の一際大きな茅葺き屋根を見つめながら、周りには誰も住んでいないの?と同級生に聞いた。
「ここらへんにはもう誰もいないかもしれない。不便で引っ越した人も多くて。農家さんが田んぼを見に来るだけかな」
水もガスも止めてあるので夕飯には持参したお弁当を食べ、その後は縁側で菓子をほおばりつつ手持ち花火で遊んでから、ホタルを観に川沿いを散歩した。
ずっと遠くにぽつんと外灯が1つだけ見えるがあとは月明かりだけ。
何軒か点在する家々にもやはり明かりはなく、周囲には虫と蛙の鳴き声と私達の声が響くのみで本当に静かな夜だった。
「よし、廃墟に行こう」
誰かが言った。
突如として肝試しが始まり、昼間に見えた大きな古い家へと潜入する事になった。
かつては立派な家であったであろう昔の農家の大きな茅葺き屋根の邸宅。
今は人もいなくなり、すべて古ぼけていた。
玄関には鍵がかかっておらず、引き戸はホコリを引きずらせながらも難なく開いた。
静まり返った家の中。懐中電灯を照らすと土間が広がった。
すごいな、と友人達と感嘆しつつ中に潜入する。
見回すと中は荒れてなく、物も散乱してはいなかった。
これなんだろね、と一人が何かに気づいた。
見ると土間の地面に黒い長いものが落ちている。
よく見ると藍色の高級そうな帯だった。
それはほぼ一直線に家の奥のほうへと落ちていた。
私達4人は何の気なしにその帯を辿るように土足で奥へと進んだ。
居間、座敷へと連なる帯を見て、長いな、と友人が呟く。
奥座敷の真ん中辺りで帯が途切れた。
終わりか、と誰かが言った。
畳から懐中電灯の明かりを上向かせると目の前に大きな仏壇があった。
仏壇の扉は開いていた。仏壇の周りは見える。だが仏壇の中が見えない。
真っ暗闇の空間がぽっかりと空いている。
懐中電灯の明かりが吸い込まれるような闇。
やばいやばい、まずいと騒然となって廃墟を飛び出して私達は逃げ帰った。
なんだありゃなんだありゃ、と呟く。
全速力で逃げたものだから息が整うまでしばらく時間がかかった。
「やばいよあの家、なんなんだよ」
まだ夜の9時前だったが落ち着いても身体は変に疲れていて、もう布団で休む事にした。
何時頃だったろうか。
視線を感じて目を覚ました。友人の誰かだと思った。
違う。雰囲気が違う。
私の頭上、天井のほうから物凄く威圧感がする。
怖くて目が開けられなかった。それはじっと私の顔を見ている。重く、気持ち悪い気配。
ズーッとそれが顔すれすれまで降りてくる。
そこからの記憶はなく、気を失ってそのまま寝てしまったのだと思う。
朝起きると友人達はもう起き上がっていた。うなされてたけど大丈夫?と心配された。
あんまり寝れなかったと友人達は言う。皆、誰かに見られていたという。
一人だけ、目が覚めてから寝付けずにいた友人が話しはじめた。
「何時か解らないけどパッと目が覚めたんだよね。横向きに寝てて、上から見られてる感じして友人のうちの誰かだと思ったの。そしたら目の前に足があったの。着物きた男の人の大人の素足。あれ知らない人だよね。グーッと顔見られてて気持ち悪かったよ。皆を一人一人見てたみたい。その人ぐうるぐうるぐうるぐうる私達の周りを廻ってた。でも足音がしないんだ。空が明るくなってくるといつのまにか消えてた。」
もう一人が言う。
「昨夜は言えなかったけど、昨日見た仏壇さ。中、真っ暗だったじゃない?あれさ、なんかさ、笑ってなかった?なんか暗闇が笑ってるように見えたんだよね」
それを聞いた私達は早々に帰り支度を済ませ、一晩泊まった空き家を去る事にした。
後日。その空き家を所有する同級生の親御さんが、私達が肝試しに進入した廃墟の邸宅へ様子を見に向かわれた。
だが中を見ても帯は落ちておらず、奥座敷も確認したが仏壇は取り払われてて無かったと話していたという。
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