第17話 迫る木

 宮城県K山


 風力発電所建設計画の選定地として、とある山地が選ばれた。

 完成すればその山の山頂付近を中心として山々に大きな白いプロペラが立ち並ぶという。

 まずは山頂付近一帯に測量が入ることになった。


 その測量士が山で遭遇した話なのだという。


 山の中腹まで車で入り、そこから二人で機材を担ぎ、山道を進んでいた。

 少し休んでいると山道の脇に獣道までではないが鬱蒼とした小道を見つけ、ここを通れば山頂に早く着くんじゃないかという話になった。

 見ると枝が生い茂り荒れ放題だが人の通った痕跡もある。山仕事の人が使っていそうな知るひとぞ知る小道のようだった。

 見上げると今まで周りは雑木林だったのが、遠くには山頂付近でしか見れないような別の種類の樹木が見える。二人は鉈を片手にその小道を突き進む事にしたという。


 絡む枝を叩き折り、小道を進んでいく。

 鬱蒼とした道だがずっと奥の前方に黒茶色の木を発見し、それを目印に登っていった。

 どうやらこの小道は山頂へショートカットするような近道らしい。知るひとぞ知る隠れ道を見つけ、帰り道もここを使おうと切り開いて進んだ。


「なあ…なんか変だぞ」

 後ろからついてくる同僚が言う。

 薄々と気づいていた。

「進んでいない」

 行けども行けども全然進んでいないと感じていた。

 目印にしていたずっと奥の黒茶色の木もさっきから同じ位置にある。周囲を見渡すとさっきと同じ景色に見える。木の配置、枝の様子、根っこの形。見た覚えのある同じ樹木。まるで錯覚でも見てるかのように感じた。後ろを振り向くと切り開いてきた道があるが、それを見る限りでは結構な距離を進んで来たように思える。

 違和感を覚えてしまい、進むか戻るかどうするか二人は考えた。が、ここまで進んできた事だし、また本道の山道に戻る可能性もあるからとそのまま小道を進むことにしたという。


 なんとか山道が見つかり二人は山頂に着いたがだいぶ時間がかかっていた。

 その山はさほど高い山ではなく、麓から山頂までは大人の足なら徒歩で一時間もかからない。

 車で中腹まで登れば二十分もあれば山頂に着けるが、二人が山頂に着いた頃には一時間はもうすでに経っていたという。

 登頂に時間を取られた事に驚いて、日が暮れる前に終わらそうとすぐさま測量機材を設置して仕事に入った。


 だが終わらなかった。

 切りのいいところで切り上げて機材を片付け、遅い昼食の弁当を食べてると、目の前に見覚えのある木がある。

 黒茶色の木肌の樹木が目についた。この山にはこの木がたくさんあるんだろうなと思ったらしい。


 二人は弁当を食べ終えると、あの小道は使わないで、ちゃんとした山道を降りることにした。

 今日はえらい目にあったなどと話ながら降りていると、あの登ってきた小道の場所が気になり、どこら辺だったかと周囲を見回してみたという。

 そしてちょうど後ろを振り向いて見た時、黒茶色の木が目に映った。

「あれ、あんなのあったっけ」

 今通ってきた山道なので目立つものは覚えてるつもりだったが、ふと湧いたように後ろにその木が存在した。べつに見落とす位置でもなく、 突如として目に映った木を不思議に思った。だが近寄って確認はせず、その時は早く帰ろうという気持ちが勝って山をすぐに降りることにしたという。


 二人はしばらく黙々と山を降りていたが、何故か後ろが気になって仕方がなかった。だが振り向いても誰もいない。

 ただ通ってきた登山道の端に、あの黒茶色の木がまた生えていた。通る時は何もなかった場所にさっき見た木がある。まるで同じ距離を保ってついてくるようだった。

「おかしいぞこの山」

 そう言って二人は走って車まで戻り、降りてきた山道を見上げた。

 何もなかった場所にあの木が生えている。

 藪しかなかった場所に黒茶色の木が生えていた。それを見た二人は急いで車を発進させ麓まで降りた。バックミラーを見ると後ろの山道にあの黒茶色の木が突然いるように思えてならず、急いで逃げるように帰った。


 翌日。再び山頂へと登ったが、その黒茶色の木はどこにも見当たらなかったという。


 その後、山頂の風力発電所建設計画はなかなか進捗せず、結局、頓挫してうやむやとなった。



 山に詳しい人の話では繋ぎ木でも切ってしまったのではないかという。


 山中のとある場所には繋ぎ木というものがあり、その木の枝は周囲の全ての木と繋がっているらしい。

 隣接する違う別の木の幹が絡み合って融合する巨大な宿り木のようなものなのか、はたまた木ではないのか。

 繋ぎ木の枝を切って道を開いてはならない、もし切ると繋ぎ木に持ってかれる、命を取られるという。


 そこの地名は綱木乃沢(ツナギノサワ)と呼ばれている。


 またその山にまつわる昔話には、狗賓(グヒン)という天狗の一種の話がある。


 寝ずの番をしていた炭焼き夫が狗賓と遭遇し、手助けをしたら金を貰ったという。

 有名な霊山を拠点とする大天狗や小天狗に対し、狗賓は日本全国各地の名もない山奥に棲むといわれる。

 狼の姿をしており、人語を理解し、時に人を惑わすとも伝えられる。

 あまりに酷い自然破壊などで狗賓を怒らせてしまうと人間に災いを振り掛けると信じられている。


 そして宮城には木の精霊の民話もある。

 タンタンコロリンまたはタンコロリンと呼ばれる柿の木のお化け、妖怪の怪異談で、本性は柿の老木の精霊ともいわれ、柿の実を採らずに放置しておくと出没するという。


 あの黒茶色の木も、森を守る山の精霊の類いであったとしてもおかしくはない。

 山の中には人知を越えた者の領域があり、そこにふと足を踏み入れてしまうと異界に誘われ、迷い込む時もあるのであろうか。そのような事があったとしてもおかしくはないのかもしれない。


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