第14話 命日 後編

 友人Tの家で友人Kと共に体験した出来事の続きの話。



 私達は集合写真が収められた写真立てに合掌した。

 その写真の中にはTの亡くなった友人が一緒に写っている。

 今日はその友人の命日だった。

 突然の不慮の事故でこの世を去っていってしまった彼を友人Tは忘れかけていた。

 その日に気づけてよかったと思う。

 合掌して拝んだ後、棚に写真立てを戻して丁重に伏せた。


 時計はもう日付を変えようとしていた。

 ケータイの時刻を見る。壁掛け時計と同じ時刻だった。

 怪奇現象続きで張りつめた空気と緊張感に支配されていたが、心がいくらか晴れやかになり安心した。

 落ち着いて帰れる。これでゆっくり寝れる。

 KはTの自室であるその部屋に泊まる事になっていた。

 お開きとなり、玄関先でTとKに見送られた私は車に乗りこむと帰路へついた。


 深夜の道路には対向車もなく、外灯もない田舎道なので不意に飛び出す野生動物に気をつけて進む。

 でも違和感を覚えた。眠気でぼけたのかとも思った。道をあまり進んでいないように感じる。

 通り慣れた道路であり、道の風景もどこに何が見えるか、どこに何分で到着するかなどは感覚に染み着いて憶えていたはずだった。Tの家までは10分、遅くても15分はかからない。帰りの運転をはじめてもう15分は経っていたのだが自宅にはまだ着いていなかった。


 個人商店の自動販売機の灯りの前へ車を止める。

 ジュースでも買おうと車を降りようとしたがやめた。


 外に何かがいた。

 何人もの人に車を取り囲まれているような感じがする。


 すぐに発進してその場を離れた。

 結局、自宅に帰れたのは深夜1時前だった。

 不可解で信じられなかった。

 あの時間の感覚の狂いは今でも本当に理解しがたい。


 そしてこれはその日の数日後に話を聞いたのだが、Kの身にも異様な事が起きていた。


 あの後、KはTの部屋のソファに寝っ転がり、そのまま眠りに落ちてしまったらしい。

 そして夢を見たという。

 気づくとTの部屋ではなかった。

 暗い天井とカビの臭い。古ぼけたコンクリートの壁。薄暗く長大な部屋。

 むしろの上にKは雑魚寝で寝かされていた。

 それが自分一人だけではない。何人もの人間が寝かされている。薄汚れたボロ布を着て寝ている人の列。その列の中にKはいた。


 目の前に隣に寝かされている者の姿が見える。だがボサボサの長い髪に覆われて顔は見えない。

 うぅ…うぅ…と、か細い声で唸っている。


 なんだここ、とKは目を疑った。

 金縛りなのか身体が動かない。眼球だけはかろうじて動かせる。前方を見渡してみると、少し離れた列の中にいる一人が苦しみだした。

 Kはその姿を見て、助けに行かなければと思ったという。すると背後のほうからカッカッっと軍靴の響きが聞こえ、苦しんでいる人の側へ走っていく者が見えた。


 軍帽と軍服を着た軍人らしき者が苦しんでいる人の頭上に走り寄りなにやら怒鳴り始めた。怒張した罵声が辺りに響き渡る。

 軍靴を乱雑に鳴らし、何人もの軍人が走って苦しむ者の周りに集まって来た。すると罵詈雑言を怒鳴り散らし、苦しむ者に殴る蹴るの暴行をはじめたという。

 返り血が跳ね、軍人の拳が血で濡れているのが見えた。

 Kはやめろやめろと叫んだつもりだったが声が出ない。

 苦しむ者は動かなくなり、軍人達はそれぞれ軍靴を響かせて離れ、闇の中へ消えた。


 血の臭いがする。

 Kは嗚咽を洩らし泣きそうになっていたという。

 ふと背後のずっと遠くのほうからなにか呻き声のようなものが聞こえてきた。

 それは背後のほうからゆっくりと近づいてくる。何者かがお経を唱えながらこちらへくる。

 Kはそれが僧侶ではないと悟った。その読経が近づくにつれ、背中に刺さるような強烈な殺意を感じていた。

 読経の声が大きく響き、どんどん迫ってくる。Kは死に物狂いで呻いていた。身体が動かない。読経が頭上で唱えられている。怒鳴るような声で経文が響いてくる。急に肩へ手をかけられ仰向けにさせられた。身体が回転すると視界も動き周囲が見えた。

 ボロボロのコンクリートの天井。その下にTの顔が見えた。Tが同じ異様な空間の中にいる。

「大丈夫か?大丈夫か?」

 そう言ってるのが解るが、声がくぐもって聞こえてくる。

 Kは肩を揺さぶられ、ハッと金縛りが解けた。

 目の前にTがいる。見渡すとTの部屋にいた。

 Kの呻き声が聞こえてきてTは起きたという。

 部屋に入ると異様に苦しんでいるKの姿があり、急いで起こしたらしい。


 夢なのか異界に迷い込んだのか。

 あの時、Kは起こされなかったらどうなっていたのだろうか。

 その夜の出来事は思い出す度に気がかりを残している。


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