第10話 滝不動明王

 二十数年ほど前。


 友人が山形県の怪奇スポットへ肝試しに行き、その後に身の回りで起きた出来事。


 山形一の怪奇スポットとして全国に名の知れ渡った、滝不動明王。そこへ行ってきた、と友人Kから電話が入った。

 それ以降、一緒に行った友人Tの様子が帰ってきてからちょっとおかしいという。

 山形県の友人Uとその彼女に会いに行き、計4人で遊んでいたらしいのだが、夜に思いつきで急に連れていかれたらしい。


 滝不動の他にも近辺の2つの怪奇スポットに立ち寄り、一晩で計3ヵ所を続けて巡ったのだという。

 彼らがどのような場所を巡ってきたのか話を聞いた。


 まず滝不動。

 滝不動自体には幽霊が出没するという噂は少ないが、訪れた帰りに事故に遭う話が多いという。

 境内にある刀剣を触ると祟られるという根強い噂の他、


 ・処刑場、斬首場跡地


 ・戦国時代の古戦場跡


 ・赤子を背負いながら野良仕事をしていた母が、不注意から鎌で赤子の首を切り落としてしまい、母も鳥居で首を吊って後追い自殺をした


 ・二人の霊を弔うために首なし地蔵が設置してある


 ・滝壺の岩場に刺さってある剣を触れたり持ち上げたりすると祟られる


 ・テレビ番組でも何度か取材が来ており、有名な霊能力者がここを訪れた際、「これ以上は進めない」と奥まで行けず途中で引き返した…等の噂。



 次に滝不動近くの火葬場。


 ・駐車場の敷地内を、車で8の字に廻ると心霊現象が起こるといわれている


 ・この場所が本来の処刑場であったという噂



 最後に滝不動から道なりに登って行くとある隧道、山元トンネル。


 ・ トンネルの中で車を止めてクラクションを3回鳴らすと霊が出る


 ・白い車で行くと事故に遭ったり車体に赤い手形が付く


 ・行った後、車のエンジンがかからなくなりそのまま廃車


 ・トンネルから出た後、子供の小さな手形が車の窓やボディーに、べたべたと無数についている


 …等、その山では数多くの事が起きている。

 現場は鬱蒼とした山道で人気はなく、山全体が異様な雰囲気を醸し出している。山の辺り一帯には成仏できない多くの霊が今も彷徨う。

 土地全体に強い怨念が渦巻いている。


 集まった4人でそういった怖い話をしているうちに、今から行ってみないか、と急に誘われて出掛けたのだという。


 お盆も近い夏の夜。

 友人Uの運転する車に同乗し、彼らは国道から山へと続く県道へ入り、山元トンネルを抜けた。その時は何も不可思議な事はなかったらしい。


 そして火葬場の駐車場へ着くなり、友人Uの車は大きく8の字を描いた。

 ただ駐車場が見えてきた時点でなにか周囲の空気が変わったという。どんよりと重い空気。Uの彼女は夏だというのに寒い寒いと呟く。確かに何か突き刺すような身震いのする冷気を感じたらしい。

 そして一行はそのまま滝不動へ向かった。


 滝不動に到着すると路肩に車を停め、懐中電灯を持つUを先頭に、滝不動明王境内を目指す。

 過って赤子の首を落とした母が、そこで首を吊ったと言い伝えられる石の鳥居をくぐると、滝の水の落ちる音が聞こえる中、急な石段を降りていった。

 途中のお地蔵様の前で合掌し、赤い橋を渡る時、後ろのほうから足音が聞こえたという。

 先程通った急な石段を降りてくる足音。

 Uは音のする方へ懐中電灯の灯りを振り向けたが、降りてくる人は見当たらない。そこには誰もいなかった。一気に張りつめて緊張が走った。

 戻るに戻れなくなり、境内と不動明王像はすぐそこだから拝んで帰ろうという話になった。

 社殿内には剥き出しの刀剣が飾られており、それを拝礼する。

 社の中の壁には写真が飾られていた。

 それは地元の氏子の人や滝不動に所縁のある方々が境内前で撮影したと思われる、集合写真らしい。


「その中に自分がいる」


 灯りで照らすUが写真を眺めながら呟いた。

 なに言ってんの、馬鹿言うな、と皆は騒然となり、どこに映ってるの?と聞いた。

 消えたという。

 集合写真を見ると経年劣化で色褪せており、被写体の人物達もところどころ歪んで映り、不気味な感じがした。

 ここで冗談言うのはやめろとUを怒りつつ、境内裏の滝へ足を進めた。


 滝の傍に不動明王像がある。

 処刑場で斬首後、刀剣の血を洗ったと言われる滝壺。

 岩場に立て掛けられている、赤茶けて錆び付いた数多の刀剣と槍。

 湿気に塗れた様々な奉納刀。

 古代の銅剣の様な型や斬馬刀のような幅広いもの。

 中でも目についたのは剣先がひし形の、不動明王様が持つ降魔の三鈷剣。

 それらはすべて触れたり動かすと祟られると噂されるものだった。


 不動明王像を拝んで、彼らは即座に道を引き返した。

 先頭は懐中電灯を持つUで、後ろにUの彼女、それに続きK、最後尾はTで急な石段を上がる。Tは手持ちのライターをつけて灯りにしていた。

 その後ろから登ってくる足音が聞こえてきたという。

 Tは何も言わなかったがやはり怖かったようで、列は自然と前へ押しつめる様になっていたとKは言う。

 一行は道路まで戻ってくるとすぐさま逃げるように車に乗って山道を降りた。

 国道へ出ると何を思ったのかUは反転して再度、今降りてきた山道に車を進入させて駆け上がった。車内は騒然となり、Uに対して非難轟々の怒号や罵倒の嵐が響いた。来た道を戻ったほうが家に近いというUの言い訳に皆は呆れたという。


 暗闇の山道。さっき逃げてきた滝不動の入り口。石の鳥居。それを越えて火葬場付近を通り過ぎ、山元トンネルへ差し掛かる。

 そこでKはトンネル入口上部の草むらに座り込む人を見た。

 男か女か解らない、白装束の痩せこけた人。

 髪の毛はボサボサのまま、座り込んでうつむいていたという。


 そしてヘッドライトに照らされたトンネル内部に進入すると、黒い人影が天井から地面にぼとりと落ちて消えたのが見えたらしい。

 みんな怖がると思い、その場では口には出さず見た事を言わなかったという。


 帰りは皆疲れたのか喋らず、お通夜の帰りのようだった。

 Uの家に戻ると少し仮眠し、早朝に山形を離れ、帰ってきた。

 それが二週間前なんだよね、とKは話した。

 大丈夫だったの?と聞くとKは大変だったらしい。その日以降、口内が腫れあがって歯茎から膿が滲み出し、一週間ほど食べ物が上手に食べれなかったという。

 Tは?と聞いた。


「彼は元気にピンピンしてる。でも変なんよ」


 あいつの電話の調子がずっとおかしくて笑えるから近いうち連絡してみて、と言われTに連絡を取ってみることにした。


 電話向こうのTは変わらず元気な様子だった。

 だが何かが変だった。

 電話越しにTの話し声と共にノイズのような音が聞こえる。

 何か聞こえないかと聞いても解らないという。

 不規則に鳴るノイズ。

 何か作業しながら話してるのかと聞いても何もしていないという。

 何かを刃物で切り裂く音に聞こえた。

 Tと電話で話している最中、それはずっと聞こえていた。

 手で布を引き裂く音も聞こえる。

 それにTは気づいていない。

 切り裂く音。引き裂く音。

 しばらくの間、連絡する度に電話口からその音は聞こえてきた。


 その後の話。

 山形県の友人Uは、その夜の一件が原因かどうかは解らないが、彼女と別れていたという。



 彼らが訪れた山には昔、城があった。

 別の山に移転後、今も現存する上山城。

 元々、古い上山城はそこから西の虚空蔵山に建てられていた。滝不動と火葬場近辺はその城の裏手にあたる。

 そこは古来から罪人の首切り場があった場所だといわれている。

 戦国時代、古い上山城は侵攻してきた伊達軍の猛攻で落城した。

 その山中一帯では多くの将兵が戦死し、命を落としたという。



 現在。滝不動明王は閉鎖され、奉納された刀剣類は全て撤去の後、立ち入りは禁止されている。


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