第8話 ペタペタ
M県T市Y橋
橋を渡る時は霊に追いかけまわされるから気をつけて
そのような噂を聞いた事がある。事の起こりはとあるバイク事故なのだという。
Y町とH町をつなぐ国道346号線は川辺の土手沿いを通り、隣町へ行くには対岸に渡らなければならず、そのY橋はH川を跨いで架けられている。
その橋へと進入するにはほぼ直角のどぎついカーブを曲がりきり、橋を渡りきった時も直角カーブで対岸の道路へ抜けなければならない、通る際には注意が必要な危険箇所であった。
昭和末期のある夜。黒いフルフェイスのヘルメットとライダースーツを装着した男性の遺体が発見された。
この話は語り継がれる噂話として聞いたのだが、元々はその事故現場の発見者、もしくは現場検証や処理等で駆けつけた警官や業者の方が目撃した状況を、周囲に語ったのが始まりかもしれない。
それは変な事故現場、奇妙な遺体を見たという話から始まり、憶測が語られる。
ある日の夜中。1台の中型バイクが土手の直線道路をかなりのスピードで飛ばし、その橋へと差し迫っていた。
ライダーは橋を察知し、コーナリングの体勢を決める。
ハンドルをさばき車体を傾けアスファルトに膝を擦り付けながらカーブに切り込み、橋へと進入した。…はずだった。
バイクは橋の欄干へ激突。衝撃で弾むと激しい金属のひしゃげる音を響かせ、火花を散らしながら何度も回転して止まった。
ライダーは身体をバイクと欄干の間に挟み込まれた。追突による急激な車体の回転で足はズタズタにすりおろされ、血飛沫をあげながら腹から下がねじり切れた。
衝突の衝撃で弾んだ上半身は宙に飛ばされ、橋の真ん中へ叩きつけられると首がねじ曲がるほどの勢いで転げまわった。その勢いのまま腕で地面に立つような姿勢になった途端、その腕を激しくばたばた動かした。
ライダーは血濡れの腸を引きずりながら手だけで走り始めた。
フルフェイスを被った上半身は橋を渡りきり、ばたりと倒れ込むと拡がる血溜まりの中で動きを止めた。
橋のアスファルトには引きずった腸とペタペタと走った手のひらの血の跡が残っていた。
…見る限り、そうなったとしか考えられない奇妙な事故現場だっという。
その事故以降、橋にまつわる奇怪な噂が聞かれるようになる。
・渡ろうとすると後ろからペタペタペタペタと何かが迫る音がして振り向くと血まみれの上半身がいた。
・車やバイクで橋を走行中、外に違和感を覚え、視線をやると上半身だけのライダーが並走していた。
・その上半身に追い抜かれると呪われ、祟られる。
・霊とのレースに勝ったが家までついてきた。等々
私の高校時代の同級生も橋で怖い思いをしたという。
当時、Y橋のペタペタという霊の噂話を耳にした私は、その近くの地域に住む同級生に噂の真偽を聞いてみた。
「その橋は通学で毎日通るけどなんにもないよ」
そう言われ、やはりただの噂かと拍子抜けしたが、彼はふと思い出したように、いやちょっと1度だけ変な事があったと語り始めた。
まだ原付バイクの免許を取る前、自転車で通学していた頃。
町で遊んで帰りが遅くなり、家へ帰る頃にはもう辺りは暗くなっていた。
その橋を自転車で渡りきった時、後ろに気配を感じ振り向くと、真後ろに真っ赤な光が漂っていたという。
最初はUFOだと思ったらしい。野球ボール位の真っ赤な光の玉。
驚いて自転車を急いで漕ぎ、引き離したかと振り向くとまだ後ろにいる。
かなり走って何度振り向いても真っ赤な光がいて、どこまで追いかけて来るのか焦ったという。
その光は一定の距離をつかず離れずについてきているようだった。
しかし雰囲気がとても気味悪く本当に気持ち悪かったと話していたのを覚えている。
家の入口へとたどり着き、再び振り返ると、その真っ赤な光はいつの間にかいなくなっていたらしい。
ただ、これは後で思ったんだけど、と彼は言う。
「その真っ赤な光さ、よく見ると光じゃなくて、なんか内臓とか臓物みたいなのの塊に見えたんだよね」
その1度きりだけ、橋であったんだと語っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます