第7話 プールの底

 M県M町


 夏。水泳の授業での出来事。


 その日は朝から快晴で気温もどんどん高くなり、絶好のプール日和だった。

 水着に着替えた小学6年生の児童達は準備体操を終え、自由遊泳で水に身体を慣らした後、水泳記録会のタイム測定をするため、プールサイドで待機していた。


 飛び込み台には最初に測定する生徒達が上がっている。

 教師のホイッスルの合図で一斉に飛び込む生徒達。

 その飛び込みの水飛沫に歓喜したり、応援する声や速いタイムを弾き出した生徒への歓声等でプールは盛り上がっていたという。


 次に出番がきた男子生徒が飛び込み台で姿勢を取る。ホイッスルが鳴り響き、その合図で水面に勢いよく飛び込んだ。息継ぎをしながら水を掻き分け泳ぎ進む。


 ふと男子生徒は気づいた。


 自分の身体の真下、プールの底を自分の動きに引っ付くように動くものがある。最初、それは自分の影なのだと思った。だがその影はプールを泳ぎ進むごとに色がだんだん濃く見えてくる。


 違和感を覚えたが集中が途切れないように無視して25mを泳ぎきり、ターンを切り返した。その瞬間、視界に水底が見えた。自分の身体の真下に黒くて濃い影がある。その時はもう物体のような気配に感じていたという。それを見ないように男子生徒は目をつむって闇雲に泳いだ。だが水底の気配が急にグッと強まり、目を開けてしまった。


 プールの底。目の前に女児の顔がある。


 半壊した頭から脳がはみ出ている女児の蒼白した顔。ぼろぼろの焦げ茶色の着物。血走った目を見開き、口を蠢かせ何かを言っている。


 ―たすけて

 ―たすけてよ


 水の中、恨みがましい声ではっきりと聞こえた。


 ―たすけてよ


 女児が伸ばしてきた手が腕に触れた。異様な冷気が身体に走ったという。男子生徒は叫び声をあげて水を大量に吸い込み、パニックを起こしてプールの真ん中でもがいて溺れ、その異常に気づいた教師や周囲の生徒達に助けられた。


 以前、小学校のプールにおいて6年生の男子生徒が排水口の蓋を開けて遊んでいるうち、排水管に足を吸い込まれて脱出できなくなり、水死したという事故が起きている。


 しかし、あのプールの底にいた女児が誰だったのかは誰も何も知らないという。

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